弓の魔王 アルバレスト

第48話 妹の依頼 

 森の中を馬車が走っていた。その馬車を守るように護衛の兵が馬に乗って並走している。

 やがて森を抜けた所で馬車が止まった。御者台に座る兵が後ろを向き声をかけた。


「ここからは馬では無理だ。悪いけど降りてもらえるかな?」


 幌の中から少女が頭だけを出して様子を見る。馬が止まった場所から先は山道となっていた。岩がゴロゴロと転がっていて、馬車では進めそうにない。ここからは徒歩で行く方が安全だろう。


「はい、わかりました」


 兵士に言われるまま少女は馬車をおりた。彼女のほかに馬車に乗っている者はいない。この馬車は彼女がこの山に行くために彼女の主人が用意したものだった。


「お前達はここで待機していてくれ」


 兵士が部下たちに指示を出す。馬車をそのまま放置して盗賊にでも盗まれたり、馬がモンスターに襲われたりしたらた困るので少女の用事が終わるまでここで護衛をさせる兵も必要だ。目的地はここの頂上なので一日も待ってれば戻ってこれるはずだ。それまで彼らにはここで待機してもらうことにした。


「トウヤ兄ぃまだここにいるのかな?」


 少女がつぶやく。彼女の名前はリヨナ、三か月前魔族にさらわれた所を偶然訪ねて来た彼女の兄トウヤの付き添いでいた竜族の女性、ラピスラズリによって助けてもらったのだ。そして別れの時にトウヤはラピスと一緒にコロウ山に向かうと言っていた。なので彼女は兄に会うためにここに来たのだった。と言ってもそれは三カ月近く前の情報なので今でもトウヤがここに居る保証はないのだけど。


「ラピスさんがいればトウヤ兄ぃがいなくても、どこに行ったか教えてもらえるかな?」


 トウヤがいなくても、それで山に行ったのが無駄足になるわけではない。最悪でもその後の行き先はわかるはずだから。

 できればまだこの山にいてくれると助かるのだが。そう思いながらリヨナは山の頂上を見上げた。


「さ、行こうか」


「はい」


 兵士が先を行き、リヨナがその後をついていこうとしたその時、空が暗くなった。

 馬が急に鳴き、暴れだした。馬車の護衛を命令された兵たちがそれをなだめる。


「急にどうしたんだ?」


「タンクさん、あれ……」


 リヨナが空を指さしている。その指先が小刻みに震えている。どうしたのかと思い、兵士もその視線の先に視線を動かした。


「なっ……」


 そこには竜が空を飛んでいた。だんだんとその竜が近付いてくる。突然現れた竜に兵士たちは驚き、動けなくなっていた。


「あら、驚かせちゃったみたいね、ごめんなさい」


「あれ、もしかして……」


 その竜から女性の声が聞えた。いきなり竜を見て驚いたリヨナだったが、その声を聴いて少し落ち着きを取り戻した。

 ここは竜の住む山なのだから竜が現れても驚く事ではない。そして彼女は自分を救ってくれた竜だ、あの時は人間の姿だったがそれが今は竜だというだけで彼女の性格が変わっている訳ではない。

 その見た目には生物としての本能が警告を発してしまうが、なんの危険もない。大丈夫だとそうリヨナは心の中で呟き続ける。


「久しぶりね、リヨナちゃん」


 ラピスの体が光り姿を変える。そして人間の姿を取った彼女がリヨナの前に着地した。




 ◇◇◇◇



 リヨナが山にやってくる少し前の事、トウヤは両手に短剣を持ち、カラス頭で黒い羽根を背に持つ魔族と戦っていた。彼はカイリキーの部下の魔族、ツチミカドだ。今はトウヤに剣の扱い方を教えるためにコロウ山で一緒に生活していた。

 短剣は訓練のために刃を斬れないようにしてアイテム作成で作ってある。これは相手を攻撃する目的ではなく、実際の武器を使った時の距離感や武器の重さに慣れておくのが目的なので安全のために刃を潰してあった。対するツチミカドもその辺で拾った木の棒でトウヤの相手をしてる。

