虚ろなる霊峰

@Deed

虚ろなる霊峰

 最近なにか楽しいことをやってただろうか?

 毎日、日が変わるまで仕事をし、稀にある休みはただ寝ているだけ。

 職場では上司に常に怒られ、定時で上がっていることにされながらも働いている。

 お金もない、暇もない、仕事以外の何かをする気力もない。

 親にも相談したけれど、「仕事とは辛いもので、そういうものだ」と説得された。


 誰も自分の苦労を、辛さを理解してくれなかった。

 何のために働いているのだろう?

 何のために生きているのだろう?

 そんなことを考えるようになっていた。


 気がつけば「死にたい。もう生きている意味なんて無いじゃないか」と家で泣きながら呟いてた。

 でも、わずかに残った理性とか親への気持ちや仕事への義務感が自分を縛り付けながらも生かし続けていた。


 でもそれも限界を迎え、自殺を考えるようになっていた。

 僅かな仕事の休み時間や寝る前の時間はそういうことを常に考えたり、ネットで検索する。

 調べてみると自殺とは難しいものと言うか厄介なものだと思わされる。

 手首のカットや多量の薬物ではそう簡単には死ねない。後遺症が残る可能性も高い。

 確実に死ねそうな方法である高所からの飛び降りや電車への飛び込みは親に損害賠償などで迷惑がかかってしまう。

 となると消去法で首吊りということになるのが、自分が死んだあとの糞尿や腐敗した体液で部屋を汚すのもなんだか大家さんに迷惑だと思ってしまった。

 

