帝都組~ 現物語 ~

 波乱含みというよりは、ただただ乱痴気騒ぎに彩られた長い夜が終わり、帝都・ラクロナにも朝が来る。


 緩慢に、されど着実に白々と明けていった空。


 やがてひょっこりと顔を出す太陽。


 新しくも変わり映えのしない、柔らかくも夏の始まりに相応しい強気な朝焼けが、帝都中央に鎮座する『光玉宮こうぎょくきゅう』の全容を暴き立てる。


 誰をも魅了する高層で重厚で壮麗で華麗な外観。

  誰をも恐れおののかせる高圧的で威圧的で圧倒的な佇まい。


 どこまでも不可侵な領域に漂うは、どこまでも荘厳な静謐。


 時代を重ねるにつれ、主に外向きに対する政治・軍事力などの国力が増していくにつれて、有形も無形も善も悪も問わず、内に内にと抱え込むモノもまた同時に増えていった帝国という在り方をそのまま象徴するような閉ざされた宮殿。


 堅牢な三つの門を抜けてようやくお目にかかることのできるそんな世界の中心点にして終着点の玄関口で……。

 

 バチバチバチバチバチィィィィ!!


 二つの色違いの閃光がぶつかり合う。


 「だぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 一方は白みがかった青。

  形状は大剣。


 それを両手持ちで振るいながら雄叫びをあげるのは小太りの男。

  討伐連合軍所属の≪現人あらびと≫、ヒイラギ・キョウスケ。


 「だぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 もう一方は薄緑。

  形状は同じく大剣。


 こちらも柄を両手で握り込んで斬りつけながら同じように叫ぶのは痩身の男。

  革命の七人所属の≪現人あらびと≫、モリグチ・トオル。


 「せやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 ブゥゥゥゥゥゥンンン……


 「せいやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 バチバチバチバチバチィィィィ!!


 まったく同時のタイミングで振り上げられ、まったくの同出力でぶつかり合う光剣。


 剣を発生させている理屈も、扱う者が武芸の素人であるという拙い腕前も同じであるならば、彼らの出身が≪現世界あらよ≫であることもまた同じ。


 似かよった……いや、この≪幻世界とこよ≫へとやってきた細かい経緯や属する組織の違いはあれども、秘めたる底力も今現在振るうことができる実力も同格同等な二人の男が、光輝く剣を懸命に交え合っている。


 「まさか自分があのスペース・ファンタジー映画みたいなアクションを繰り広げることになるなんて、あっちの世界にいた頃は妄想でもしたことがなかったっす!!」


 「そ、そうだね。CGとかSFXとかはもちろん、スタントマンもなしにフォースバトルを地でやるだなんて、ねっ!!」

 

 ブゥゥゥゥゥゥンンン……

  ブゥゥゥゥゥゥンンン……

 バチバチバチバチバチィィィィ!!


 名乗りは既に終えている。


 柊木京介に森口徹。


 こんなコテコテの『剣と魔法の世界』において明らかに異質な日本人らしい名前に、最初は互いにとても驚いた。


 よくよく聞けばどちらも≪現世界あらよ≫から≪ゲート≫という世界同士を繋ぐトンネルのようなものをくぐってこちらにやってきた異世界人。


 おまけに偶然にも同じ街の同じ生活圏に暮らし、トオルがキョウスケの立ち寄ったコンビニに勤める店員であり、同じ日に同じ強盗が振りかざした同じ包丁で刺されて瀕死状態になっていたというのだから更に驚きが増した。


 戦争だなんだという諸々の事情を一旦放り投げ、自分がラノベ的異世界転生の当事者となってしまったことへの悲喜交々だとか、二つの世界の生活習慣の違いで戸惑ったことだとか。


 三番街の角のラーメン屋は行列ができているわりに味は大したことないだとか、午前2時34分に駅前の時計の下に『フミヨ』という若い裸の女が現れるという都市伝説だとか。


 久しく遠ざかっていた他人と共通する文化、共感し合える価値観、共有できる話題があることへの喜びに、しばしの間、二人はとっぷりと浸った。


 ……そう、あくまでもしばしの間、だ。


 「やっぱり退いてはくれないんすか、モリグチさん?」


 「そ、そっちこそ下がってくれないのかな、ヒイラギ君?」


 「無理っすかね」


 「ぼ、僕だってそうさ」


 「新しい人生をくれた人達の恩義に報いたい……」


 「僕の力を必要としてくれた人達の期待に応えたい……」


 「あの人達が大切にしているものを守りたい……」


 「あの人達が貫く正しさを助けたい……」


 「平行線っすね」


 「うん、平行線だ」


 「譲れないっすか?」


 「き、君こそ譲れないのかい?」


 「無理っすね」


 「ぼ、僕だって」


 「……だったら……」


 「……うん、だったら……」


 「「押し通すしかないっ!!」」


 バチバチバチバチバチィィィィ!!

