ラ・ウール防衛組~ 朝を侵すモノ ~

 「…………」


 ヒュゥゥゥゥンン!!


 「ほうほうほう!!」


 「…………」


 ヒュゥゥゥゥゥンン!!


 「ほうほうほおぉぉっ!!」


 「……っ!!」


 ヒュゥゥゥゥゥンン!!


 これで一体、何射目になるだろう。


 的確に急所を狙い撃つ必殺の一射一射。

  卓越した技量と血の滲む鍛錬に裏付けされた必中の一本一本。


 ゼノが生い茂る木々の間を縫い、未だ朝の遠い暗闇を跳ね、隙を見つけては放ち続けるそんな矢のいちいちが……。


 「危ないですぞ!危ないですぞぉぉ!!」


 躱される。


 柳のようなしなやかさも、武芸に秀でた者の見切りのような素早さもない。


 足さばきではなく文字通り地面を滑りながら矢を躱す様子を例えるなら、それはまるで逃げ水のようなとらえどころのなさ。


 「うざってぇ……なっ!!……」


 ヒュゥゥゥゥゥンン!!

  ヒュゥゥゥゥゥンン!!


 「ほうほうほうほうほうっ!!」


 などと絶叫しながらも、その白装束を纏った老人はゼノが挟撃を狙って撃った二発の矢を、上半身をグニャリと歪ませることで難なく躱す。


 「危ないですぞ!恐ろしいですぞ!死んでしまいますぞぉぉぉ!!」

 

 「……ちっ……」


 例えを訂正。


 人体の関節稼働域などまるで無視したそのネットリとした身のこなしは、夏の日の陽炎というよりは確かな質量と粘着性を持った液体金属。


 それも薄気味の悪さとどことなく不吉さや不穏さを孕んでいるように見えることを考慮すると、さながら猛毒の水銀と言ったところだろうか。


 「……めんどくせぇ」


 心底、面倒くさそうに呟きながら、ゼノがダラリと射の構えを解く。


 「おやおやおや」


 それに合わせて標的の老人もまた移動するのを止める。


 「もう終わりなのですかな?次こそは当たるかもしれませんぞ?ほっほっほぉ!!」


 そして戦略的な挑発なのか単なる素なのか、大袈裟な手振りと口ぶりでゼノを煽るような真似をする。


 「…………」


 「いかん、いかんですぞ。その若さで諦めることに慣れてしまったら。今からそんな調子では、この先の人生、節目節目で厳しい選択を迫られる機会が訪れた際に自然と逃げの方向、楽な方向へという選択肢を選びがちになってしまいますぞ」


 「…………」


 「いやいや、これは真面目な話なのですよ。よいですか、青年?年寄りの忠言が疎ましく聞こえてしまう年頃ではありましょうが、いざ自分が年を取ってみて振り返った時。そういえばあんなことを言っていたジジイがいたよな、と省みることがままあるものです。省みては恥じ入って、己が過去の未熟を悔いては噛みしめて。気づいてみた時にはもう遅く、やり直すにはなお遠く。いやいやいやいや、在りし日の我が身を思い返すだけで、なんとこの胸をチクリチクリと刺すのでしょう。そうなのです。かく言うワシもまた他人様のことをとやか……」


 「……っ!!」


 ゴッ!!


 僅かな会話だけで、この老人が放っておけば延々と無体なことばかりをのたまい続けるタイプだと理解したゼノはそのお喋りな気質を最大限に利用。


 老人の会話が加速し始めた言葉の中途半端なところ、つまりは呼吸の間隙を狙って一足飛びに距離を詰める。


 手にしているのは弓から形状を変えた槍。


 廃聖堂においてタチガミ・イチジとの戦いでも見せた電撃のような飛び込みからの刺突を放つ。


 射撃と同様に急所……心臓へと一直線に迫る穂先。


 速度にしても威力にしても奇襲のごとく完璧に外したタイミングにしても、明らかに致死的で理想的な一撃。


 手練れの武芸者でも避けることは容易ではなく、それが枯れ木のようにやせ細った老人であるならばなおのこと、迫りくるは死であり、待ち受けるのもまた純然たる死である。


 ……だから、結果は必然。


 ズブブブブ!!


 「ほおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 瑠璃色の槍は当たり前に老人の胸を貫き、当たり前に穂先が背中から飛び出す。


 奇跡的な逆転。

  土壇場で駆けつける仲間。


 そんなご都合主義な展開は起こらない。


 一突きでえぐられた心臓は、必然にして当然なる死を運ぶ。


 おそらくこの場を見た十人中の九人はそう思うのだろう。

 

 もしも百人いてもその九十九人はそう確信するのだろう。


 ただ一人……たとえ九百九十九人が勝負ありと判断したとしても、彼一人を除いては。


 「っつ!!」


 百分の一たるゼノの手は止まらない。


 右手で槍を引き抜きつつ腰の鞘から左の逆手で大振りのナイフを抜き、そのまま老人の首筋を斬りつける。


 情けも容赦も加減もない追撃。

  首を撥ね飛ばすためだけに振るわれた全力の一撃。


 ズシャァァァァ!!


