第59話 カリニ村 5
村の広場から料理の良い匂いが漂っていた。スピリットファームから持ってきた野菜を使っての炊き出しが行われている。
「ああ、いい匂いだ」
「まともな食事なんて何日ぶりだろう……」
「これもラピスさんのおかげだ」
野菜の皮をひたすらむき続けながら村人達が話している。その横では食材を切る人や鍋を混ぜながら火の加減を見ている人など村人が協力して料理を行っている。
「まさか竜が助けに来てくれるとはな」
「本当にな、それで今ラピスさんは?」
「それならほらあそこだ」
そこには斬り倒した木を二本両肩に担いだラピスの姿、同じように木を二本運んでいるトウヤ。家の修理をするのに必要な木材を確保するために近くの森から運んでいる所だ。
「あれを見ると本当に竜なんだなと思うな」
「見た目はただの美人なネーチャンなのにな」
「あっちの坊主も同じように運んでいるけど竜種なのか?」
「いや、あっちはただの人間らしいぞ。なんでもモンスターに襲われてる所を偶然拾われ、ラピスさんの父親に弟子入りしたらしい」
「それであの腕力か、子どもの時からさぞ厳しく竜に鍛えられたんだろうな」
ラピスが竜だという事は、ラピスが呼び寄せたモンスターや、木を軽々と持ち上げる姿を見て彼女の事を気になった村人達がリヨナに詰め寄り聞きだしたのだった。
「そういえば、あの坊主の名前もトウヤって言うらしいな」
「そうなのか、それってリヨナの兄の……てそんなわけねえか。あの坊主じゃ木を一人で一本運ぶのだって無理だもんな」
「木を丸々一本なんてトウヤ坊じゃ無くても普通は出来ねえよ」
「ちなみに俺はリヨナの家族が頼み込んであの仮面の下を見せてもらっている場面を見たが、別人だったぞ」
「ほう、あの仮面の下はどんな顔だったんだ? イケメンだったか?」
「いや、あれは正直見ない方がいいぞ。モンスターの毒で顔半分が緑色に変色して、言葉に出来ないほど酷い状態だったな。もしまともだったらラピスさんを男にしたような感じなんじゃないか? 目元とかそっくりだったし」
「おう、それはどういうこった? あいつらは本当の姉弟じゃないんだろ、なんで顔が似てるんだ?」
「ラピスさんの方が似せてるんじゃないか? 昔話で聞いた竜ってもっとデカくて恐ろしい姿だろ、あれは魔法かなんかで偽装した姿じゃないのか?」
「あ、なるほどな」
「コラあんたたち、口ばっかり動かしてないで手もしっかり動かしな。このままじゃあんたたちの食べる分が無くなるよ」
いつまでも話をしていた男達は横から注意を受ける。食事抜きは勘弁だと男達は話を止め、作業を再開した。
◇◇◇◇
「ウォーターカッター」
「てや~」
ラピスとトウヤが運んできた木は、シラユキの水の魔法とシンデレラの短剣から放たれた気の刃によって加工され、家の修理のための板や柱などに変えられていく。それを家の修理に参加している村人が持っていく。
「さて、食事も出来てきたようだし、そろそろ休憩にしないか?」
「あら、私はまだ大丈夫よ」
「うん、まだいけるよ」
ツチミカドの提案に木を運んでいる二人が答えた。汗一つかいていないラピスとトウヤ、ただ木を切って運ぶだけの作業なら一日中やっていても疲れる事は無いだろう。
「私達の方もまだまだいけますわよ?」
「ツッチーつかれたの?」
加工担当の二人も余裕な表情だ。
「貴方達は余裕だと思いますけどね、他の人達はそうでもないのですよ。なのに食材を提供して、木の運搬なんて重労働を行っている貴方達がいつまでも休まないと、周りも遠慮していつまでも休めないのですよ。ですので村人のために一回休んで食事をしてくれませんか?」
村人達からしたらトウヤ達はただ偶然この村に来ただけの村と関係の無い人間だ。なのに友人のリヨナの生まれた村というだけで手を差し伸べてくれた事に感謝していた。その恩人が働いているのに、自分達だけ休むわけにはいかないと、もともとろくに食事もとれておらず疲れ切っている中で無理やりに体を動かし続けている。そんな人達を一回休ませるための提案だった。
「うね。ひとまずはこれだけあれば十分だろうし休憩にしましょうか」
「うん、わかった」
ツチミカドの狙いを聞かされ、全員がそれに従う事にした。村人と一緒に家の修繕に参加しているカトル達を食事に誘うためトウヤは走って行った。
◇◇◇◇
食事を囲むのはトウヤとラピス、ツチミカドにシンデレラ、シラユキ。それとカトルとその従者、冒険者のチーム「サギヨウ」のスターリン達四人、それにニッチだ。リヨナは家族や村の知り合いに囲まれ、ここには居ない。
「僕達は明日この村を出ようと思っている」
食事をしながらカトルが話し出した。
「本当は迎えの騎士を呼んでもらって迎えが来るまでこの村に厄介になるつもりだったが、この村の様子をみるとそれどころじゃなさそうだ。それにこの村の様子、これは早急に父様に報告せねばならないだろう」