  バチバチバチバチバチィィィィ!!


 どちらも進んで争いに身を投じるような性格でもなければ、やはり日本という国で生まれ育ち、幼い時分より培われた平和主義的な倫理観を持っていた。


 なのでまず、話し合いによって相手が退いてくれるのが一番だと説得を試みたわけなのだが、これがうまくいかない。


 ……巻き込まれただけだろう?

  ……本当は血生臭いことなどしたくないんだろう?

   ……痛いのも辛いのも怖いのも嫌なんだろう?


 さすが似たような境遇にある者同士。


 考え方も主張も相手をおもんぱかる思いやりも、まるで胸の内を見透かされているのではないかと勘繰ってしまうくらいにイチイチが被った。


 本当に似ている。

  本当に同じだ。


 なればこそ流れ的には互いに分かり合い、さぁ矛を納めましょうとなってもいいハズなのだが、どちらももう、引き下がるには遅すぎた。


 頭が割れそうになるほどの迷いの中。

  心が砕けそうになるほどの惑いのおり


 そんな葛藤を乗り越えた末に腹をくくり、今こうして戦場へと立っているというところまでも一緒だった二人。


 それぞれが胸に掲げた覚悟の並々ならぬ強さですら手に取るように理解できた彼らは、結局、戦うという選択を選んだ。


 退いてくれないのなら無理やりにでも退かせるまで。

  下がってくれないのなら問答無用で下がってもらうまで。


 譲れないならば譲ってもらう。


 主張が平行し、主義が均衡し、正しさが拮抗するならばそれらのことごとく……我をもってして打ちのめさてもらう。


 元来、控えめな性格同士のキョウスケとトオル。


 しかし、お互いの身近に、己がエゴイズムを高尚なる信念にまで昇華させた漢の背中があった。


 かたや赤毛の大熊。

  かたや無頼の剣士。


 その大山のごとく揺るがぬ彼らの志にあてられ……あるいは毒された二人の若者は、異世界という箱の戦場という舞台において、自らも師と仰ぐ漢たちの流儀に倣わせてもらうことにした。


 ……ようするに言葉による説得ではなく、肉体言語による屈服。


 拳をぶつけ合った果てに立っていた方が正しいのだという、単純明快にして単細胞的な手法で白黒をつけることにしたのだった。

 


「でりゃぁぁぁぁ!!!」

 「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 バチバチバチバチバチィィィィ!!

  バチバチバチバチバチィィィィ!!


 「そんなところまで同じとか……もう気持ち悪いの通り越して笑えてくるけど、やっぱりなんだかんだで気持ち悪いっすね」


 「お互い、思ってたような異世界転生とは違って随分と汗臭いよね」


 閃光ほとばしる鍔迫り合いの中、二人は己が境遇を愚痴り合う。


 「ホントそれっす。出会う美少女全員が僕にベタボレる王道ハーレム要素なんて欠片もなく、僕を大好き過ぎて過剰に回復しまくるエルフのヒーラーや共に背中を預けて剣を構える女騎士がいるわけでもなく、見渡す限りに武装した屈強な男がいるばかりなんですけど」


 「か、かと言って別の場所にいる仲間の女性陣が特別に身を案じてくれているわけでもない……というか全然、まったく、これっぽちも僕に興味ないみたいだし」


 「ホンっトにそれ!同じくここに乗り込んできたはずの女神はさっさとどこかに行っちゃうし、そちらに囚われているエロチョロイお姫様を助けに行く役目は別の人だし、司令官のクール系お姉さんは相変わらずデレた顔なんて一つも見せてくれないし、ケモ耳幼女はまったく懐いてくれないし……」


 「命を救ってくれた上に何かと面倒をみてくれているミステリアス美人副首領との間に普通ならフラグ乱立していいところなのにその兆しもないし、下品なくらいムンムンした色気を振りまいている痴女お姉さんは首領のことしか見てないし、お人形みたいに愛らしい双子の女の子は甘々な恋よりも禍々とした殺戮を好む殺人狂いだし……」