 ともすれば槍でのチャージよりも素早く鋭く放たれたそのナイフから逃れる術はなく、老人の首が胴からスッパリと切り離される。


 潰された心臓に続き、老人は纏ったその白装束を鮮血で赤く染め、死に死を重ねて絶命する。


 「ほうほうほおぉぉぉぉ!!」


 ……ことはない。


 それどころか血はただの一滴すらも流れず、ゴロゴロと転がるハズだった首は切り離された中空へと留まったまま。


 「……ちっ……」


 苦々しい舌打ちを残してゼノが後方へと跳び退る。


 そんな彼の目に映るのは、血潮が吹き出す代わりに鈍色の液体が胴から伸びて生首をとらえ、引き寄せ、元の場所へと座らせているという奇妙な光景と。


 確かに胸を穿った傷穴もまた、やはり同じように粘度を持った液体がドロリと塞いでいるという奇怪な光景。


 そして……


 「いやはや、これはこれは。なんとも無慈悲な若者ですな、ほっほっほぉ!!」


 何事もなかったかのように破顔して高笑いする老人という不気味な光景だった。


 「人を殺めることへの躊躇いのなさといい手際といい、日頃から裏稼業に身を置いているのですかな?そして我々の先遣隊が闇夜に乗じて次々と狩られているという一報がありましたが、どうやらそれも貴方たち・・・・の仕業のようです。察するにラ・ウール王国に雇われた暗殺者というわけですか。……はて?そういえば、ワシらが王宮に赴いた際に見かけたような見かけなかったような……うむむむ、いかんです。いかんですぞ。いよいよワシも寄る年波には勝てず痴呆が始まってしまいましたかな?」


「…………」


「ほうほうほう、大した職業意識。口数が少ないのは不愛想というわけではなく、仕事を履行する際は無駄口を叩かないと己を厳しく律しているのですな?これではワシらのような寄せ集めの俄か軍隊がまともに相手取るにはいささか無理があったようですわい、ほっほっほっ」


 仲間を数十人と殺され、自身でさえ殺されかけた……いや、先制の初撃から数えて確実に二度三度と殺されていたことすら歯牙にもかけず手放しでゼノのことを誉めそやす老人。


 「……わかるか、ココ?」


 「なんとなく」


 そんな心理も行動も彼が今こうして笑い声を上げていることも踏まえて色々と理解不能な事態が続く中、ゼノは背中に貼り付いた相棒へと言葉少なにそう問いかけ、冷静に現状の分析を図る。


 「あれ、ニセモノだゾ」


 「偽物……本体が別にあるってか?」


 「うん。匂いも気配も魂もすごくすごく薄い」


 「分身か何かか?」


 「ちがう。薄くても魂じたいは確かにあるからアレはアレで立派ないのち」


 「どういうことだ?」


 「たぶん、他のだれかの魂をあのドロドロしたのに植え付けてムリヤリ動かしてるんだゾ」


 「魂を入れた泥人形に、さらに自分の意識やら外見やらを重ねて端末にしてるって感じか?」


 「うん、そう」


 「魔術……じゃねーな」


 「うん。アレはたぶん……じゅじゅつ」


 「……そいつはまた……」


 「さてさてさて。ようやくまともにお話ができるようですかな?」


 小声で交わされるゼノとココのやり取りを遮るように。


 もしくは単に数秒でも黙っているのが我慢できないかのように。


 老人はしわがれた声で彼らの会話に割り込み、それから妙に芝居がかった調子で恭しく頭を下げる。


 「お初にお目にかかったわけではありませんが、一応の礼儀として名乗らせていただきます。……ワシはドラゴノア教団で教祖兼大神官を務めさせていただいております、ノックス・ヘヴンリーと申すものです。大仰な肩書を冠してはいますが、いやいや、なんてことはありませぬ。ワシなぞ単に崇高で至高で偉大で超大で強大で極大で膨大で増大な尊ぶべきこの世の覇王にして唯一神たるドラゴンに身も心も何もかもを捧げただけの一信徒であり一老人。かの神の威光にただただ平伏するだけしか能のない愚者にございまするぞ」


 「……そうかい」


 「ほうほうほう!やっと口を利いて頂けましたな。やはり人と人との関係を深めるにはこのように会話を交わすことが一番の近道。たとえ敵味方に分かれても、たとえ信奉する対象を違えたとしても、我々、知性ある人類はどのような剣よりも鋭い言葉と、どのような盾よりも堅牢な声とを交えることでより深く互いのことを分かり合えるのだというのが、そろそろ七十に届こうかというこの齢のしがなき経験からワシが導きだした持論の一つなのですぞ」


