Le Ciel Bleu 〜わたしの青い空

わたなべ りえ

馬なんかもういやだ!


 カンカンカン……。


 ああ、踏切が鳴っている。

 遮断機も降りた、やがて列車が通るんだ。


 それだけで私は緊張する。

 肩に力が入り、手も震え、生きた心地もしない。

 手綱を短く持ち直す。

 視線の先にある馬の耳は、間違いなく音に反応している。


 ああ、嫌だ。

 今、ちょっと遠いうちに列車が通り過ぎてくれないかな?

 馬が、線路脇のらちに近づかないうちに……それか、通り過ぎるまで待ってくれないかな?

 震える手で、手綱をがっちり持ち直す。


 驚かないでくれるかな?

 他の馬が驚いて走ったら、つられて走り出してしまうかな?

 そうなったら嫌だなぁ。

 心臓がばくばくしている、ああ、どうしよう……。


 いける? 大丈夫? 大丈夫そう?

 ああ、良かった。無事そうだ。



 その時、列車は警笛を鳴らした。


 背後の馬が列をはみ出して、暴れながら走って行くのがちらっと見えた。

 途端、私が乗っていた馬も、つられて大きく横に飛び、首を下にブンと振った。

 声も出ない、歯をくいしばる。

 あっという間に、私の体は鞍から投げ出されて、砂の上にドスっと落ちた。


 落馬。


 ああ、まただ。

 また、落とされた……もう嫌だ。


 背中を強く打って、呼吸が出来ない。

 痛みですぐに起き上がれず、汚い砂の上で、ううう……と唸って丸くなる。


「何やってんだ! 早く立て!」


 怒鳴り声が聞こえる。


「ほう、ほう、ほう……」


 馬を捕まえようとする人たちの声。


 私を落とした馬は、馬場をものすごい勢いで、尻っ跳ねしながら走り回っている。

 3頭暴れたけれど、落ちたのは私だけだ。

 馬が捕まるまで、レッスンは中断。他の人たちは止まって馬上で待っている。


 また、迷惑をかけてしまった。


 馬はなかなか捕まらない。

 止まってじっとしていたかと思っても、人が近づけばまた走り出してしまう。


 また、落ちた。

 また、人に迷惑をかけた。


 また……。



 どうして、私だけ、こんなに頑張っているのに、上達しないんだろう?

 馬にバカにされてばかりなんだろう?

 馬が好きで……。

 馬と仲良くなりたくて……。

 始めた乗馬だから、乗るのが怖くても楽しく思えなくても、続けようと思って頑張ってきたのに。

 私の後から始めた人たちは、どんどん上達して行くのに。


 どうして私だけ落とされる?

 どうして私だけ噛まれる?

 どうして私だけ蹴られる?

 どうして私だけ……バカにされる?


 最初は親切丁寧だと思っていた指導者も、仲間だと思っていた友人も、いつまでたっても上達しない私を、小馬鹿にしているように思えてくる。


 もう10年だよ……。

 10年も続けて、いまだに初心者レベルか。

 センスがないとしか、言いようがない。



 砂だらけの顔をほろい、人参を持って馬房に向かう。

 馬は、首を伸ばして人参をねだるが、食べてしまった後は、耳を伏せて威嚇、目は三角になっている。

 背中が……痛い。胸も……痛い。

 大暴れして、壁を蹴る馬を見ていたら、涙が出てきた。


 私は、ただ、馬と仲良くしたいと思っただけなのに。

 どうしてこんな奴らと仲良くできるんだ?

 他の人の言うことはよく聞く癖に、運動神経もなく、弱気な私につけこんで、バカにして、いじわるして……って、人間のいじめっ子とそっくり。


 いやだ、いやだ、馬なんかいやだ。

 嫌いじゃないから、余計、嫌だ! もうやめた!



 もう、こいつらの顔も見たくない!!!

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