 「散々っすね……」


 「散々だよ……」


 「これほどまでに転生し甲斐のない異世界転生があっただろうか、いや、ないっす……」


 「はぁ……て、転生っていうなら性転換ぐらいあっても良さそうなものなのにね。……性別どころか性格も外見も丸々そのまんまだよ……」


 「そうなんすよ、何故にわざわざ小太り眼鏡に生まれ変わらなくちゃならないんすか。むしろマイナス方向に異世界力が働いて……って、モリグチさん、そのまんまなんすか?」


 「え?そ、そうだね」


 「身長も体重も?」


 「う、うん。寸分違わず」


 「ちょ、ずるくないっすか、それ!?」


 「え?な、なんで??」


 「こっちがなんでっすよ!あれ、ホントなんで!?転生できるのは死んでしまって抜け出た魂だけだから、器である体の方はランダムで選択されるっていう法則を聞いたんすけどもっ!?」


 「そ、そんなこと言われてもなぁ。……たぶん、瀕死とは言えまだ生きていた僕と、完全に死んでいたヒイラギ君とで少しその辺りのルールが違ってるんじゃないのかな?わかんないけど」


 「不っ条理!!」


 「ええ!?」


 「もう何度思ったか言ったかもわからないっすけど改めて言わせてもらうっす。……マジで不条理!!なんすか!?なんなんすか!?なんでそんなにこの異世界、僕のこと嫌いなんすか!?」


 「い、いや……ぼ、僕に言われても……」


 「生前、僕なんか世界に対して唾でも吐いたんすかね!?知らずご機嫌でも損ねる悪逆でも重ねてたんすかね!?そのツケが回ってきてるんすかねぇ!?僕、クラスの中心人物でもなければ底辺でもない、生まれてこの方カースト中位か揺らいだことのない、どこにでもいる無害で無味無臭の高校生だったんすけどもっ!!理不尽すぎるでしょこの仕打ち!!!」


 「う、うん。で、でも君のキャラ、十分濃いと思うんだけど……」


 「だまらっしゃい!!」


 「理不尽っ!!」


 バチバチバチバチバチィィィィ!!

  バチバチバチバチバチィィィィ!!


 「うりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 「くぅぅぅぅ!!!」


 キョウスケの気合いの乗った一合。


 というかこの世の不条理と理不尽に対する怒りと嘆きのこもった八つ当たり。


 どこかの戦闘民族のように憤慨と共に瞬間的に跳ね上がった戦闘力を用いて振るわれた青白い光剣によるぶん回しと薙ぎ払いが、トオルの体をグラリと傾がせる。


 「そこぉぉぉぉぉぉ!!!」


 その隙を見逃さずに放たれるキョウスケの蹴り。


 型も流れもあったものではない、ただただ充実した身体能力まかせの一撃。


 「くぅっ!!」


 躱すことも流すことも出来ない速度とタイミングで顔面へと迫りくる蹴りではあったが、それでもトオルは、こちらも≪現人あらびと≫の転生特典とも言える超人級の反射と筋力でもってどうにか両腕でガード、直撃を逃れる。


 「くぅぅぅ!!この短い脚が憎いっ!!」


 「だ、だからって僕に当たられても困るっ!!」


 「わかって欲しいこの切ない気持ち!!」


 「わ、わかんないってば!!」


 「ここに来てようやく、僕らの間の違う点が浮き彫りになってきたっすね。……やはりあなたは敵!恵まれた転生者はギルティ!!」


 「べ、別に恵まれては……」


 「持つ者は持たざる者の嘆きを知れいぃ!!!」


 「ホント濃いなぁ、君っ!?」


 自身の矮躯や不遇さを呪いながらもキョウスケは、ようやく崩れ始めた均衡にここが攻め時だと冷静に分析。


 嘆きつつもその小さくて小回りの利く体のすべてを使って、ちょろちょろと長身痩躯であるトオルの懐に入り込む。


 「うおぉぉぉぉ!!!」


 フっと光剣が収束して霧散。

  代わりに両拳両足の四か所が青白い光をたたえる。


 いわゆるステゴロのため、光剣の生成に回していた魔力を振り分けて、器用に体表面を覆ったのだ。


 「うらぁぁぁぁぁ!!!」


 まずはローキックとミドルキックの嵐。


 「んならぁぁぁ!!!」


 時折はさみ込むハイキック……は打点が低くて結局ミドル。


 「だらぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 腰をどっしりと据え、拳を握り込んだところからのストレート。


 「まだまだ行くっすよぉぉぉぉ!!!」


 ジャブの連射。

  フックの掃射。

   腕を限界まで引き絞ってのコークスクリュー。


 「てりゃぁぁぁぁぁ!!」

 