 「……それも年寄りの有難い忠言ってやつか?」


 もちろん、ゼノがノックス・ヘヴンリーの持論に感銘を受けて対話によるコミュニケーションの大切さに気付き、さぁ、それでは相互理解を深めましょうなどと思うわけもなかった。


 それでも、彼はこの老人の肩書や立場などとは別のところから感じる異様さと、さきほどの戦闘の中で感じたその異形な在り方について少しでも情報を引き出そうと会話を試みる。


 「そうですぞ、そうですぞ。こんなものでも一応は人生の先駆者。古きを知って……などという言葉の指し示す通り、枯れ果てた先人の生き方から何かしら教訓を得て肥やしにするのは若者の特権であり義務でありますぞ。はなはだ蒙昧もうまいで取るに足らない歩みで恐縮ではありますが」


 「そんじゃ、先人さん。早速、聞かせてもらってもいいか?」


 「ほうほうほう!どうぞどうぞ、なんなりとお聞きくだされ勤勉なる青年よ。我々が此度の戦いに参加した経緯いきさつですかな?それともワシの取るに足りないとは言いつつも確かに人一人分の含蓄を積み重ねてきた生涯についてですかな?それともそれとも、至高の御神たるドラゴンを崇め奉る我々ドラゴノア教団の教えに興味がおありですかな?ほうほうほう!いやいやそれならば是非もありませんぞ。我が教団、我らが神は新時代を担うであろう迷える若者のためにいつでも門戸を開け放してお待ちしております。さぁさぁ、ご遠慮なく信仰の一歩を踏み出してください。さぁさぁさぁ!!」


 「わりぃな、興味ねーわ。特に最後のヤツ」


 「おやおやおや、それはそれは残念無念。しかし、我らが御神は寛容です。もしも道に迷い、生に惑った時には、この遥かに拡がる大空へと手を伸ばしてみてください。さすればきっと大きな大きな救いの手の平が差し伸べられ、悲しみのない楽園へと貴方を導いてくれるはずですぞ」


 「一つだけ確認だ……」


 一つを聞けば十答えるお喋りな人間はいるが、一つも聞かないうちからツラツラと三十くらい答えてくるこの老人の饒舌に対する対処法を既に確立したゼノは、ノックス・ヘヴンリーの言葉をすべて無視。


 ペースに飲まれて会話の主導権を譲ることがないように、ハッキリと聞きたいことだけを聞く。


「あんたのソレ、呪術で間違いないか?」


「ほっほっほぉ!!!なんとなんと一目で見抜かれてしまいましたぞ!!これはこれは!!」


 もはや切り札にして自身の最大の強みであろう、ある種の不死性。


 それをあっけなく見破られたにも関わらず、ノックスはそのことが嬉しくてたまらないとばかりに恍惚の表情を浮かべる。


 呪術。


 それは同じく魔力を媒介として発動させる魔術や魔法とは明確に枝分かれし、七つある魔属性のどれにも分類されず、もはやそれ自体が独立した一つの系統ともいえる、呪いにだけ特化した術法。


 幻惑や状態異常を引き起こすものが主流ではあるが、その多くは生物の生き死に……生命を構成する『魂』というべき魔素の塊に直接干渉するものばかりで倫理的に問題ある醜悪な邪法だと人々から忌避され、魔術の長い歴史の中で自然に淘汰されていった古代の禁術だ。


 もちろん、人の口に戸は立てられぬと同じように、人々の飽くなき探求心は誰にも強制することはできない。


 『魔道』の深淵へと辿り着くことが目的であり手段でもある魔術士たちの知的好奇心はその歴史が失われれば失われるほどに燃え上がり、表立って研究も行使もできないその秘匿性と禁忌を冒すという背徳感に、むしろロマンすら感じる者たちが極々一部とはいえ存在した。


 彼らの手によって細々と伝えられ、細いからこそ時代を重ねるごとに精度も凶悪性も鋭く増していく傾向にあった、まさに呪いの術法。


 そしてノックス・ヘヴンリーはそんな禁術を継承し、継承させる術士の一人。


 その中でも第一人者にして最先端、今代において最も深く呪術の深淵に触れている人物でもあった。


 「よもやワシの虎の子をこう易々と見抜かれてしまうとは思いませんでしたぞ」


 「タネも仕掛けもわかんねーけどな」


 「なに、なんてことはありません。集めた死者の魂を適当に幾つか束ね、そこらの土塊に混ぜてちょちょいと呪いという楔で縛り、ワシの意識や肉体の一部を埋め込んで核とし、手足のように操っているにしか過ぎないのですぞ」