 トウヤの攻撃をツチミカドが軽くかわして、ついでに反撃を行う。トウヤはその反撃をくらって吹っ飛ばされた。


「自分の攻撃に集中しすぎですよ。だから反撃に対応できないんです。もっと相手を見ながら戦わないと」


 ツチミカドが説教をしながら倒れたトウヤに手を差し伸べる。トウヤがその手を取ろうとした時に、ナビから一つのイベントが発生したのを知らせられた。


「おい、誰がが山に入ってきたみたいだぞ」


 寝ながら二人の戦いを見ていた竜のタンザナイトが首を伸ばし天を見上げた。コロウ山にはタンザナイトが張った気の結界がある。それによって結界を越えた者がいればタンザナイトにはわかるようになっていた。


「この気配は……人間だな」


 タンザナイトの言葉を聞きながらトウヤはさっき発生したイベントを確認した。タイミング的にこの来訪者と何かしらの関係があるような気がしたからだ。イベント名『妹の来訪』その名前からトウヤはタンザナイトの言う人間の来訪者が誰なのか予想がついた。


「妹が来たみたい」


 トウヤはマップ確認でコロウ山周辺の地図を出し、山の入口付近の人物を確認する。その中にトウヤの知っている人物が二人いるのに気が付いた。一人は妹のリヨナ、そしてもう一人はリヨナの暮らしているゲペルの街を守る兵士のタンクさんだ。


「あら、トウヤ君の妹ちゃんが来ているの? だったら私が迎えに行ってくるわ」


 ラピスが言葉と同時に翼を動かし、空に飛んで行ってしまった。呼び止める暇もない。


「ツチミカドさん、人間の姿になれたりしませんか?」


「私にはそんな力はありませんが……。なぜですか?」


「僕には少し先に起こる事の一部が分かる能力があるんですけど、このままだとあまり良くない事になりそうなので」


 トウヤは自身の持つイベント確認能力の事をわかりやすく簡単に伝えた。今発生した『妹の来訪』には二つの分岐があり、このままカラス頭のツチミカドを合わせると『魔族の住む山』というイベントに繋がり、タンクさんに魔王の仲間と疑われてコロウ山が国の兵士や冒険者に襲われる未来が待っているのだ。

 だがここでツチミカドの事を誤魔化せれば『妹の依頼』というリヨナがここに来た理由を確認するイベントに繋がって平和に進んでいくようだ。なのでラピスが戻ってくる前にツチミカドを何とかしなければならない。


「なるほど、では人間にはなれませんがカラスには変身できるので今回はそれでいいでしょうか?」


「うん、ありがとう」


 ツチミカドの姿がカラスに変化した。これなら喋りさえしなければ魔族だと気付かれる事はないだろう。


「トウヤ殿はオヤジの兄弟、私のオジキなのですからその不利益にならぬよう配慮するのは当然のことです」


 トウヤはネクタルレイクでのカイリキー軍との戦いを通して仲間になった。その時とは義理の兄弟となった。それはカイリキーが人間だった時の風習で家族になる事で絶対に裏切らぬ強い絆を作ろうというものだったらしい。


「なあトウヤよ、人間に変身できる道具。お前なら作れるんじゃないのか?」


 話を横から聞いていたタンザナイトが訪ねる。


「あ……」


 試しにやってみたら簡単に出来た。手の中に入ったワッペンを見つめるトウヤ。


「えっと、はい」


 それをツチミカドに渡す。最初からこの方法で変化させればよかったのに、その事にトウヤは思い至らなかった。


「カラスのまんまじゃ喋れないからね、人間の方がやっぱりいいでしょ」


「ありがとうございますトウヤ殿」


 ツチミカドが魔族の姿に戻りそれを装備した。ツチミカドの姿が成人男性のように変わる。頭を丸め、錫杖を持つその姿はどこかの修行僧のようだ。

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