帝都組 ~ カラ騒ぎ ~

 プオォォォォォォンンンン!!

  プオォォォォォォンンンン!!


 日も暮れかけた逢魔が時。


 まさしく魔に連なる何か邪悪なモノの訪れを予感させる不吉な汽笛の音が二度、帝都ラクロナの最奥にして最深部、中央区画に響き渡った。


 大陸随一の発展を遂げた帝都ラクロナにおいても一際異彩を放つ、金属と特殊な石材のみでできた建物が林立するこの区画。


 民間人の立ち入りが固く禁じられた軍関係の施設しか存在せず、普段から街の喧騒とは程遠い、静謐にして厳粛、そしてどこか重々しくて仰々しい静けさが漂っている。


 従って、不意に鳴ったその汽笛と思しき音に中央区画にいた帝国軍人のほとんどが気が付き、一斉に音の発生源へと顔を向けた。


 ある者は北に。

  ある者は右に。

   ある者は遥か中空に。

    ある者は何故か地面に。

 

 こうまでして彼らの向く方角がバラバラになったのにはわけがある。


 この中央区と他の区域を明確に隔てるのは、建物の建材や空気の違いなどではなく、ひとえに壁。


 歴代の皇帝が改築と増築と新築を重ね続けた結果として、横にも縦にも節操なく伸びた三つの壁だ。


 外側からそれを見て感じるのは国境付近の関所のような圧迫感と境界性。


 あるいは箱庭のような閉塞感と完結性。


 外部からの侵入を拒むためというよりは内部からの情報流入を防ぐため、総督府の置かれた『宝玉宮ほうぎょくきゅう』を円状に囲うよう設けられたその壁が、二発の汽笛の音を互いに反響させ、まるで全方位から吹き鳴らされているように聞こえてしまったのだ。



 「……なんだ??」


 バギャゴヴァァァアァァンンン!!

   ガラガラガラガラガラガラガラ!!


 「うおぁぁ!!」


 そしてとんでもない爆砕音。


 先ほどの高らかであってもどこか間の抜けた風のある音を遥かに上回るボリュームで弾けた轟音ではあったが、今度は乱反射的な木霊を響かせることはなく、皆は一様に同じ方向を向いた。


 なにせ、音を跳ね返すハズの壁自体が破壊されてしまった爆音だ。


 阻む物がなく、ストレートに空気を震わせて轟くのだから迷うわけもない。


 それに、音だのなんだという以前に、三門あるうちの一門の壁が突如崩壊したというその衝撃の光景は自然と皆の視線を吸い寄せ、唖然という具合に口をポッカリ開かせた。


 「ちょ、え?な、なんだなんだ????」


 その男は、兵士としても人間としても決して優秀な男ではなかった。


 『甚だ若輩の身なれど、誉れあるラクロナ帝国軍の末席を汚しております』。


 たとえば初対面、さらに目上の者に自身のことを改まって紹介する時。


 男は誉れある帝国軍人として恥ずかしくない振る舞いをするため、入隊と同時に兵士へ配布される身分証明手帳に記された『帝国軍人心得』にすべからく則った挨拶をする。


 臣民の手本となるべく、いつでも優雅かつ謙虚たれという教則だ。


 しかし実のところ、彼にとってその挨拶は奥ゆかしき謙遜でもなんでもない。


 事実、甚だ若輩の身であり、まさしく約5万人という規模を誇る帝国軍の中で末端の末端の最先端という末席に名を連ね、恥ずかしい振る舞いと優雅さに欠ける言動で、日頃から帝国軍人の名を汚しに汚している男だった。


 一般民の所得よりも多めであり、何より絶対安定という給金しかり。


 制服を着ていけば酒場や娼館で軍人というだけで優遇される肩書しかり。


 街のチンピラを殴る蹴るしてウサを晴らしてもお咎めがないようにできる繋がりしかり。


 男の持つ極々ささやかで、かつ半端に高い虚栄心を満たすには、それらは十分に過ぎた。


 軍属とはいっても主に内勤と門周辺の警備任務のみ。


 しかも主要八部隊直属ならまだしも、そのうちの一部隊が傘下に置く下部組織が彼の正式な所属。


 彼一人に与えられる程度の仕事など誰れにでも替えが効く簡単なものばかりで、血生臭い危険な任務もなければ、汗臭い訓練だって最低限していればそれでいい。


 黙って立っているだけで一足も二足も飛ばして昇進できるほど強いものではなくとも、親類のコネによって苦も無く帝国軍に入隊した男は、もはやそれだけで人生のピーク。


 元来からの怠け者であり、愛国心など欠片ほども持ち合わせてはいないが、ただただ要領のよさだけで生きてきた彼は、これこそ天職なんだとよくうそぶいた。


 しかし、そんな天から賜ったはずの職に、このところ影が差していた。


 その日の業務を終え、さて街に繰り出そうかというところで上司から隊員すべてに招集がかかり、これからしばらく門の警備態勢を強化するから残業が増えるとのお達しを受けた。


 特に理由を告げられなかったことにもちろん不満を抱いた彼は、会議後に上司に何故なのだと尋ねたが、上司もまたその上司から特に理由を告げられていないからわからないと言われてしまえば仕方がない。


 なんで俺が、こんないっぱしの兵士みたいな面倒なことをしなくちゃならない。


 そもそも人を配置して警備なんてしなくても、わざわざこの中央区画……皇帝閣下のお膝元たる『光玉宮こうぎょくきゅう』に侵入しようとする命知らずなんているわけがない。


 しぶしぶという感じにとりあえず適当に見回りをしていても、やはり納得がいかない。


 そしてやはり、男と同様に疑念や憤懣を持つ者は多いらしく、そのうち犯人捜しという趣の、色々な噂と憶測が彼の耳にも聞こえてきた。


 『革命の七人』?なんだそりゃ?


 七人でこの帝国に逆らって革命でも起こすのか?


 なんだ?無理に決まってるだろ。アホじゃないのか?


 それじゃ何か?


 俺はそんなアホ共のせいで酒も飲めず女も抱けずにこんなつまらないところをグルグル歩き回ってるのか?


 勘弁しろよ。ふざけるな。下らない。


 その七人だかなんだか、俺の前に現れてみろ。


 男ならボコボコにして殺すし、女ならとことんまで犯し尽くした後に殺してやる……。


 帝国に仇なす反逆者にという殊勝さからではなく、自分のそれなりに充実している苦のない楽な人生を脅かす不届き者に対する個人的な怒りから、彼はその日もまた。


 プラプラ、グルグルと第二門の周りを不貞腐れながら歩き回っていた。


 ……そして現在。


 「え?ええ?な、なんだ……なんだって……」



ドゴバラァァァァァァンンン!!!



「うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 


 ガラガラガラガラガラガラガラ!!!



 第二門、崩壊。


 これまでの人生で、降りかかる面倒ごとをサラリと躱し続けてきた彼の要領でも、さすがに圧倒的な質量を持って降り注ぐ石材までは躱せなかったらしい。


 「う……が……あ……」


 ただ即死を免れたところは、さすがの悪運と言ってもいいだろう。


 うまくすれば命も助かり、あちらこちらに多大な後遺症が残ったまま、受け取った退役金を細々と食い潰しながら余生を過ごすことだってできるかもしれない。


 「は……はんぎゃくしゃ……め……」



 ガラガラガラガラガラガラガラ!!!



 男は不満と憤懣に加えて、何が起こったのかまるでわからないという疑問符、そしてようやく芽生えた逆賊に対する誉れある帝国軍人としての真っ当な憎しみを新たに抱いたまま、崩れ落ちてきた瓦礫へと埋もれていく。


 そう、その恨めしい気持ちを向けた相手が『革命の七人』などという帝国の怨敵ではなく。


 むしろ密やかに囚われている皇帝閣下を救うべく馳せ参じた、男の立場から見て正義の味方に属するはずの集団であることも知らないままに。



             ☆★☆★☆



 その戦場は、見る者によって、随分と印象が異なるものに映るだろう。


 「柊木圓明流序の段の裏……隠し剣・鬼時雨デモンズ・レイン!!!!!」



 ドゴバガガァァァァンンン!!


