第五章・その男、漢につき~ARURU‘S view②~

 「きゃっ♪きゃっ♪」

 

 初夏の鮮やかな花々と朝露に濡れた新緑に、無邪気な少女のはしゃぎ声が色を添えます。

 

 人口的で、その威光をそのまま象ったかのようなどこまでも重厚な石造りの建物の最奥にひっそりと拓かれた自然の美。

 

 そう、ここは王宮内でも特にその趣を異にした花園です。

 

 「ほらほら、そんなに走り回ると危ないですよ、ココさん?」


 「ふむ、食の直後にあれだけ動けるとは……あれも若さかのぉ」


 「思い出したかのように年寄りぶらないでくださいまし。見た目もっと幼いくせに」


 「こうやって若者も……そして時代も我を置き去りにしたまま巡っていくんじゃな……」


 「何ですの?その何もかにも疲れ果てて、後は朽ちるのを待つだけの老木の心の内みたいなものは?」

 

 「そりゃ疲れもするじゃろ。なにせ昨夜のマスター、とっても激しかったんだもの……ポ」


 「嘘を言わないでくださいクネクネしないでください頬を赤らめないでください」


 「頬どころか顔中を真っ赤にしながら『事後』だの『幼女ハーレム』だの『タチガミ・ロリのかん祭り』だのとワーワー騒いでおった輩が何を言う?」


 「む、蒸し返さないで欲しいんですの……」


 「なんじゃ、姦祭りって?語呂が良すぎるじゃろ?まったく意味不明な言葉のはずなのにありありとその業の深さが想像できてビックリじゃよ。あれか?幼女のお子ちゃまパンツを25枚集めると漏れなくお店で妙に使い勝手のいい白いマナ板とでも引き換えてくれるのか?」


 「い、勢い!勢いですの!そこまで細部にこだわった設定とか考えての発言じゃないんですのぉ!!」


 「……(モグモグモグ)……」


 「そしてコチラは我関せず!!」


 「不思議とクセになるなぁ……この耳まで白くてフンワリな食パン」


 「それオリジナル!!1.5点のシールとか付いてないですからね!?」


 「我はやっぱりこの量も質も種類の多さも女子のランチにぴったりなパック……」


 「それもわたくしの手作り!!0.5点のヤツじゃないですのぉ~~!!」


 「姫様……」


 「……なんですの、アンナ?その生ぬるい視線は?言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれてもいいんですのよ?」


 「い、いえ、別に……」


 「そこな地味子のような垢ぬけない容姿の事務員が昼休みに会社の屋上にあるベンチで空を見上げながら『私、このままでいいのかな……』と将来に対する漠然とした不安を抱えつつ野菜ジュースと共に食するにはぴったりな……」


 「もう、ランチなパックは掘り下げなくていいんですの!!ってゆーかそれ、大人向けレディースコミックの冒頭っぽい!!その日の帰り道で少し危険な香りのする殿方を助けるか、犬耳を生やした無邪気なイケメンを拾ったりかして退屈な日常が一変していく展開!!」


 「地味子って……私のこと?」


 「(モグモグ)……」


 「きゃっ♪きゃっ♪」


 普段からあまり人の立ち寄ることのないこの場所に、今はわたくしたちを含めて五人もの人間が集まって芝生に敷物を敷き、賑やかに朝食を摂っています。


 観賞用というよりは魔道具作成の素材にしてみたり研究の臨床・実験の為に植えられたものが大半で、いささか色気や華やかさに乏しいのはご愛敬。


 来賓客や出入りする人々の目を楽しませるその辺りの役割は、別箇にキチンとした庭園があるので許して欲しいんですの。


                @@@@@


 今でこそ花園としての体裁を持てるくらいにはなりましたが、開墾の当初は随分と苦労しました。


 わたくしが生まれるずっと以前にはもっと美しい色とりどりの花がもっともっと広大に咲き誇っていたとのことですが、物心ついた頃にはもうただ無骨な土と不愛想な敷石がポツポツと敷かれただけのうら寂しいスペースでしかありませんでした。


 それならばわたくしが元の華やかな庭を取り戻してあげますわと、勢いで数株の花の球根を植えたのがそもそものはじまり。


 ろくろく知識もない中での見切り発車だったものですから、もちろん、それはそれは惨憺たる結果でした。


 最初の花は自身の花弁を日の元に堂々とさらすという本懐を遂げられないままに、あっけなく根腐れを起こしてしまったのです。


 ……悔しかった。


 ええ、本当に悔しくて、何より申し訳なかったですわ。


 わたくしが至らないばかりにまったく罪もない花たちを、芽吹く間もなく枯らせてしまったのです。


 悔しくて、申し訳なくて、悲しくて……。


 それからわたくしは植物関連の書物を端から端まで読み漁り、王宮内の庭園の管理をしてくれている庭師の方々や家庭菜園を趣味としているメイドの方などから助言を受け、どうにか六輪の花を咲かせてあげることができしました。