 「ぐぅっ!!!」


 間断のないラッシュを躱したり受けたりとさばくことで手一杯になっているトオル。


 一際強烈な一撃を受けてガードごと後ろに下がったところを、キョウスケはすかさず追撃。


 「うらららぁぁぁ!!!」


 打点の低さを補う飛び蹴り。

  ガードが上にあがったのを見て足払い。

   よろめいて隙のできた延髄に向けてかかと落とし。


 「くぅぅ……こ、このぉぉ!!」


 流れるような三連コンボにトオルはキレイに受けることを放棄。


 力任せに体をひねり、クリティカルなダメージを辛くも避ける。


 しかし、肩口に受けた一撃は強く、そして重い。


 地面に叩きつけられそうになるほどの衝撃を腕の力でどうにか支えるトオル。


 そのままハンドスプリングの要領で一旦距離を取ろうと離脱するのだが……。


 「逃がさないっす!!」


 キョウスケは飛び退るトオルへと向かって指先を伸ばし。


 「≪ライトニング≫!!」


 バリィバリィバリィバリィバリィィィ!!

 

 これぞファンタジー世界の真骨頂とばかりに、自身の属性『雷』の魔術を放つ。


 「っつ!!」


 本来は火力の低い初級魔術、詠唱の要らない≪早撃ちクイックドロー≫。


 しかし、潤沢な魔力量と、何より魔術の発動に不可欠であるイメージ構築能力にとびぬけた才を持っているキョウスケの放つ≪ライトニング≫の威力は、そこらのプロ魔術師など及びもつかないほどに強力。


 「し、≪シルフィード≫!!」

 

 ビュロォォォォォンンン!!


 その猛烈な電撃に対抗してトオルが放つのは『風』属性の初級魔術≪シルフィード≫。


 広げた手の平から突風を吹き出す魔術ではあるが、やはりこちらもキョウスケと同様に威力が増大しており、渦をまいて巻き起こるのは小規模かつ濃密な破壊の竜巻だ。

 

 ドゴォォォォォォンンンン!!


 属性にしても立ち位置にしても、『風神雷神図』の構図をなぞるかのように放たれた魔術同士が正面からぶつかり合い、大音量と凄まじい衝撃を残して掻き消える。


 「…………」

  「…………」


 盛大に舞い上がって視界を隠す土埃によって、束の間のインターバルが入る。


 光剣の出力も剣術の腕も同じであるならば、体術の技量も魔術の威力も同じ。


 そんな実力が拮抗し合う二人の立ち合いではあったが、結果としては引き分けというわけではなかった。


 「初戦はとりあえず、僕の勝ちっすかね?」


 「……み、みたいだね……」


 視界が拓けた先にキョウスケが見据えるのは、片腕を支えて立ちすくむトオルの姿。


 「……相殺するにはちょっと遅かったかな……ははは……」


 その力のない笑い、その漂う焦げ臭さ、その体のあちこちから未だ抜け切らない電撃がビリビリと弾けている様は、確かに≪ライトニング≫のダメージが彼に通っていることを示している。


 「……す、すごいね、君は。随分と戦い慣れしてるみたいだ」


 「慣れてるってわけじゃないっす。ただ師匠やコーチがホント容赦なくて……めちゃめちゃ鍛えられたんすよ」


 「ぼ、僕も結構やってきてきたつもりだったんだけどね」


 「はい。だからこれは気迫の差、ってやつだけっすよ」


 そう、同格の二人の勝敗の明暗を分けたのは単純にキョウスケの方が僅かに気持ちで勝ったということだけ。


 葛藤のふり幅の差。

  譲れないものの差。


 厳しくも真剣に鍛錬に付き合ってくれた仲間への想いの差。


 不甲斐ない自分を奮い立ててくれた背中の大きさの差が、キョウスケにほんの少しだけプラスアルファに上乗せされたに過ぎなかったのだ。


 「……もう一回だけ聞きます……」


 ブゥンと改めて光剣を握るキョウスケ。


 その青白い刃の切っ先を、トオルに向かって突き付ける。


 「退いてくれないっすか、モリグチさん?」


 「無理だよ」


 どもることもなくキッパリと即答するトオル。


 これだけの痛手を与えてもまだ変えることのできない同郷の者の答えに、キョウスケは悲しそうに顔を歪める。


 「あなたが属する組織……。正義っていう耳障りのいい言葉、革命っていう舌触りのいい単語を振りかざして殺人や拉致監禁、略奪行為まで許容してしまうそんな歪んだ思想のテロ集団に加担すること。……あなたならそれが間違いだってことも理解しているハズっすよね?」