 「あっさりとネタをバラしちまうんだな」


 「隠すほど大層なものではありませんからな。術式の展開に必要な器たる土などどこででも手に入りますし、魔力の消費量も格別多くもない。唯一、難を言うとすれば純度が高く鮮度も良い死者の魂の調達に苦労することもありますが、それとて些事。無いのであればこちらで見繕い、自らでこしらえてやればそれで済む話です」


 「お宅らの教義の中では、泥人形のためだけに人を殺すのは許されてるのか?」


 「おやおや、殺しなどとは人聞きが悪い。これは尊き犠牲にして与えられる救済。彼らの魂はワシの創り出した人形を通して遥かなる天界へと運ばれ、かの地にて今も鎮座する神の元へと届けられるのですぞ。ワシが教団の長にして象徴たる教祖を務める傍ら、大神官という実務方面での責任者も同時に兼ねているのも、ひとえにこの呪術を扱えるからに他なりません」


 「働きもんだな。もっと老体を労わってやれよ」


 「ワシもいい加減、後身に引き継いで隠居したいところなのですがな。いやいやいや、これがなかなかにこれだという後継者が見つかりませんで。これも長年にわたってワシがワシがと出しゃばってきた弊害なのでしょう。どうにも教祖という立場に甘んじてふんぞり返るだけというのは性に合わず、あれもこれもと働いてきた結果、一所に役割が偏りすぎてしまいました」


 「うまくねぇやり方だ」


 「いやはや、まったくまったく耳が痛い。おかげ様で教祖自らこのような最前線にまで出向き、暗殺者の前に身を晒してしまう始末。もちろん、ワシが好きで前に出てきているのは否めませんが、組織の運営という観点から見ればなんとお粗末なことでしょう。そんなわけで我が教団は常に新しい風を求めております。貴方のような一本気のある若者が入信してくれれば安心して後を任せられるのですが……」


 「だから興味はねーよ」


 「むむむむむ、にべもないですな。割と真剣なお願いなのですが」


 「……心にもねーこと言ってんじゃねー。口元がニヤけてんぞ?」


 「おやおや、ワシは今、笑っておるのですか?ああ、ああ、これはこれは失礼いたしました。決してふざけているわけでも貴方を蔑んでいるわけでもないのですぞ。このノックス・ヘヴンリー、元来からの正直者でして、どうにも内なる感情が顔に出やすい性質なのです」


 「なるほど。……それじゃ、今は随分と楽しいみてーじゃねーか。鏡があるなら見てみろよ。これでもかっていうくらいに邪な、満面の笑みってヤツがそこに写ってんぞ」


 「ほっほっほっほ!!それもまた詮無きこと。……だってそうでしょう?……」


 含みを持たせるように言葉を区切り、一層ニンマリとする老人。


 その含みと笑みの中にはゼノの言う通りの禍々しいばかりの邪悪さと、心底から溢れ出る愉悦が存分に満ち満ちていた。


 「種族をあげて我らの神に弓引くも滅ぼされたはずの存在、≪王を狩る者セリアンスロープ≫・獣人族。伝承や文献の中にしか登場しない、我らが神と時代を共にした絶滅種と生きているうちにこうやって出会えたのですからな。年甲斐もなく興奮してしまっても仕方がないではありませんか」


 「……はぁ……」


 ゼノたちが呪術を見抜いたことへの意趣返しというわけではないのだろうが、ノックスもまた、彼らが普段からひた隠しにしている正体をあっさりと暴き立てる。


「長い歴史の中で血が混じり過ぎたのでしょうな。容姿だけで言うならば我々ヒト種と何も代わり映えはしませんし、獣のごとき勘の鋭さと身のこなしではあっても、それくらいは武芸の玄人であればこなせるであろうという範囲内。見分けなどつきようもありません。……しかし、貴方が携えたその瑠璃色の武器。それは自身の身体能力の高さを最大限生かすために多種多様な攻撃手段と戦法を用いる獣人族がその道を徹底的に究め、辿り着いた先に作り上げた三本の槍……『灼銅しゃくどう滅槍めっそう』、『翡翠ひすい結槍ゆいそう』に続く最後の神器、『瑠璃るり絶槍ぜっそう』、≪エヴ・ゼノス≫とお見受けしますぞ」


 「……お詳しいこって」


 「柄にあたる部分に魔力を流すことで槍に弓にと自在に形状を変化させている魔道具かとも思ったのですがね。……ええ、ええ、確かにそれだけならば工業技術にしても魔術研究にしても飛躍的に発展した今の世の中であるならば開発は可能でしょう。そちらの分野に力を注いでいるラクロナ帝国の軍事開発局辺りならば、あるいは量産化だって夢ではいのでしょう。……しかしですね、青年?いくら技術が進歩してみたところで科学や魔術では越えられない壁というものはあるのです。たとえば槍の長短や太さを調整してみたり、弓ならばつがえる矢を瞬時に投影して無尽蔵に放ってみたり……ようするに、貴方のソレは形状だけではなく質量までもを自由気ままに操っているのです。どれだけ威力を高めても質量保存という物理法則からは外れることのない科学と魔術……それらの常識を踏みにじる『魔法』と並び立つほど稀少な逸品たる≪エヴ・ゼノス≫。しかもお持ちになっているだけではなく、魔力と共に獣人族のみが有するナニカに反応しなければただの鉄の棒だと言われている物を、こうまで巧みに使いこなしているのですから、自ずと貴方の正体は見えてくるというものですぞ。ほっほっほ」