 

 ある者にとっては、突如襲来した悪鬼羅刹による蹂躙として。



 「ギャレェェェッツ……メテオ・インパクトォォォォ!!!」



 バギャラァァァンンン!!!

  ドゴゴゴゴォォォォォンンン!!



 ある者にとっては、唐突に飛来した隕石群による殲滅として。



 「りりかる・りりらる・り~るりる♪滅殺・滅却・るるらるる♪……ストロベリー・モカ・フラペチーーーーノォ!!(きゃるん☆)」


 パギャァァァァァンンン!!

  ドギャラァァァァァァァンン!!

   ババババァァァァァァンンンン!!


 ある者にとっては、甘酸っぱくてほろ苦い感じの光彩と、とんでもない量の火薬による過剰なまでの爆破演出が効いた、実写版魔法幼女の特撮現場として……。


 見る者、聞く者、巻き込まれる者。


 攻める者、守る者、そのどちらでもない者。


 唖然とする者、愕然とする者、呆然とする者、釈然としない者……。


 立場や主観や感性はそれぞれなれど、一つだけ彼らが認識を共有できるものがあるとすれば。


 今、目の前で展開しているのは、常人の手には余る単なる災害なのだというある種の諦めである。




 『……言い訳を聞きましょう?』


 帝都・ラクロナの中央区画。


 一つの街がすっぽりと入るほど広大な敷地面積をほこる土地に夕方から日暮れまで吹き荒れた暴虐の嵐。


 その嵐の元凶と思われる三人の被告人へと、ラ・ウール軍司令官にして裁判長たるアンナベル=ベルベットは一応の礼儀として弁解を求める。


 「え~とっすねぇ……あの、えっと、えっと……」


 どもるのは被告人A。


 「いやはや、すまんすまん!!」


 素直なのか反省しているのかまったくわからないのは被告人B。


 「すべては……太陽のせいなんじゃ……」


 罪の自覚を持ちつつも、それは自身と世界との倫理観の不一致であると述べるのは繊細なフランス人青年……ではなく被告人C。たぶん、主犯格。


 「≪私がより孤独でないことを感じる為、処刑の日には大勢の罵詈雑言で迎えられたい≫」


 「あ、『異邦人』っすね?……何故にリリーたんがフランスの古典を知っているのかは謎っすけど」


 『で?』


 「夏の……夏のバカヤロー!!」


 「そして何故に化粧水のCМを知っているのかと謎が深まるばかりっす……」


 『……で?』


 「ブレーキが……効かなかったんじゃ……」


 「いや、効くも何もそもそもブレーキがなか……」


 「整備不良……整備不良のバッキャロ―!!」


 『はい。相変わらず何一つ言っていることは理解できませんが、相変わらず貴女だけが悪いことはわかりましたのでもういいです』


 「なんじゃ、その冷たい言い方。我だって傷つく時は傷つくんじゃからね?」


 『……それで団長?状況はどうなっていますか?』


 「……無視はホントに傷つくよ?幼女、泣いちゃうよ?」


 「リリーたん……。すいません、リリーたんは僕の唯一神っすけど、少しだけ黙りましょう?ね?」


 「返す返す申し訳ない、ベルベット。またお前の仕事を増やしてしまったようだ」


 『……もはや止まりませんか?』


 「うむ、無理であろうな。幾らか落ち着きを見せ始めたが、それでも戦場は絶賛大混乱の只中だ。帝国軍は我々の先制攻撃に惑うばかりであるし、ようやく合流できた討伐軍の面々と諸王国から集まってくれた有志諸兄も事情は完全に呑み込めていない。とりあえず我々は『宝玉宮ほうぎょくきゅう』へと至る最大の障害である三門のうち第二門までを既に突破。現在、日も暮れたところで一時の小康状態というところだ」


 『……なるほど。大体把握できました。……それでは団長はこのまま合流した友軍それぞれの代表を集めて事情説明と事前に立案していた作戦のすり合わせや布陣の確認を行ってください。私の方で修正が必要な箇所を再検討しますので、後程連絡します。それと友軍の方にもこの≪テレ・パス≫の魔道具を貸し出してください。私からも一度、此度の失態の謝罪やら何やら諸々直接やり取りをしたいですから』