 「……そうだね。確かにあの人たちの考え方は僕からしてみたら極端にすぎるしイビツだとも思ってる……」


 トオルは突き付けられた光剣から目をそらさないまま続ける。


 「帝国一強の支配体制、上の立場にいる者ばかり得をして下の者は金銭にしても人権にしても搾取される一方という政治腐敗。……そんなものに異議を唱えて立ち上がる志は立派だと思う。僕らの世界にだって学校で習う授業にそんな話は幾つも出てきたろ?そうやって反逆やクーデターによって歴史は大きく動き、結果として文明や文化を発展させたんだっていう風に教えられてさ」


 「……そうっすね。そしてそれは現代でもまだちょくちょく聞く話っす。一部では未だに独裁者だとか圧政者だなんてのがトップに君臨して、そんな国ほど発展途上国っていう扱いを受けてるっすからね」


 「実際、このラクロナ大陸はドン詰まりになってる気がする。見てごらんよ、この『光玉宮こうぎょくきゅう』を囲うあの高い壁を。これだけの騒ぎになっているっていうのに一人も民間人の姿が見えずに軍人しかいない様子を。すべてがラクロナ帝国の……その中でもこの敷地の内側だけで完結してしまっているんだ。こんなに風通しが悪いんだもの、そりゃ政治も人も痛んで腐っていくさ。そしてそんなのが中心に居座って世界を回しているんだから、どうしたってその腐敗は周りをも巻き込んでいく。やがて腐ったものは朽ちていく。……『革命の七人』は、デレク・カッサンドラ首領は、そんな腐敗の伝播を大元から断ち切ろうと立ち上がった、まぎれもなく『正義』の人だよ」


 「……だけど」


 「そう、だけど……やっぱり異常なんだとも思う」


 トオルは少しだけ回顧するように目を細めながら言う。


 「正直、組織全体を取り巻くあの『革命』っていう熱に浮かされた雰囲気は異常だよ。内部にいる僕だからこそ君よりもその歪み具合はよくわかる。……幹部を含めた構成員の大半は、ラクロナ帝国の圧政によって虐げられてきた弱者たち。その弱い人たちが打倒帝国、革命を旗印に寄り集まったわけなんだけれど、それにしたってあの妄信ぶりに妄執ぶり……自分たちこそが正しくて、それを阻むものはなんであれ『悪』だという思想の盲目ぶりは度が過ぎているよ、ホント」


 「たとえば、一人の汚職官僚のために屋敷にいた家族や来客、使用人に至るまでを全員、皆殺しにしたってやつとかっすか?」


 「もっと正確に言えば、離れたところに暮らしていたその官僚の遠縁の親族、汚職を知りつつも黙認していた他の官僚、屋敷に出入りしていた業者までだよ、それ」


 「……そこまで徹底して」


 「僕も人づてに聞いただけだから詳細はわからないけれど。……その話をね、聞かせてくれたメンバーの人の顔がさ、ホント、誇らしそうだったんだよ。『悪』をこの世から消してやった。『悪』に汚染された血脈を一つ滅ぼしてやったって自慢げに、全然、悪びれもせずに言うんだよ。……官僚の屋敷にはようやく歩くことができたくらいの小さな女の子がいたらしいし、出入りしていたっていう宝石商の業者で最初に殺されたのは、その日、納品のためにたまたま居合わせた田舎の家族や兄弟たちを養うために奉公していた僕らよりも年下の真面目な勤労少年だったそうだよ」


 「っつ!!そ、そんなの!!」


 「うん、そんなの間違ってる。僕ら≪現人あらびと≫との価値観の違いなんかじゃなく、それはどこの世界でだってただの殺人以外の何ものでもない。一体、そんなもののどこに正義がある?革命?大義?君の言う通りだよ。そんな耳障りのいい言葉を笠に着て、そんな舌触りのいい単語を免罪符にした、許しちゃいけない非道な行為……それこそ『悪』だよ」


 「……だったら……だったらどうして……」


 キョウスケは思い切り唇を噛む。


 「どうしてあなたはそこにいるんすか?『革命の七人』の歪んだ在り方を……その悪性をきちんと理解しながら、どうしてあなたはそんな『悪』の片棒を担いでいるんっすか、モリグチさん?」


 構える光剣の柄がギリギリと強く握り込まれる。


 「今からだって遅くないっす。僕と一緒に討伐軍に加わりましょう?命を救われた恩義、それに報いたいという気持ちはわかります。立場的に帝国の味方している僕らの方が一から十まで正しいだなんてとても言えません。どこかで歯車のかみ合わせ方が違っていたなら、もしかしたら帝国打倒に向けて立ち上がっていたのはこちら側かもしれないとも、外側の立ち位置にいる僕だからこそ見えもしますし言えもします。……だけど、モリグチさん?だからと言ってそれが『革命の七人』の正しさの証明にはならないっすよ?無関係な人間までムリヤリにこじつけて関係者に入れて殺してしまうそんな狭い価値観を誇らしげに掲げる集団、恩義の一言だけで加担するにはあまりにも狂い過ぎてるっす」