 「……ネタバレはお互い様ってことか」


 「それにですな、青年?他にも確たる証拠があるではないですか……」


 そう言ってノックスがスッとゼノへと人差し指を向ける。


 ……いや、正確にはゼノの背中に負ぶさる小さな人影に向けている。


 「そこのお嬢さん。その猛々しい姿を見てしまえば隠しようもないですぞ」


 「ちっ、やっぱり最初からココが見えてやがったか、このジジイ……」


 「一部の限られた伝承の中でしか伝えらず、実際に存在したかどうかも非常に怪しかった絶槍・≪エヴ・ゼノス≫を拝めたことだけでも僥倖だというのに、原初の姿をそのまま残したおそらくは純血の獣人族。……かの神の威光に比べれば限りなく矮小な存在であるとはいえ、すべての種族の中で唯一、覇王に届きうるとまで言われた宿敵である≪王を狩る者セリアンスロープ≫を自らの手で打倒する機会が得られたのです。これを喜ばずして何がドラゴノア教の信徒でしょうか?」


 「……このおじいさん、なんかコワい……」


 「ああ、そそられますぞ!ああ、ああ、滾ってしまいますぞ!ああ、バラしたい……ああ、ああ、貴女のすべてを探りたい……その瞳で見つめられるだけで胸の内を震わすソレは一体なんなのでしょう!?その体の中にあるナニが我らが覇王たるドラゴンの脅威となったのでしょう!?……ああ、ああ、あああああ!!!」


 「……なぁ、ココ?」


 「なんだゾ?」


 「メスガキやクソ豚に対抗するわけじゃーねけど、俺も一個言葉を教えてやる」


 「おお神よ!おお我らが至宝よ!!貴方はなんと慈悲深きことでしょう!!我らの教えを異端だと言って断罪したラクロナ帝国を完膚なきまで叩きつぶせる聖戦に参加する誉れを賜っただけにはとどまらず、今代の『シルヴァリナ』の見目麗しき姿と対面させていただいたこと……加えて、ここに遥かなる悠久の時代における覇王の座を賭けた神話の戦いまで再現して下さるだなんて、このノックス・ヘヴンリー、心より、心よりの感謝を捧げますぞ!!アッレ~ルヤッッ!!!!」


 ギラギラと血走った目を見開き身悶えしながら天を仰ぐノックス・ヘヴンリーの姿に、ゼノはこの老人に対する認識を確定させる。


 ココの存在の強さにも屈しない強靭な精神力……というよりは恐怖心そのものが欠落した心。


 呪術の性質や口ぶり、そのぞんざいな扱い方から垣間見える、人の命への畏敬のなさ。


 あらゆる欲望を帰結させる狂いに狂った好奇心。


 こうやって対面すればするほどに積も積もっていく不快感。


 どうやっても生理的に受け付けがたく思ってしまう拒否反応。


 それらを総じて表す端的な言葉を、ゼノはよく知っている。


 「あーゆーヤツのことをな、イカレ野郎っつーんだ」


 「うん、覚えたゾ」


 「さぁさぁ、謳いましょう!さぁさぁさぁ、踊りましょう!!我らがこの場にて相まみえることとなった運命に、巡り合えたこの幸運に、最大限の敬意を込めて、さぁさぁさぁさぁ、始めましょうぞ!!」


 「……いや、もういい」


 「……はい?」


 臨戦へのテンションが最高潮に達したノックスとは対照的に、ゼノは醒めたように言い捨てる。


 「ま、何となくわかっちゃいたが、大した情報も引き出せなかったし、あんた、もういいよ」


 「何を連れないことを言っているのですかな、獣人族の青年?伝説の絶槍ぜっそう・≪エヴ・ゼノス≫の威力を味合わせてくれるのでしょう?身体能力の限界を突破させる『獣化』の輝きをワシに見せてくれるのでしょう?……古代の戦の続きとばかりに≪王を狩る者セリアンスロープ≫の力でもってワシをそのドラゴン信仰とともに打倒し、先祖の悲願をここに達成するのでしょう??」


 「そっちこそ何言ってやがる。そんなもん、ハナから興味はねーよ」


 「な、なんと!?正気なのですか、貴方!?」


 「いや、てめぇにだけは言われたくねーな、それ……」


 「ほうほうほうっ!!なんという不敬!!なんという不遜!!あ、貴方には獣人族の矜持というものがないのですか!?ワシはドラゴノア教団の教祖……貴方のご先祖方をゴミクズのように潰して燃やして殺して滅ぼしたドラゴンを信奉する、いわば憎き仇敵なのですぞ!?そ、そんな者を目の前にして興味がない!?興味がないとは一体どういうことなのですかな!?」


 「ああ、もう、うるせぇイカレジジィだな……」


 さらに興奮して一方的に捲し立てるノックスの言葉に、ゼノはガリガリと苛立ったように頭を掻く。


 「興味ねーもんはねーんだよ。獣人だとかドラゴンだとかご先祖さんの因縁だとかはな。……それにこの見た目通り俺の中に流れる血はもう殆どヒトのもんだ。生憎とあんたの求めてる獣人族……≪王を狩る者セリアンスロープ≫としての力だってまともに発揮できねーし、この槍だって十分に使いこなしているわけでもねー。もしも獣人とバトりてーなら他あたってくれや」


 「そ、そんな殺生なっ!!!!」


 背中に背負ったままのココを静かに地面に降ろし、その小さな狐耳の頭を撫でながら、ゼノは続ける。


 「俺はコイツと無事に明日を生きていければそれでいい。コイツを守って生かしてやれればそれだけでいい。……あんたの言う矜持っつーのがあるとすれば、きっとソレなんだろうな」


 「なんと矮小な!!それほどの資質を持つ身でありながら、求めるのはその少女の未来ただ一つだというのですかな!?」


 「そうだよ、ちぃせーんだよ、俺は。小さくて弱くて無力で半端で……ただただおっかねーもんから逃げ回ってきただけの卑怯もんだよ」


 「ゼノ君……」


 「さっさとあんたを片付け、請け負った仕事を全部終えたら、俺たちはまた元の生活に戻る。逃げて逃げて逃げ抜いて……いつか回ってくるツケを清算しなくちゃならねーその瞬間まで脇目もふらずに逃げ回る、そんな毎日にな。……だから、ホント、いいよ……」


 そしてゼノは緩慢な動作で、されど真っすぐに槍を地面へと突き刺す。


 「……あんた、もう死ねよ」



 ギュィィィィィンンンン!!



 「ほうっ!?ほうっ!?ほうっほうっほうっ!?」


 槍の刺さった地面から魔力の光がほとばしる。


 それは槍と同じ、瑠璃色の輝き。


 その光が、裂帛れっぱく音を響かせて地面を這いながらノックス・ヘヴンリーへと肉薄したかと思えば、手前で二手に分かれ、グルリと輪を描くように老人を取り囲む。


 「こ、これは≪エヴ・ゼノス≫の力?……いえ、いえいえ、これは……」


 「そうだ。あんたのお株を奪っちまってなんだけど……」


 おもむろに拳を握り、そこから人差し指と中指を立てるゼノ。


 「俺も呪術使いなんだわ」



 ガキガキガキィィィィィィンンン!!



 ノックス・ヘヴンリーを囲む瑠璃色の円環。


 その輝きによって暴かれたのは環の要所要所に均等の間隔で地面に刺さっていた六本の短い矢。


 矢筈やはずから矢尻にかけてをまるで夜の闇に溶け込ませるように真黒に塗った矢が、ゼノの結んだ『印』を合図に槍から伝わる魔力を対角線に反射させ合い、円環の中に新たな図形、六芒星を描く。


 「な、なんと!!≪エヴ・ゼノス≫から放たれた魔力と影縫いの呪術の複合術式!!動けない!動けないですぞ!!ただの影縫いよりもまだ深く……ワシや人形の魂を構成する魔素そのものをズブリズブリと縫い付けるこれは『黒冥』の高位魔術・≪サザンクロス・シェイド≫をも凌駕するほどの絶対的束縛ですぞ!!」


 「……説明どうも」


 獣人としてもヒトとしても半端者だと常日頃からうそぶくゼノ。


 しかし、そんな卑下したような口調とは裏腹に、彼はその半端さを逆に武器にする術を模索し続けてきた。


 絶槍・≪エヴ・ゼノス≫などと呼ばれる獣人族が作り出したもはや殲滅兵器クラスのポテンシャルを秘めた武器の力を十全に引き出せない。


 ヒトがカテゴライズした魔術属性のどれにも素質が見出せない。


 そんな中でも決して腐ることなく、ゼノが血の滲むような努力と鍛錬と忍耐の果てに導き出した一つの答えが、今まさにノックス・ヘヴンリーの体から自由を奪っている。


 「その泥人形にどれだけの数の命が捧げられたのかはわかんねー。だけど数も密度も関係なく、ソイツは直接、魂ってやつそのものを縫い付ける。……もっと力技で押し切られたなら厄介だったが、どうやらあの死んでも死なねー不死身の特性の方に偏った調整してるみてーじゃねーか。効果は覿面てきめんってやつだな」


