第40話
港町であるユヴィナ港は、王都と比べても遜色ないほどの活気に溢れた都市である。特に早朝の賑わいは目を見張るものがあり、代わりに夜は驚くほど静かだ。
酒場でさえ最も繁盛するのは日が暮れて間もない頃なのだ。この都市の産業は主に漁業で成り立っており、烏賊漁などの特例を除けば、その仕事はほとんどが早朝に行われることが原因だろう。
日が昇ったか登らないか、という時間から活動を開始する都市だから、すでに門は開かれ、多くの商人がその扉をくぐっていることだろう。もしかしたらその中に、トーマスがいるかもしれない。じわじわと迫る不安を無理やり飲み込んで、王子は両手に握った手綱に集中した。
港町に来るのは初めてのことではない。王子はすべての国土に精通していなくてはならない、という歴代国王の考えにより、王族には各地の視察が義務付けられていた。
もう何度となく訪れた港町であるが、塩の混じった湿った風には、どうも慣れない。馬を走らせれば走らせる程に、鼻腔に不快な刺激が混じる。
遠く、遥か向こうに船が見えた。かなり大きな貨物船で、民家の二、三軒なら乗りそうなほど大きい。時間からしておそらく本日初の出航だろう。
心なしか王子の馬が速度を上げる。
「殿下、あれは正規の船です。あれにトーマスは乗れません」
「……あ、ああ。そうだな。すまない」
必要以上に力のこもった両手から、少しばかり手綱が緩んだ。馬が安心したように速度を緩めた。
それからしばらく馬を走らせた王子たちの目に、ユヴィナ港を囲む大きな外壁が見えてきた。ユヴィナ港は海路の重要な交易場だったから、外壁の主な目的は商人の管理だ。外壁の通用門には兵士が在中し、許可を得た商人のみに営業を許す。
海鳥たちの視点から見れば、ユヴィナ港を要にした扇のように広がる外壁が見えることだろう。その扇の端には、まるで飾り玉のように、入門待ちの商人の列が伸びていた。
王都へと続く道に繋がった通用門を守る兵士は、王子たちの姿を認めるとひどく驚いた様子で飛び上がり、慌てて姿勢を正した。その様子を見た商人たちが、この旅人たちは一体何者だろうと訝しげに首を傾げている。
入門のために並んでいた商人に割り込んで、王子一行は門をくぐった。王子たちに向けられる視線には、不満げなものも混じっている。王子は申し訳なさそうに首をすくめた。
「殿下、本日は視察ですか?」
「いや、調査だ。突然ですまない。入門許可をもらえるだろうか」
「もちろんです。どうぞ、お通り下さい」
兵士はろくな調書も取らずに判を押すと、笑顔で王子一行を迎え入れた。緊急事態だから、それはありがたいのだが、マニュアルを見直す必要があるかもしれない。
「ところで、今夜遅くに、ここを通った兵はいるか?」
「いいえ。基本的に深夜以降の入門は禁止していますので。
誰かお探しですか?」
ダメで元々と思い尋ねてみたが、やはり明確な答えは得られない。そもそもここの城門は敵が攻めてくることを想定して作ってはいないので、乗り越えようと思えば、簡単に乗り越えられる。
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「もったいないお言葉です。お気をつけていってらっしゃいませ」
王子とダグラス、ロビンの三人は馬を預けると、笑顔の兵に見送られ、とうとう目的地であるユヴィナ港へと足を踏み入れた。
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