 そんな時、ネットの掲示板のスレッドでおすすめされていた場所があった。

 そこは家から車で2時間ぐらいの場所にある山であった。

 その山は富士の樹海のようにコンパスがうまく働かない場所で行方不明者がよく出る上、

 地元の人も危険であると認識している一方で神聖な霊峰として扱っているらしくあまり入ることのない場所らしい。

 そこならすぐには自分の死んだ姿を見られることはないだろうし、部屋には遺書を書いておけば察してくれるだろう。


 次の休みの日、自殺を決行する。

 自分の中で何かがスッキリした感じがした。



 その後の仕事に意欲が湧くことはなかったが、なんとか持ちこたえることが出来た。

 あと何日で死ねる。あとわずかでこんな悩みとも別れられる。

 そう思うと気分が実に楽だった。


 2週間後ようやく休みをもらうことができた。

 前日の夜に、遺書を2枚書いておいた。

 一つはこの家においておくもの。

 会社が辛かったこと、親も理解してくれなかったことなんかを理由としてまとめておいた。

 ついでに、タイムカードの控えや実際に退社していた時間をまとめたものもそこに置いておいた。

 今までお世話になったなどという言葉をかけるつもりすら無いが、自分なりの会社への反撃のつもりだった。

 まとめている時、自分はデータ上は残業0時間だが、実際には月に200時間以上残業みたいなことやってるんだなぁと笑えてきた。

 もちろん、これが公になり社会問題になるのかなんて知らないが、まぁ自分なりにやることはやったのであとは任せたという感じだった。


 準備ができたので朝日が出る頃に車でその山まで向かうことにした。

 このときだけは車の免許を持っていてよかったなと思った。

 実際のところ、準備が終わってから少し寝てたのだけれど、目覚ましをかけてないのにいつもの起床時間に起きる自分に苦笑した。

 どこかワクワクするような気持ちがあったのかもしれない。


 もう二度と見れないと思うと毎日眺めているはずの街の風景もなかなかに興味深いものだった。

 あ、こんなところにこんな店できてたんだなとか色んな発見があった。

 普段はコンビニしか利用してなかったし、そこらへんは少しもったいないなと思った。



 車で2時間ほど運転して目的の場所にたどり着いた。

 綺麗な山だなってのが率直な感想だった。

 ついでに自分が花粉症じゃなかったことを少し幸せに思った。もしそうだったら車外に出た途端まともに立っていられないだろうし。

 車の中に2つ目の遺書を置いておいた。

 これで自分がここに向かったことがわかるだろう。

 そして自分が発見される頃には確実に死んでるだろうし、時間もそれなりに経っているだろう。

 あまり人の来る場所ではないらしいから知らない人に迷惑をかけることはほぼ無いだろう。


 山に入る場所を探していると、地蔵が置かれている場所を見つけた。

 その先には獣道のような道が山の中に続いている。

 まさにうってつけと思うような道だった。

 なんというか黄泉へと続く道とでも言えばいいのだろうか。

 そんな不思議な感触を感じる道だった。


 棒立ちでいても仕方ないので地蔵に拝んでから先に進むことにした。

 普段そんなことはしないのだけれど、これから死にに行く自分への道先案内人になってくださいって感じだった。

 三途の川ではないのだから六文銭など不要なのだろうが、道先案内人への小銭でもあればよかったのだが、財布は車においてきたので拝むしか出来なかったのは残念だった。



 鬱蒼とした山の中はどこか怖さを感じるものがあったが程よく太陽の光が差し込んできて心地よかった。

 とはいえ運動不足の自分にとっては山歩きはなかなか大変だった。

 明日足のマメがすごい事になってるだろうし、筋肉痛もひどいんだろうな、仕事大変だなと

 死ぬつもりなのに明日のことを、特に仕事のことを考えてる自分を笑ってしまった。

 そう、意味のないことを考える必要なんてないのだ。

 この最後の日、この山の奥で死ぬ。手前ではすぐに見つかってしまうかもしれない。

 だからできるだけ奥へ。

 それだけ考えて進めばいいんだと思いながら進んでいった。



 どれぐらい歩いたのかわからない。

 もうそろそろいいかなと思う自分がいる一方で、もっと奥へ。一番奥へ。と思う自分がいる。

 これが最後なんだ。なら限界までこの景色や気持ちを味わい尽くしたい。

 それだけだった。


 更に歩き続けて一度立ち止まる。

 自分の息と葉が風で揺れる音が大半で、ほんの少しだけ水の流れるような音が聞こえてきた。

 このへんで自分は何のために死ぬんだろう?

 とか思い出し始めていた。

 死にに来たことは覚えている。

 でも何故?

 という質問には答えが返って来なかった。

 でも、死にに来たのだからせっかく死ぬのなら死ぬには一番いい場所で死にたかった。



 無心で森の中を進み続け、気がつけば開けた場所に出ていた。

 中心には池があり、斜めになった古い鳥居だけがそこに残されていた。


「素敵だ」

 思わず言葉が出た。

 動画で世界の秘境とか感動する風景とか見たことがあったが、それ以上に感動した。

 画面だけではない、見渡せる範囲すべてが絶景なのだ。

 人によっては寂しい場所にも見えるかもしれないが、それだけでよかった。

 そして、おそらくここがこの山の最奥なのだろう。

 たどり着いた感動と達成感で地べたに座りこみ、この光景をずっと見続けていた。


 一時間、二時間、それ以上ここにいただろうか。

 それとももっと短い間だったのかはわからない。


「……帰らなきゃ」

 自分は帰らないといけない。ここを汚してはいけない。そんな気がした。

 ――ここに居続けてはいけない。帰りなさい。

 そんな声が聞こえた気がした。

 誰もいないはずなのに。


 ――気をつけてね。

「ありがとうございます。失礼します」

 立ち上がって鳥居に深々と頭を下げた。

 そこには池と鳥居しかないように見えたのだけれど、声はその方向から来た気がした。




 そこからは覚えていない。

 何も考えずにただ山の中をあるき続けた。

 何度も「帰らないと」と繰り返しながら。


 夕暮れになったころに舗装された道路が見えた。

 朝見た地蔵が山からの道の終わりにある。

 その地蔵を見て自分が何をしに来たかを思い出した。

 でも、もう死ぬ気など消え失せていた。


「大丈夫です。ちゃんと帰ります」

 私は地蔵にお辞儀をしたあと、そうつぶやいた。

 地蔵が少し笑ったように見えたのは気の所為だったのだろうか。





 次の日、私は全身の筋肉痛と足のマメの痛みで初めて仕事を休んだ。

 40℃近い高熱が出ても、祖父が亡くなったときも、台風で電車が止まったときも休むことなく会社に向かっていた自分が初めて。

 上司には何度も

「お前が休んだら、納期はどうする!? 迷惑をかける事に悪いと思わないのか!?」

 とか散々言われたが全然気にならなかった。

「そこまで言われるのでしたら、今までのサービス残業を含め、しかるところへ報告させてもらいますけれど」

「勝手にしろ、おまえが休んだことで欠品でたら損害賠償要求するから」

 それが私と上司とのその日の最後の会話だった。




 その後、会社を辞めた。

 両親にその話をしたときは驚かれたが、遺書と一緒に作ってた本当の勤務状況を書いたものを見せたら、涙を流していた。

 そして二人して謝ってくれた。

「おまえが死ななくて本当に良かった。本当に済まなかった」

 涙を流して私を抱く両親を見てそれ以上の言葉が生まれてこなかった。


 幸い新しい仕事はすぐに見つかった。

 前の仕事より額面上の給与は少ないが、勤務条件はいいし、上司も理解者だ。

 休みの日や帰ってきてからアニメやゲーム、他の何かをやる時間がたくさんある。

 今の自分はとても幸せだ。



 ただ一つ残念に思っていることがある。

 私が自殺を決意し向かった山の場所が思い出せなくなってきたのだ。

 書いておいた遺書にもその場所は書いてなかったし、あの場所が書かれていたスレッドも見つからない。

 一度かすかに残った記憶を頼りにそれっぽいところへ向かったのだが、あの地蔵の場所は見つからなかった。

 あれは私が見た夢だったのだろうか。

 日が経つ度にあそこでの記憶が曖昧になっていく。

 そんなものはなかったのだと虚ろになっていく。

 それがとても怖いことに感じるのだ。



 どうか神様。

 もう一度行かせてくださいなどという気はありません。

 だからあの山で出会った地蔵、最奥で見た池と鳥居の風景、そして聞こえた気がする声への感謝の気持ちを消さないでください。

 私から奪わないでください。


 それが私の今の願いです。

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