 「ほうほうほうっ!!なんと!なんと!なんと美しくも残酷な術式!!なるほどなるほど!!極めたつもりではありましたが、まだこれほどまでに呪術には可能性の裾野が広がっていたのですな!!素晴らしい!!素晴らしいですぞ!!おお、神よ!!今宵は本当に素晴らしい出会いばかりですぞ!!ああ!ああああ!!アッレ~ルヤッッ!!!!」


 「……そーゆーのいいから」


 「しかし、青年!!いや、実に実に素晴らしい術ではありますが、束縛しただけではワシは殺せませんぞ!?」


 「わかってんよ」


 「で、では、これから先もまた何かあるんですな!?なんとなんと!!見たい!!見てみたい!!さぁさぁさぁ青年!!誇り高き半端者の青年よ!!ワシに、ワシにもっと未知なる呪術を見せて下さい!!」


 「……残念だけど、見せてやることはできねーよ」


 「なななな、なんとぉぉぉぉ!!」


 「だって、あんた……」


 そこでゼノは追加で四つほどの『印』を結ぶ。


 「もう、死んでるからな」


 「……ほ?」


 パンッ!!

  乾いた柏手が一つ響く。



 ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!



 「ほぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 円環から生まれ出でた瑠璃色に輝く光の槍が、六方からノックス・ヘヴンリーを突き刺す。


 「し、しかし……こ、これでもワシの呪術は……」


 「もちろん」


ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

 ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

  ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!


「ほ!ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

 ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

  ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!


「……ほぉ……」


ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

 ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

  ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!


「……ぉ……………」


ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

 ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!

  ザシュザシュザシュゥゥゥゥ!!


「…………………」


 詠唱もなければ術名も唱えないままに放たれた、都合108本の光。


 それだけの槍の串刺しを受け、傍目からはただ瑠璃色の光の塊がそこにあるだけのように散り散りになってしまったノックス・ヘヴンリーの体。


 呪術?死者の魂?泥人形?


 そんな幾つかの要素によって構成される不死性も、再生する暇も与えられずに百度以上の絶命が降りかかってしまえば用をなさない。


 ただの物理攻撃ではなく、あくまで≪エヴ・ゼノス≫の無尽蔵な矢の投影と呪術を組み合わせたことによって生み出された魔力の光は、千切れた水銀のような泥……人の身で言うこところの肉片すらも容赦なく焼き切っていく。


 「……ダメ押ししとくか」


 同じ人間を百回殺害するなどもちろん経験したことはなかったゼノではあるが、彼の職業倫理というか用心深さはここでも変わることはなく、万に一つでも再び蘇ってくる可能性を根絶やしにする。


ヒュンン、ヒュンン、ヒュンン……

 ドバァァァァァンンンン!!


 追加で矢尻に魔道具『爆裂石』を仕込んだ爆矢を数本放ち、木っ端微塵になっていたノックス・ヘヴンリーの欠片をさらに粉微塵にしてしまう。


 「……ココ?」


 「うん、ダイジョブ。しんだゾ」


 「……そっか……ふぅ……」


 更なる念押しとしてココの探知能力で死亡確認。


 そこでようやくゼノは射の構えを解く。


 「おつかれだゾ」


 「ああ、疲れたな……マジで」


 ピョコピョコと近づいてきたココの頭をポンポンと叩きながらゼノはノックス・ヘヴンリーが立っていた場所から立ち上る土煙を睨む。


 「……端末とはいえ、あれだけ殺ったなら本体の方にも相当ダメージは行ってるだろうな」


 「うん。ホントはあのドロドロとの感覚きょーゆーはちょっとだけど、いっぱいゼノ君がやっちゃったから。たぶん、そーとー。もしかしたらそっちもしんじゃってるかもだゾ」


 「だったらいいんだけどな。もう二度とあの気持ち悪い笑い声、聞きたくねーし」


 「ココたちのこと、くわしかったね?」


 「ああ、そこはドラゴノア教団の教祖様ってことだろう。アイツらにしてみれば、獣人族なんて自分たちの神様に一番反抗してた問題児だからな。そこら辺も研究してたんだろーよ」