村はボロボロなのにこの地をカトルの父から任されているはずのポートピュア男爵は救助の手を差し伸べるないだけでなく、村人から財産を奪う始末。急いで彼の父に報告してなにから対策を練らなければならないだろう。
「村の事はラピスさんのおかげで何とかなりそうだからな。僕は僕の出来る事をやろうと思う。急ぎで危険な旅になると思われるから執事たちはこの村に残そうと思う。ラピスさんに預けるので好きに使ってくれ」
「そうか、それは寂しくなるね……」
ここまで一緒に旅をしてきた中で仲良くなれたので、カトルとお別れするのが少し寂しいトウヤだった。しかもカトルが護衛に雇ったスターリン達は前衛でアタッカーだった仲間を失い戦力が落ちている状態だ。そのため冒険者四人とカトルの五人だけで急ぎ戻る作戦を選んだようだが、これで安全性が上がる訳でもない。その事が心配でもある。
「ニッチさん、僕達はいつまで村に滞在しているの?」
この村に来たのはリヨナの結婚を報告し、両親に認めてもらうためだ。最初に挨拶した時の印象からその目的は問題なく終了しそうなので、ニッチがもう帰ろうと言えば雇われているトウヤ達は帰る事になるわけだ。
「そうですね、まさかあの首なし馬になんな移動能力があるなんて思いませんでしたからね、もしあの馬を使えるのなら私達は今日中にもゲペルに帰れるわけですからね。正直皆さんが満足するまで残って下さっていても問題ないと言えば問題ないと思うのですが」
ニッチもトウヤがリヨナの兄でこの村の出身だと知っているので、少しでも長く村に残り、この村のために働きたいのだろうと判断した。そして今自分が言ったようにコシュタの瞬間移動能力があればゲペルの街のすぐ近くにあるダンジョン、スピリットファームまですぐに帰れるのだ。もともと護衛の依頼だって金銭などかからず、好意で受けてもらったものだ。だったら自分達だけ帰ってトウヤやラピスにはこの村に残って復興をしてもらってもいいとニッチは考えた。そしてそれは悪くない提案だとトウヤ達も思うのだった。
「そっか、だったら僕はカトルと一緒に行こうかな」
「いいのかトウヤ!?」
「うん、前衛のいないチームで旅は大変でしょ」
「そうさね。私が得意なのは盾、剣の腕はあんまりなんでね、前衛アタッカーが入ってくれるのは助かるね」
「それにカトルが無事に家に戻って、この村の現状を伝える事は重要な事だと思うんだ。だったら確実に君を家に送るための手助けをする。それが僕の役目だと思うんだ」
カトルと出会った時にカトルを家まで届け、領主に会うイベントがあったのを思い出した。きっと今がそのイベントを発生させるかどうかの選択肢なのだろうとトウヤは感じた。そしてワザワザイベントが発生した以上、ここでカトルについて行く事が村のために重要なのではないかと思うトウヤだった。
「そうか、感謝するぞトウヤ」
「あら、トウヤ君はカトルと行くのね。私はどうしようかしら……」
そんな様子をみて困るラピス。彼女がここまで来たのは単純にトウヤが居たからだし、村に手を差し伸べたのはトウヤがこの村のために何とかしたいと思ったからだ。
この村で自分がやらなければいけないと思う事がラピスにはまだある。明日からはそれをトウヤにも手伝ってもらおうと考えていたので、まさかここでトウヤがカトルについて行くと言い出すとは思わなかったのだ。
彼について行けば彼の力になれる。しかしトウヤがカトルについて行くのは村のため、ならばこの村でやる事を続けても彼のためとなる訳だ。トウヤのためにどっちを選べばいいのか悩むラピスだった。
「では私もトウヤ殿とご一緒しましょう」
ツチミカドはカイリキーの命令でトウヤの傍に居る。だからトウヤがどこかに行くのなら当然ついて行くつもりだ。
「ツチミカドも、それじゃ私も……いいえ、私はこの村に残るわね」
自分もついて行くと言いかけてやめるラピス。ツチミカドもいるのならトウヤの方は大丈夫だろう。それならばここに残ってトウヤの帰りを待つことにしよう。もし全員でカトルと旅をしたら、その間村は大丈夫だろうかとトウヤが心配する事になるかもしれないからだ。
「私達でこの村は守るから、トウヤ君は安心してカトルを送って、早く帰ってきてね」
シンデレラとシラユキの頭を撫でるラピス。
「そっか、三人がいるなら安心だね。それじゃ後の事はよろしくねラピスお姉ちゃん」
「うん任せて。それとカトル、家に着いたら私達のために馬小屋の一つでもプレゼントしてちょうだいね」
「なるほど、了解した」
ラピスのために小屋を用意する。その意味をさっき確認しているカトルにワザワザ説明する必要は無いだろう。小屋があればカリニ村への帰りはコシュタの力に頼ればいいので、一瞬でここまで戻ってこれるようになる。そういう事だ。
それぞれのこれからの行動のために、今はとりあえず食事と休息をとる一同だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます