竜装戦記

【セント】ral_island

序章

所属不明の飛竜艇


――選べ。


誰かに呼ばれた気がして、アレンは我に返った。いつの間にか呆としていたらしい。

頭を振って周囲を見渡すが、発着所詰所には自分一人しかいない。


「気のせいか……」


呟いたところで答える声はない。白い息が宙に解けていく。冬も終わろうという時季だが、夜半は暗さも手伝って肌寒い。身体を震わせながら、防寒具の襟元を手繰り寄せた。

切れ長の双眸を窓に向けると、先日二十歳を迎えた自分の顔が映る。黒髪黒瞳、長身痩躯。端正な顔つきをしているが、覇気のない不愛想さがそれを台無しにしている。

二年前の自分ならこう言うに違いない。


「しけた面してるな」


嘆息交じりに独りごちて、改めて窓外を見る。

昼間は賑わう発着場だが、人の気配はない。アレンだって警邏のシフトが入っていなければ、わざわざこんな高台には昇らない。

地上120メートル。村外れに設置された発着場詰所は見晴らしがいい。彼の住むエンデ村の全貌はもとより、遥か遠く、広大なサウシア砂漠をさえ見る事が出来る。

と、サウシア砂漠の方から光が明滅した。


「――何だ?」


一瞬だったが間違いない。黄色の発光体は人工物だ。夜中に砂漠の航行など自殺行為だが、ご多分に漏れず無謀な輩が危機に陥ったのだろう。

アレンは素早く身を躍らせる。管制席に座って双眼鏡を覗き込んだ。

想像通りの光景だ。荒れ狂う砂塵の竜巻に竜が巻き込まれていた。


「デカいな、鯨級か?」


航行しているのは八メートルはあろうかという巨大な竜だったが、竜巻に成す術もなく翻弄されている。竜の背に接続された船頭室には、人間もいるはずだ。

アレンは伝声管を手に取り、下階へ告げた。


「所属不明の飛竜艇がサウシア砂漠で竜巻に巻き込まれている。行ける船頭は?」


120メートル下で待機する同僚から、すぐに反応があった。


『何人要る?』

「恐らく鯨級だ。五艇は欲しいな」

『鯨? 随分デカブツだな。分かった、少し待て』


五分ほど待つと、再び声が上がってきた。


『ブレンドン他三組がそちらに向かった。夜中だからな、勘弁してくれ』


人数が少ない事を詫びる声に、アレンはしかし、満足そうに頷いた。


「いや、よく集めてくれた。ブレンドンなら大丈夫だ」


アレンの声に呼応するように、階段を駆け上がってきたブレンドンが発着場に顔を見せた。ずば抜けた体力でもって、他の者達を置いてきたのだろう。

通気性の悪い防寒具に大型のゴーグル――一般的な飛行服に身を包んだブレンドンは、息一つ乱さず、腕組みしながらサウシア砂漠の方角を見ていた。

詰所を出たアレンに視線を転じて、ブレンドンはかったるそうに舌打ちする。


「やれやれ、こんな夜中に呼び出しとはね」

「すまんな。けど、お前が来てくれたなら一安心だ」


ブレンドンは大仰に肩をすくめた。


「ハッ、よく言うぜアレン。あんたの方が余程上手く飛べたじゃないか」

「引退したんでな」

「知ってるよ」


頷くブレンドンの口元には、揶揄するような笑みが浮かんでいる。幼馴染のアレンはすっかり慣れてしまっていて、彼の皮肉にもいちいち眉を立てるようなこともない。

言葉を交わすうち、残りの船頭も発着場に顔を出した。年齢は十代から三十代までと幅はあるが、いずれも男だ。


二人一組の計四組八人。うち半数はブレンドンと同様の格好に身を包んでいるのに対し、もう半数はごく軽装だった。加えて、頭部には短い角を戴き、双眸には赤い瞳を宿している。彼らは人に酷似しているが人ではない――竜と呼ばれる種族だった。

発着場の端に立った各員の背中に、アレンは短く指示を飛ばす。


「北北西に距離四千、目標は鯨級飛竜艇一艘。乗船人数は不明だ。サウシアの竜巻は別の竜巻を呼びやすい、救出後には速やかに帰投してくれ」

「了解ッ」


各員が頷きを返し、相棒となる竜の肩を叩いた。


「飛竜艇、展開!」


一斉に放たれた掛け声に応じて、頭部に戴いた竜の角が僅かに明滅した。刹那、光が爆発的に膨れ上がる。全身を包み込む光が落ち着いた頃には、竜の姿はすっかり変容していた。

全長三メートル、蜥蜴の如き全身に大きな翼を備えたその姿は、彼ら本来の姿に近い。

首をもたげた竜に船頭が手綱を嵌める。船頭らは竜の背に危なげなく跨った。竜は満足そうに小さく身震いし、夜天に挑むように雄叫びを上げた。


グォオオオオオッ!


広げた翼で大きく羽ばたく。風を生み、旋風に乗り、堂々と大空へとその巨躯を躍らせる。船頭と結束した竜は飛竜艇と呼ばれ、世界中の空を活躍の場としていた。


「さっさと行ってとっととケリを付けるぞ――きっちり付いて来いッ!」


ブレンドンが先陣を切って、サウシア砂漠へと竜頭を向けた。

彼方へと船影を小さくしていく五体の飛竜艇を、アレンは発着場から静かに見上げる。

時に風と躍り、時に風を切って、空を疾駆する速度は重力さえも置いていく――その高揚感を、アレンは久しく感じていない。

ちくりと痛む胸を押さえる。刻まれた傷痕は、まだ消える気配を見せない。


   ◆


縦横無尽に空を飛び回る竜は、しかし世界に自由を連想させない。


彼らは爪を、牙を奪われ、力の象徴である炎さえも喪失しているのだから。戦う力を失い、人や荷を運ぶための劣等種族と成り果てたのが現在の竜族である。


全ては、かつて神に反逆したがために下された、絶対的な神罰による。


隆盛の栄光は深く刻まれた長い歴史に埋もれ、彼らは――


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