 「みんなそうなんだゾ?」


 「さぁな。あのジジィほど変態的なのがそうそういるとも思えねーけど」


 「……どこまでココのこと、知ってたのかなぁ?」


 「……不安か?」


 「……ちょっとだけ……」


 「…………」


 シュンとうなだれるココの頭を、ゼノは無言で撫でる。


 獣人族という特殊な種族の中でも特別な存在であるココ。


 この小さな幼女の中で渦巻く言い知れぬ不安。

  この小さな体で背負いきるにはあまりにも重たすぎる宿命。


 ゼノにはそれをどうにかしてあげることはできない。


 許されるならば幾らで代わってあげたいとは思うがそれも叶わない。


 かけるべき言葉が見つからない。

  安易な励ましすらも意味はない。


 だからゼノは少しでもココの気が紛れればと、ただ無言で頭を撫でる。


 そんなことしかできない自分は本当に小さくて弱くて無力で半端者だと痛感する。


……そして、それでもとも思う。


―― それでも俺はコイツの傍にいる。

 ―― それでも俺はコイツを守り、そして逃げ回る。


 不安から宿命から、一度この手のひらに伝わる温もりを失い欠けたという過去から。


 ゼノはひたすらに……逃げ回るしかなかった。



 「……さて、そろそろ仕事の続きをするか」


 休憩というほどの時間もとらず、ゼノは気持ちを切り替えて眼下の道を変わらず行進するドラゴノア教団を見下ろす。


 「あのジジィの本体も気になるが、ともかくアイツらの足止めをしねーとな」


 「おじいさん、あそこにいるのかな?」


 「どうだろーな。あんなセコい変わり身を動かしてるようなヤツだからな。遠く離れた安全なアジトの中でヌクヌクとしてるかもしれねー」


 「本気でいってるんだゾ?」


 「……いや、わりぃ。自分で言っててしっくりこねーわ」


 そう、しっくりこない。


 聖戦と彼らが称するほどの今回の戦争、端末をだったとはいえ、本人のものがそのままトレースされたであろうあの老人の人格からすれば、その渦中のド真ん中というか最前線の特等席で成り行きを眺めたいと思うことだろう。


 それに理由はよくわからないが、『シルヴァリナ』を冠するラ・ウールの姫君に夢中になっていたこと。


 更に相手にとっては予想外に獣人族というものと対峙し、あれだけ興奮していたこと。


 それらを踏まえれば、やはりノックス・ヘヴンリーの本体は、どこかの戦場に必ず顔を出すであろうとゼノは確信を持つ。


 「……あいつらには≪空間転移≫を使う仲間がいる。そう考えれば三か所のどこに現れてもおかしくはねーけど……やっぱり自前の兵隊がいるここが本命なんだろうな」


 そうしてゼノは行軍するドラゴノア教団の信徒たちをジッと見つめる。


 森をくり貫き、雑に切り拓いただけの畦道。


 上の方で教祖と刺客が戦っていても意に返さずにただ黙々とラ・ウール王宮を目指す異様な集団。


 未だ夜闇の深い中にあって、彼らが纏った装束と引いている荷車にかぶされた封印術式の施された布の白さがとても際立つ。


 「……ん?」


 唐突にゼノは違和感を覚える。


 いや、正確に言えば嫌な予感というやつだろうか。


 「……なぁ、ココ。今って何時だ?」


 「んん?時計もってないからわかんないけど……たぶん、朝の……あ」


 「……朝、のハズだよな?……」


 おかしい。


 どれだけ森が深く闇が濃くとも、今見下ろしているのはある程度は木々を倒して拓けた道。


 さすがに暗すぎる。


 いい加減、作戦開始からそれなりに時間が経っているというのに、遠い空の端が白んでいることもなければ、山並みの間から朝日が僅かにでも零れているということもない。


 おかしい。

  おかしい。

   何かがおかしい。


 ゼノとココは互いの顔を見合わせる。


 「……いつからだ?」


 「……わかんない」


 「少なくとも、ジジィとやり合っている時は幾らか明るくなってた気がする」


 「うん。それはまちがいな……っゼノ君!!あれ!!」


 ココが慌てたように指を差す。


 反射的にゼノは弓を構えながら、ココが示した方向に目を向ける。


 そこは、空。


 ちょうど道の真上に開いた、本来は新しい太陽と青さが広がっているハズの空。

しかし、そこには太陽も青もない。


 それどころか幾らかかけた半月も浮かんでいなければ星空すらもない。


 ……その代わりに。


 「赤黒い空と……魔術の陣?」


 「あの陣、あれだゾ。さっきみたおっきな布にかかれたヤツといっしょ」


 「荷車のデカブツか……っておいおい、なんかチカチカ光ってねーか?」


 「うん、陣どうしがきょーめーしてる。……ふーいん、とかれるゾ」


 「……マジかよ」


 ココの言う通り、空に現れた魔術の陣と、信徒たちがノロノロと引き続けていた大きな大きな荷物に被された白い布に描かれた封印の陣が、まさに明滅をシンクロさせて共鳴していた。



 『ほっほっほっほっほっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


 そして、響き渡るはゼノが二度とは聞きたくないと言っていた、不吉で不気味な笑い声。

 

「はぁ……マジかよ」


 あんな気持ちの悪い笑い方をする人間は二人といないだろうと思ったゼノは、にわかに蠢き始めた荷車の上のデカブツに向かって、溜息をこぼす。

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