約束を果たすために


 10年、そして10年のブランク、そしてまた10年……さらに……。


 乗馬を始めてどれくらい経ったのだろう?

 今や、私が馬に乗り始めていた時には、まだ生まれてもいないインストラクターに、乗馬の手ほどきを受けるようなキャリアになってしまった。


 そして……。

 馬の寿命は20年から30年くらい。多くの馬との出会いと別れがあった。

 処分された馬。故障して安楽死となった馬。疝痛で死んだ馬。原因不明の病気で死んだ馬。事故で死んだ馬。老衰で死んだ馬。

 命あるものを相手にしているスポーツなのだから、仕方がない。


 シェルもいつか私をおいて逝くのだろう。

 いつまでもこの幸せな毎日が続けばいいと思うと同時に、その日がきても後悔のないように……と思う。

 が、たとえどんな別れであっても、きっと後悔するのだろう。

 ああすればよかった、こうすればよかったと。

 

 シェルを失ってしまったら、私は乗馬をもう続けられないかも知れない。

 愛馬を失って馬をやめてしまった人はたくさんいるし、いくら覚悟をしてみたところで、想像できない。

 でも、乗馬をやめてしまったら、シェルと過ごした日々で学んだことが、それでおしまいになってしまう。だから、やめたくないと思っている。


 そうして、乗馬を続けていたら……また、いつか、シェルに会えるのだ。



 馬と別れるたびに、思うことがある。


 また、いつか会える。

 馬は生まれ変わって、私の元に戻ってくるのだ。

 まだやりたかったこと、やり残したこと、約束を果たすために……。

 だから、悲しみを乗り越えなくちゃ、と。




 シェルは、私にとって唯一無二の存在だ。

 だけど、同時に、シェルはシェルだけじゃない。

 今までお世話になった馬たち、全てを背負ってそこに存在している。


 時々……。

 私は、シェルの栗毛に、もう1頭の馬を重ねることがある。

 シェルのように美しくて、気品のある馬だった。

 そして、とても優秀な馬だった。


 サム先生。


 奇しくも、サムが亡くなった年、シェルは生まれた。

 シェルはもう生まれていて仔馬だったはずだけれど、えにしを感じている。生まれ変わりのように思えてくるのだ。


 青空の下、緑茂る中、陽光に輝くシェルの栗毛の姿を見ていると、若々しく生き生きとしていて、ふと私に気がついて頭をあげる様は……屈託のない幸せそうな顔だ。

 そこに、年齢を重ねた、経験を重ねた、私にとっては先生のような栗毛の馬が、重なって見える。

 そして、私に話しかけるのだ。



 帰ってきたよ、約束を果たすために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る