 「うむ、心得た」


 二人の連携はさすがに慣れたもので、ギャレッツは早速アンナの指示通りに動きはじめ、装甲列車の外へと出ていく。


 「あの、アンナさん。本当に、すいません……」


 そして、熊のような大きな背中が見えなくなると、キョウスケはヘッドセットの向こう側にいるアンナには見えずとも、頭を下げておずおずと話しかける。


 「僕が運転をうまくできなかったせいでこんなことに……」


 『いいえ。すべてはどこかの幼女のせいですから』


 「ロリの……ロリのバッキャロ―!!」


 『……で?』


 「その一文字での問い掛け、マジでプレッシャーがハンパないのぉ。マスターが前に言っとった通りじゃ」


 『……それで、貴女のことです。考えなしで突っ込んだというわけでもないのでしょう?」


 「ほぉ、そう思うかの?」


 『はい。帝都組に自分から組み入れたうえに装甲列車の操縦を任せたヒイラギさん。彼の真面目な性格からきっとこのような失敗をすると必要以上に責任を感じ、士気を著しく下げてしまうでしょう。わざわざそんなことをする意味が私にはわかりません』


 「アンナさん……」


 「ふむふむ……で?」


 『日頃からの行いを見る限り、貴女ならば意味もなくふざけることも十分以上に考えられるのですが……私は、今回の戦争に対する貴女の意気込みの本気度合いを信じています。その信用、共に戦う仲間としての信頼から、何かあるのだろうと推察したまでです』


 「にょっほっほ。信用に信頼か……。日頃からの合理的思考を見る限り、随分とらしくないではないか?のぉ、地味子よ?」


 『これでも割と感情を優先する普通の女なんですよ、私』


 「そういった普通の人間クサイ面をもっとマスターにも見せてやればいいのじゃ。あのどこかの天才ポンコツ残念姫のように」


 『ご心配なく。彼にはもう存分に私の素をさらけ出していますし、そんな私をイチジさんは好意的に受け止めてくれています』


 「言うではないか」


 『で?』


 「まず、会議でも話しておった通り、帝国軍5万人が敵に回ったというのは、ほぼほぼハッタリであることがわかった」


 軽口の応酬から一転、即座に戦術・戦略の話題へと話が切り替わる。


 二人の会話の回転の早さに自分ではついていけないと判断したキョウスケは、せめて邪魔にはならないようにと静かに聞き役に徹することした。


 『動きが鈍いですか?』


 「著しく、の。いくら開戦の予定時刻よりも早い奇襲だったはいえ、あまりにもお粗末。軽く暴れてみたが、やり返してもこないで我先にと逃げ回る者ばかりじゃった」


 『誉れある帝国軍人が聞いて呆れる体たらく……。その辺りの末端の者は初めから此度の戦争があることすらも伝えられていなかったのかもしれませんね』


 「数だけはえらく厚かったが迎撃態勢を備えておった様子もなかったし、精神を操られた殺戮マシンみたいなトチ狂った者もおらんかった。圧力をかけたかったのか、盾にでもしたかったのか……どちらにしても万単位の人数で捨て駒じゃな」


 『……これも、デレク・カッサンドラのねらいということはありますか?』


 「これも、というよりも『これこそ』じゃないかの?そもそもアヤツは生粋のアンチ帝国マンじゃろ?ラクロナ帝国という国。ラクロナ帝国軍という組織。そんなものに嫌気がさして野に下った者が打倒すべき帝国軍を仮初にでも数合わせにでも仲間に引き入れようとするのはやはりどこか矛盾しておるからな。これはおそらく……我らと戦わせることによって己の愚かさや怠慢ぶりを帝国軍人どもに自覚させようという魂胆じゃな。一度まみえてみて、確信が持てたわい」