 「……結局、平行線だね」


 「モリグチさん!!」


 キョウスケの訴えにも心動かされた様子もなく、トオルはまた小さな笑いを浮かべる。


 「いや、ちょっと違うかな。……似た者同士の譲れない主張。それがここまで重ならないのは、平行に伸びているようで、その実、全然違う方向に延びていたからなのかもね……」


 「……モリグチさん?何を言って……」


 そしてトオルはゆらりと立ち上がる。


 顔に張り付いた力のない笑い。


 そんな笑みを浮かばせてしまう彼の心境がキョウスケにはイマイチ読めない。


 自嘲的と言えば自嘲的。

  諦観的と言えば諦観的。


 同郷、同族、同等のはずのこの青年が、一体、自身の何を嘲笑い、何を諦めているのかがわからなかった。


 「ヒイラギ君?僕からも一つ質問させてもらってもいいかな?」


 「……なんすか?」


 「君はさ、戻りたいかい?」


 「戻る?」


 「うん。元の生活に、平和なあの街の平穏な日常に……≪現世界あらよ≫っていう世界に」


 「……それは……」


 「その様子じゃ半々ってとこかな?うん、そうだね。こっちの生活は悪くない。ただ≪現人あらびと≫っていうだけで異世界チート持ちのような力を持てて、ゲームや漫画みたいなマホウだとかも手から飛び出すし、カッコイイ武器とかもリアルに振り回せてモンスターとも戦える。……だけど、君には未練がある。家族とか友達とか恋人とか学校とか……元の世界に残してきたものを、ちゃんと残してきたと思えるものが少なからずあるんだろ?」


 「……そう……っすね」


 これまで考えないようにしていた。


 時々、喧嘩することはあっても仲の良かった両親や弟。


 思春期に入ってから疎遠になっていた幼馴染の女の子。


 ただ友達と駄弁っているだけで楽しかった教室の西日。


 どれだけ換気しても抜けない文芸部の部室の埃っぽさ。


 漠然と思い描いていた進路。


 将来、築いていったであろう小さくても幸せな家庭。


 無性に食べたくなるジャンクフードの味。


 好きだった作家の最新刊。


 ふとキョウスケの頭に蘇る幾つかの風景、幾つもの人の顔、そしてたくさんの感情。


 刺激もなく、退屈な毎日ではあった。


 辛いことも悲しいことも面倒なことももちろんあった。


 ただ、楽しいことも同じくらいにあった。


 トータルでみれば概ね幸福よりな人生だったのだろうと思う。


 懐かしいと思えた。


 それが寂しいと思えた。


 確かに残してきた……残してきてしまったのだと思えた。


 ようするにそれは嘘偽りも紛れもなく、未練そのものだ。


 聞けば≪現世界あらよ≫において、柊木京介という存在は、みなの記憶からもあらゆる記録からも、初めからなかったことにされてしまうらしい。


 柊木家には弟一人しか子供はいなかったことになるし、ギリギリの人数しかいなかった文芸部は人員不足で同好会に格下げになるのだろう。


 三十人いたクラスは二十九人のまま今日も勉強したり昼食を食べたり、何事もなく回っていくのだろう。


 ハンバーガー店は一人前、行きつけの書店は新刊小説一冊分だけ売り上げを落とすのだろう。


 「……まぁ、本当ならトラックにトドメを差されたところで終わってしまったはずの僕の人生、こうやって生きてるだけで儲けものなんでしょうけれど……やっぱり寂しいっすよね」


 「……そっか……」


 そう呟きながらトオルもまた光剣を発現させる。


 「……モリグチさん」


 その薄緑色に瞬く刀身の震えが、どこか悲し気なものに見えてしまうのは、決して穿ちすぎではないとキョウスケは思う。


 なにせ剣を構えるトオルの顔が、ここにきて一層、その切なそうな笑みを深くしたのだから。


 「やっぱり、僕と君は似てなんかないよ、ヒイラギ君……」

 

 ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!


 太く、長く伸びていくトオルの光剣。


 「僕には未練なんて何もない。……元の世界に残してきたと思えるものも、寂しいと思えるものもなにもない……」


 「……何を……」


 ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!


 伸びる、伸びる、薄緑の光。


 「……この世界にしか……どれだけ間違っていても異常でもおかしくても……『革命の七人ここ』にしか居場所がないんだよ、ヒイラギ君……」


 「っつ!!モリグチさん!!それは!!!」

 

 ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!!

  ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!!

   ブブブブブブブゥゥゥゥゥゥンンンンン!!!!!!


 どこまでも伸びる、伸びる、伸びていく刀身。


 その超大さは、まさしくキョウスケが第三門を叩き切った時と同等の大出力。


 「だ、ダメだ!!そんなものをこっちに振ったら、他の人達も一緒に……」


 「……うん。わかってる。わかってるんだよ、ヒイラギ君……」


 そうして変わらずに細く笑い続けるトオル。


 決して残忍なものではない。

  決して愉悦に浸ったものでもない。


 ただ悲し気に。

  ただただ空虚に。


 「僕にはね……もう、これしかないんだよ……」


 振りかぶられる光剣。


 ……それは、一筋の光の柱。

  ……それは、一閃の神の雷。


 ……それは……。


 「っっっっっっっっ!!!!!!」


 何かを諦めてしまった一人の若者の、声にならない悲痛な叫び。

 

 「っつ!!!!!」


 ブオォォォォォォォォォォォンンンンン!!!!!!


 バチバチバチバチバチィィィィ!!

  バチバチバチバチバチィィィィ!!

   バチバチバチバチバチィィィィ!!


 横なぎに振るわれたトオルの一閃を、キョウスケが同じく光剣でもって受け止める。


 「くぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」


 出遅れた分だけ押される。

  迷いがある分だけ押し込まれる。


 「……そう、僕らは違うんだよ、ヒイラギ君」


 静かに繰り返すトオル。


 「そうやって周りの人たちまで守ろうと必死になれる君と、人死にが出ることもいとわず、躊躇いなく巻き込めてしまう僕とじゃ、全然違う……」


 「く、くそぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 トオルの言葉に耳を貸している余裕もなく、キョウスケは門を壊した時よりもまだ全身全霊をかけて光剣に魔力を回す。


 得意のイメージ力も何もあったものではない。


 愚直に、ただ魔力だけを両手に注ぎ込む。


 ……それが実の伴わない非効率な悪手であることを理解していながらも。


 「……カッコイイよ、ヒイラギ君。君のその姿の方がよっぽど『正義』だ」


 「ううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 「そして、どこまでもカッコ悪い……どこの世界にいたって何もできない僕なんて……『悪』の組織の戦闘員Aに相応しいと思わないかな?」


 「う、うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 バチバチバチバチバチィィィィ!!

  バチバチバチバチバチィィィィ!!

   バチバチバチバチバチィィィィ!!


 せめぎ合う光の刃。

  弾け飛ぶ青と緑の閃光。


 魔力という純粋な力同士のぶつかり合いは、それだけで強力な衝撃波を生み出す。


 その衝撃そのものに吹き飛ばされる者。

  めくれ上がった石畳の直撃を受ける者。

   飛び散った閃光に触れて焼ける者。


 討伐・帝国軍を問わず、周囲にいた兵士たちに甚大な被害を与えながら、なおも二本の光剣は出力を増していく。


 「くっ!!……」


 逃げ惑う兵士たちの悲鳴や慟哭。


 「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ブオォォォォォォォォォォォンンンンン!!!!!!


 耳を塞ぎたくなるようなそんな人々の声を聞いたキョウスケは、とうに臨界点を迎えていた魔力炉に更なる魔素という薪をくべ、魔力を精製し続ける。


 屈しない……屈してはいけない。


 もしも自分が諦めたら、事態はもっとひどくなる。


 一体、何人の人が死ぬだろう。


 一体、どれだけの人が薄緑の刃に切り裂かれ、焼かれ、押しつぶされるだろう。


 そして、何より。


 今も小さくて薄くて、悲しい笑みをたたえた同じ異世界人の青年が……。


 諦め、居直り、開き直ってしまったあの気弱そうな青年が、本当に後戻りできないところまで堕ちてしまうだろう。


 ……まだ大丈夫。

  ……まだやり直せる。


 最後の際までは行っていない。


 だってそうだろう。


 ……彼が本当に『悪』に染まってしまったというのならば。


 「…………」


 「なんで、そんなに辛そうな顔をしてるんすかっ!」


 キョウスケはカッとつぶらな瞳を見開く。



 『紡ぐ言葉はうたになり、連ねるうた讃歌うたとなる』


 「ヒイラギ……君?」


 『響き渡るは空の雷鳴こえ。天の痛みの嘆きの祈り』


 「この土壇場で……詠唱魔術を?」


 そう、キョウスケが唱えるのは『雷』属性の詠唱魔術。


 魔術の祖、リリラ=リリス=リリラルル直伝の轟きのうた


 本来なら両手を天高くかざして唱える魔術ではあるが、彼はその手を大剣で塞ぎながら、それでも空に届けと言葉を繋ぐ。


 『黒雲を払え、暗雲を薙げ。走りしれよほとばしり、駆けよ掛けろよ掻きむしり』


 ゴロゴロゴロ……

  ピギャァァァンンン!!

