第12話 ゲペルの街 4
妹に会いに来たら、なんと店先を掃除していたのが妹でした。
そんな偶然を誰が信じるだろうか、しかしそれが事実なのだ。リヨナが近付いてくる自分達に気付き顔を上げた。
「タンクさんこんにちわ。見回りですか? ご苦労様です」
リヨナが微笑み兵士に挨拶した。二人は顔見知りのようだ。
「いや、今日はニッチさんにお客さんでな」
彼女こそ自分の探している相手なのだがどうしてそんな回りくどい事を尋ねるのか。そう思ったが、兵士に妹の名前を言った記憶がトウヤには無かった。なので兵士がリヨナを目的の人物だと分かるはずがない。とりあえずニッチに会い、妹の居場所を聞こうと思ったのだろう。
「ご主人様のお客様ですか?」
「そうなんだ、ちょっとこちらの方が人を探していてな、ニッチさんが買った奴隷なんだが……、あ、まだ名前を聞いて無かったな」
兵士がトウヤに相手の名前を聞こうと顔を向ける。その動きでリヨナもこちらの存在に気付いた。兵士の後ろに立っていたので向こうからは見えてなかったのだ。
「え、トウヤ兄ぃ!?」
その人物が自分の兄だと分かるとリヨナが大きな声で驚いた。
「やあ、久しぶり」
どう返事していいかわからず、それだけしか言えなかった。
「なんだい、探していたのはこの子だったか」
「すぐに見つかって良かったね、トウヤ君」
兵士はあきれたように頭を掻き、ラピスが微笑む。
話についてこれないリヨナがポカーンと口を開けていた。
「実はリヨナの様子を見に来たんだよ。元気にやってるかな~って」
トウヤはさっき奴隷商の所で兵士に話したのと同じ、主人がモンスターに殺されラピスに拾われたという嘘をリヨナにも話した。そしてラピスの好意でリヨナが元気にやっているのか見に来たのだと話した。
「そうだったの。ラピスさんトウヤ兄ぃを助けてくれてありがとうございました」
「うふふ、気にしないで」
ラピスは笑って誤魔化した。トウヤがその場で作り上げた嘘なので、彼女もそれに対する感謝にどう対応したものか困り、そう返したのだった。
「いい人に拾われて良かったね」
「うん、本当にそうだね。それでリヨナの方はどう? 上手くやっていけそう?」
「うん私は楽しくやってるよ。この街の人も、お店の人も親切だし、ニッチ様も……その……優しく、してくれるから」
リヨナの肌は血色がよく、ツヤもある。服だって清潔で可愛らしいものを着ている。首輪が無ければ奴隷だなんて気付かないほどだ。
その事から彼女の言っている事が事実なのだとトウヤは判断した。最後のニッチに対する評価の時だけうつむき、声が小さく、顔を赤くしていたのが気になったが、いじめられているので無いなら別にいい。
「この子なら大丈夫さ、なにせ若旦那が嫁にするつもりで買ってきたんだからな」
顔を赤くしたのはそのせいかとトウヤは理解した。この街にも奴隷商はあるのに、なんでわざわざ別の街でリヨナを買ったのかと思わなくも無かったが、嫁にする目的だったとは。
「タンクさん、なんで知っているんですか」
「この街でそれを知らない人はいないさ。若旦那が取引先の街に立ち寄った時に一目惚れした娘を奴隷商から買い取ったって。今は奴隷として働いているが、旦那様に働きが認められれば正式に嫁として迎えられるって事もね」
リヨナの慌てふためき、最後には顔を下に向けた動きが兵士の話を事実だと告げていた。
「君の働きぶりだと、この奴隷の首輪が結婚指輪に変わる日も近いんじゃないかってみんな噂してるよ」
兵士が「俺上手い事言ったぜ」みたいなドヤ顔をしている。
「あうえう……」
それを聞いたリヨナの顔は茹でダコのようになっていた。
「そうか、幸せそうで良かったね」
「うん、私いまとっても幸せよ。お父さんやお母さんには悪いど、村にいた時よりもずっと。奴隷になった時は生まれた事を呪おうとまで思ったけど、ご主人様に出会わせてくれたのかと思うとそれもよかった事なんだって思えるの」
リヨナは本当に幸せそうに微笑んでいる。それならよかったとトウヤは心から思えた。
「死亡フラグ乱立、魔族襲来イベント発生。イベント名は『囚われの妹』です」
そんな空気をぶち壊すナビの発言。こんな街中に魔族なんてそんな。空だって快晴、天もリヨナを祝福しているかのようなのに。そう思ってトウヤは空を見上げた。その時、ちょうど空が暗くなった。
(まさか本当に魔族!?)