 『まんまとデレク・カッサンドラに踊らされましたね。……では、第三門も抜けるのは容易いという予想ですか?』


 「いや、さすがに簡単ではないと思う。腐ってもラクロナ帝国という国の本丸じゃ。予想される兵士の数は5万からゴッソリと削られ、今は突然の襲撃に亀のように引っ込んではおるが、これから出てくるのは帝国軍の主力。兵の練度も装備の充実も先ほど蹴散らした有象無象とは比べ物にはならん。既に第二門までこじ開けられてプライドはズタズタ、憤慨とともに士気だって高水準を維持してくるじゃろう。……奴らにとってはもはや我々の方が討伐するべき逆賊。端から見ればラ・ウールVSラクロナという図式になってしまったのじゃ」


 『……一応、どうにかして帝国軍へ接触して事情の説明、話し合いでの解決など交渉してみようとは思いますが……無理ですね、たぶん』


 「聞く耳なんて持っていないじゃろう。どうせ皇帝陛下が捕らえられているはずだから探してみてくれと頼んでみても、おそらくそこには本当に幻術や精神支配なんかを駆使して何かしらの手を打っているハズじゃ。あたかも陛下は変わらず健在だと思い込ませたりの。……それに、ヘタに内部の者が探って悶着でも起きようものなら、それこそ人質になにがあるかわからん。せっかく、小娘の尽力でただの景品にまで成り下がったというのに」


 『帝国兵と同様に、陛下の身柄を抑えているというのもハッタリだったらよかったのですが……』 


 「書状と共に送られてきた映像か?怪しげな術の気配はなかったが、あれだって偽造しようと思えば幾らでも方法があるからのぉ。……まったく、一つ嘘を見つければ途端にすべてが疑わしくなる。とんだ正義の味方じゃな」


 『さしあたっては嘘ではないという方向で動きましょう。当初の作戦目標に変更はありません』


 「そうじゃな。……ま、その前にゲキオコプンプンな兵士共の間をかいくぐってそこまで辿り着かなければならんがな」


 『……もう少し穏やかな方法を取ればそこまで怒らせることはなかったのでは?』


 「責任はとってやるから安心せい。……それにこの奇襲にはもう一つの意味がある」


 『もう一つ?』


 「我にもその意味がわかるのはもう少し戦況が進んでからになるじゃろう。その時にキチンと全部説明してやるから一先ずは置いておいてくれると助かる」


 『……了解しました』


 「それはこの≪創世の魔女≫に対する信用と信頼ということでいいのかの?」


 『そうとって頂ければ』


 「では、いい加減、我という存在を認めてくれても良いのではないか?」


 『……貴女の力を認めているからこその信用と信頼だと思うのですが?』


 「そうではなく、我のことをいい加減、世界と時代を創りたもうた七人の英雄が一人、リリラ=リリス=リリラルルだと認めてはどうか?という意味じゃ」


 『…………』


 「わかっとるさ、お主がこんなちぃちゃくてキュートな幼女でも確かな戦力として、対等な存在として認めてくれているのは。……しかし、それが二千年も前に生きて死んだリリラ=リリス=リリラルル本人だとは思っていないんじゃろ?」


 『……ですね』


 「当人じゃもの、お主がまだ我のことを一度たりとも『リリラ=リリス』と名前で呼びかけたこともなければ、マスターや小娘が我を呼ぶ度に何か胸中に引っかかりを覚えていたことも」


 『……ホント、どこまでも食えない子供……』


 「その子供を対等と認めるだけの寛容さがあるのに、何故、我がリリラ=リリスであることは受け入れられないんじゃろうな?我が言うのもアレじゃが、どっちもどっちなファンタジーだと思うんじゃが」


 『……私にも色々と事情があるんですよ、幼女A』


 「そんな風に『革命の七人』の前では決して我の名を呼ばなかった小娘と、同じような事情かのぉ?」


 『……いいえ。あの場で咄嗟に機転を利かせ、貴女をこの戦いの切り札、伏せ札、隠し札と判断した姫様のような大層な理由があるわけではありません。……はぁぁぁぁ……本当に何者なんですか、貴女は?』


 「も~れつ魔法幼女にしてタチガミ・イチジの忠実なる眷属にして世界とラ・ウール王国の開祖。泣く子も惚れる絶世の美女にして悪名轟く伝説の大魔女、リリラ=リリス=リリラルル、二千ウンちゃいじゃ」