   ゴゴゴゴゴゴゴ……


 キョウスケのうたが天へと運ばれる。

  キョウスケの想いに天が応える。


 晴れわたる夏の朝空。


 雲のない澄んだ青色の中に幾筋も走りはじめる青白き稲妻。


 「……ヒイラギ君。君は本当に心優しいヒーローだ。……その雷の『じゅもん』、ゲームでは伝説の装備と並んで勇者の証だもんね」


 変わらず光剣を振るいながら、トオルは少しだけ目を柔らかくしてキョウスケを見つめる。


ピギャァァァンンン!!

 ピギャァァァンンン!!

  ピギャァァァンンン!!



『閃き滅せ!≪ボルティック・アーク≫!!!』



ピギャギャァァァンンン!!

  バジィバジィバジィバジィバジィバジィ!!!



 「ぐっ!!!!!!」


 無数の稲妻がトオルと彼の握る薄緑の光剣の上へと降り注ぐ。


 同じ詠唱魔術≪ボルティック・レイ≫と対を成す≪ボルティック・アーク≫。


 ≪ライトニング≫がレーザー銃。

 ≪ボルティック・レイ≫が直線のビーム砲。


 その例えをなぞるなら≪ボルティック・アーク≫は拡散型。


 広範囲かつ大規模に敵を殲滅、焼き焦がすために降り注ぐ雷の雨というところだ。


 並みの術者であっても相当なダメージを与えることのできる、攻撃魔術の中でも難易度ランク的には中位に分類される。


 それが潤沢な魔力、豊富なイメージ構築力を持ったキョウスケが唱えたのだから、効果範囲も威力も何もかもが高位魔術級。


 帝国の定める魔術師の階級に照らし合わせれば≪S級≫に匹敵するであろう大出力の魔術の直撃を受けたトオルは……。


 「……ぐっ……」


 ≪ライトニング≫を食らった時以上に体中を焦がし、地面に両手をついて突っ伏する。


 ……そう、両手。


 握っていたはずの光剣の魔力をすべて魔術障壁の展開に回し、最悪の事態を逃れたのだ。


 「……全部の魔力を防御に費やしてこれか……きついなぁ……」


 まさにキョウスケの狙い通り。


 周囲を巻き込みながら振るわれた光剣の収束。


 続いてトオル本体への戦闘不能に近い甚大なるダメージ。


 そのどちらをも成立させるにはこれしかないと、無理を押し通した結果。


 「に、二回戦も君の勝ちだよ、ヒイラギ君」


  勝負は、キョウスケに軍配が上がる。


 「もしも三本勝負だったら、僕は完全・完封負けだったんだろうね。見事だよ、ホント、君は正真正銘の勇者だ。……だけど……まぁ……」


 そんな含みを持たせたトオルが顔だけを上げて見たもの。


 それは多くの兵士たちの命を一身に背負い。


 未曾有の被害から彼らを救った正真正銘の勇者が……。


 「…………」


 バタン、と大仰な音を立てて倒れ伏す光景だった。


 「これはスポーツじゃなくて戦争、つまりは殺し合い。どれだけ試合に負けたって、最後に生きている方の勝ち。……そこを考えられなかった君は、敗者だよ、ヒイラギ君……」


 そう言ったトオルは相も変らぬ、誇りも驕りもない、ただただ悲しいばかりの微笑みを浮かべる。


 「…………」


 文字通りの死力を振り絞って勝利したはずのヒイラギ・キョウスケ。


 その小柄で小太りな勇者は結局、モリグチ・トオルという同郷の青年をそんな諦めの淵からすくい上げることはできなかった。



            ☆★☆★☆


 そして同刻……。


 同じ戦場の少し離れた場所ではまだ、一つの戦いが続いていた。


 「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 「…………」


 しかし、それはひとえに片方の男が……。


 「まだ……まだまだ……吾輩はやれるぞ、アーガイル殿……」


 「……そうか」


 全身のあらゆる部分に刀傷を負い、


 とめどなくその傷口から血を垂れ流し、


 己が武器である大斧を杖にしなければ立っていられない状態にいてもなお。



 

 諦め悪く前を見据え続けているというだけのことだった。

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