それは単に雲が太陽を隠しただけの事だった。その事にトウヤは安心した。
(ナビが怖い事言うから警戒しちゃったよ)
チュンチュン――
鳥も平和に空を飛んでいる。やっぱり何も起きない。フラグチェックが誤作動でも起こしたのだろう。そう簡単に魔族が現れたら困るというものだ。トウヤの十四年の人生で魔族に会った事など一度もない。魔族は大抵、魔王に与えられたダンジョンの奥でその地を守っている。街に襲いに来るなんてそうしょっちゅう起こる出来事ではないのだ。
魔王と竜族がいるこの場において、突然魔族が現れるくらい何もおかしくないと思うのだが、トウヤは無理やりにでもそんな事は無いと思おうとしていた。
「ごきげんよう、竜族のお嬢さん」
それは突然、建物の影の中から浮き出るように現れた。灰色のローブに包まれ、ミイラのように干からびた顔や手。目玉は無く、その部分はぽっかりと穴が空いていた。
ネクロマンサーキザキ。レベル37。力の魔王カイリキー配下の魔族。
トウヤの視界に相手の情報がすぐに現れた。詳細は確認しない、タンザナイトの時にそれをして多すぎる特殊能力に驚いたからだ。戦闘中だとそんなもの確認している時間は無いし、視界を塞がれると邪魔だからだ。
キザキが現れたのはリヨナの真後ろだった。ラピスが即座に殴りかかろうと動いた。彼女の右腕が竜の腕に戻った。
「おっと大人しくしてください、竜族のお嬢さん」
影の中から死人の兵が現れ、ラピスの攻撃を代わりに食らう。兵はそのまま動かなくなった。
キザキがリヨナを後ろから捕らえ、その首にナイフを近付ける。
「暴れますとこの子の命が無いですよ」
「くッ」
悔しそうにキザキをニラんでいたが、トウヤの事を考えラピスは腕を元に戻しこれ以上の戦闘の意思がないのを示す。トウヤは魔王をオンにするタイミングを失った。リヨナが相手の手の中にある状態で下手にキザキを刺激したら、彼女の身がどうなるかわからないからだ。ここはラピスを信じて見守るしかない。
「いやはや、魔王と竜族の気配がしたから確認に来てみれば、人間の中に紛れているとはね。魔王の気配が消えているのは貴女が退治したからですかね?」
「そんな事アンタに話すわけないじゃない」
キザキの言っている魔王とはトウヤの事だ。今は魔王をオフの状態にしているのでキザキにはトウヤはただの人間に見えている。
「そんな事よりその子を放しなさい」
「大丈夫、彼女は私の部屋で丁重にもてなしますから。スピリットファームの最深部でお待ちしております。彼女が心配ならぜひ迎えに来てください。貴女が私の部屋まで辿り着いたら必ず返すと我が主に誓いましょう。もっとも無事にたどり着ければの話ですがね」
そう言ってキザキはスッと消えようとする。
「待ちなさい、行かせないわよ」
「貴女にそれが出来ますかな。おっと、ここで死なないで下さいよ。貴女にはスピリットファーム内で死んでもらいます。そうしないと魔王様の力になりませんからね」
キザキの周りの影から死人の兵がニ十体ほど出現した。
「それではごきげんよう」
キザキが兵の出現と交代で影の中に消えていく。
兵に邪魔され、ラピスにはそれを止める事は出来ない。
「リヨナぁぁぁ~!!」
連れていかれる妹を見ながら、人間のトウヤに出来たのはただ妹の名を叫ぶ事だけだった。
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