 『……その掴みどころのなさ……もう、なんだか下らない意地とかコダワリとかどうでも良くなってきますね……』


 「あ、それと最近マスターとはただの眷属関係だけでは縛れないような濃密なただれた関係を築き……」


 『では、次の交戦への準備を各々進めて下さい』


 「ホントに泣いちゃうよ?伝説の魔女、次の交戦の前に本泣きしちゃうよ?冷たくしないで」


 『皆のこと、よろしくお願いします。……えっと……リリラ……し、始祖様……(プツン)』


 「……うむり……」


 そして回線が途絶える。


 しかし、リリラ=リリスは腕を組んで難しい表情を浮かべたままだ。


 「リリーたん?」


 話の終盤は戦いとあまり関係がない話題だったような気がしたが、何か問題でもあったのだろうかと心配になり、キョウスケはリリラ=リリスに呼びかける。


 「不覚にも……ドキリとしてしまったわい」


 「へ?」


 「……ほれ、まるで普段はお堅い委員長な彼女が電話の最後に『ちゃんと、す、好きだから。大好きだから』と言って通話を切ったみたいな感じ?」


 ……全然、戦争とは関係がなかった。


 「ギャップ萌えというのはいつの時代もどこの世界にでも存在する……これこそまさに真理なんじゃな」


 「……その後きっと、彼にUFOキャッチャーで取ってもらったヌイグルミを抱きながらベッドの上をゴロゴロ転がって『言っちゃった!!言っちゃった!!』と悶えるまでが定石っすね」


 「さすが、わかっておるではないかモブ男よ。そしてその悶える様を家族の者に見られて更に顔を赤くさせるところまであればなお良しじゃ」


 「萌えるっす」


 「萌えるのぉ」


 「……あの、リリーたん」


 話の流れは悪かったが、キョウスケはどうしてもリリラ=リリスに言っておかなければならないことがあり、意を決する。


 「色々とありがとうございました」


 「ん?なにがじゃ?」


 「僕の運転が悪かったわけじゃないってかばってくれたんすよね?あとあの先制攻撃だって、僕がごちゃごちゃ考える前に一度実戦の空気を味合わせて緊張をほぐすのも目的だったんすよね?わかり辛いっすけど……ちゃんとリリーたんの優しさ、伝わってるっすから。僕もアンナさんと同じくらいリリーたんのこと信じてるっすから。仲間っすから」


 「え?いや、まったく。……え?なに?いきなり?普通にキモイんだけど……」


 「いい加減泣くっすよ!!ヒイラギ、男の本泣きしちゃうっすよ!!」


 ……全然、キョウスケとは関係がなかった。


 「いや、そう言われてものぉ……」


 「……しかし、リリーたんになら泣かされるのもアリだと考えてしまう我が業のなんと深きことよ!!!」


 「…………」


 「ああああ、悪くない!!その本気のドン引きする目、悪くないっす!!」


 「おお、始祖様。少しばかりご足労をお願いしてもよろしいか?友軍の代表たちが集まったので始祖様も交えて話をしたいのであるが」


 「うむり。わかったのじゃ」


 戻ってきたギャレッツの言葉を受けて、リリラ=リリスは座っていた長椅子からピョンと飛び降りる。


 その可憐な容姿、その軽い足取り。


 精密な機器類と無骨な内装ばかりが占める装甲列車の内部に、その愛らしい幼女の姿はいつまでも馴染むことはない。


 しかし、その実。


 敵も味方も悪も正義もなく、この戦争に携わるすべての人間の中で、おそらく彼女が一番、局面を冷静に眺めている。


 この後に三か所の戦場それぞれに待ち受けるであろう幾つかの展開。


 双方のおおまかな人的・金銭的な損害。


 勝利は勝利で数パターン。

  敗北は敗北で数パターン。


 あらゆる過程を想定し、あらゆる結果を予測する。


 魔法幼女にして眷属にして世界の創世者にして伝説の魔女。


 黒衣の彼女は、じわりじわりと俄かに熱を帯び始めたこのカラ騒ぎの、その向こう側を……。




 その漆黒の瞳でたった一人、見据えているのであった。




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