 ……嬉しかった。


 本当に、本当に、ただただ嬉しかった。


 朝起きて真っ先に駆け出し様子を見に行くのが習慣となっていた花壇でポツポツと蕾から膨らんだ、あの小さな小さな桃色の花弁を目にした時の感動と言ったらなかったですわね。


 それまでも年不相応な学力や、難解な魔術行使の成功を褒めたたえられることは多々ありましたが、それ以上に自分が誇らしく思えたものです。


 『お父様!!やりましたわ、お父様!!咲きましたわ!!』


 小躍りをしながら王宮の廊下を駆け抜けていくわたくし。


 途中、何度も行き交う人たちとぶつかりそうになりながら、それでも真っすぐに向かう玉座の間。


 子供の力で開けるには重厚すぎる扉を開ける時のもどかしいこと、もどかしいこと……。


 はやる気持ちもそのままに、僅かに開いた隙間へ体を滑り込ませるようにして飛び込でいきました。


 『お父様!!おとうさ、へぶっ!!』


 大臣や各部署の長が一堂に返す朝の執務中、勢いのあまりに顔面から盛大に転げたわたくしを皆が驚きのあまりに目を丸くし、体を硬直させて眺めていました。


 『はっはっは、朝からお転婆なものだうちのお姫様は』


 そんな中、玉座の上から響く笑い声。


 驚きも心配もない、普段から腕白なわたくしをよく知るが故にこれくらい慣れたものだとでもいうような実に楽しそうで、しかし一国の王としての慇懃さをまるで損なわないお父様の笑い声。


 『どうしたのだ、アルルよ?そんなに息せき切って』

 

 『つ、ついに咲きましたの!!咲いたんですの、お父様!!』


 『おおそうか、そうか。咲いたか』


 『六輪です!!六輪も咲いたんですの、お父様!!』


 『ほぉ、六輪?大したものじゃないか』


 鼻頭を赤くし、主語を置き去りしたまま、ただその小さな胸に沸き上がった感動を、脳を通さずに口から直結でまくしたてるわたくしのたどたどしい言葉。


 お父様はそれでもニコニコとしながら何度もうなずき、わたくしの言いたいことから高ぶる興奮までをも余さず理解してくれました。


 『とっても可憐な桃色のお花ですのよ、お父様!!ぜひ見にいらして下さいませ!!』


 『もちろん、もちろん。では早速拝見させてもらおうか』


 『お、おそれながら陛下……少々お時間に余裕が……』


 すっと立ち上がり、玉座から降りてくるお父様。


 王の行く手を阻まぬようにすっと道を譲った大臣が、戸惑ったように横合いから声を掛けました。

 

『あ……』


 我ながら早熟な子供でしたわね……。


 何も知らない幼子の特権を余すことなく駆使して無邪気にそのままお父様の手を引ければよかったのですが、その大の大人が上げるにはいかにも弱弱しく困り果てた声色にわたくしはハッと我に返り、一息に真っ青になってしまいました。


 『だ、大事な執務中にお邪魔を致しました。も、申し訳ありません、お父様……』


 近隣諸国との大事な首脳会談を控えてここ数日ピリピリとしていた王宮の空気。


 それを幼いながらも感じとり邪魔にならぬようにと配慮していたはずですのに、よりにもよってその日は会談当日。


 玉座の間に集まるお歴々と共に、お父様はホスト国として招き入れる各国の王族や領主に粗相がないようにと早朝から最後の詰めをしていたところだったのです。


 『お?一丁前に空気を読んだか?はっはっは、世話係も手を焼くお転婆ではあるが、それ以上に聡明なようだな、我が娘は……』


 まるで床を踏みしめる度に威光が煌めくようなドッシリとした歩みは、わたくしなどよりも余程顔色を悪くした大臣やお偉方の前を悠然と通り過ぎていきます。


 『あ、あの、へ、陛下……』


 『わかっておる、わかっておるともさ』


 ポン……


 そうして自分の失態に目を潤ませ、うつむくわたくしの頭にのせられたお父様の手。


 『帝国を起点としてこのラクロナ大陸全土に漂う空気が幾らか不穏さを孕み始めたこの頃。民草に累が及ばぬように中小諸王国との関係を今一度強固にするための大事な会談だということはもちろん、わかっておる。……しかしな、大臣よ?』


 幾らか筋張り、柔らかさなどないというのに不思議と包み込むような丸味を感じる大きな手。


 『……我が子の頑張りの成果を見届けてあげることもできない王の目が、どうして自国の民の明日を見ることができるというのだ?』


 そう静かに、されど大きく笑うお父様の顔に、わたくしをはじめその場にいた全員が感嘆とともに同じことを思いました。


 ああ、これこそが一国の王たる者の器。


 歴代国王の中でも最優と称えられる、賢王ラ・ウール十三世の度量なのか、と。


 『では、参りましょうか。お姫様?』


 『は、はいですの!!』


 そうして執務を放り投げ、我が子とともに玉座の間を後にする王の背中を、止められる者などいるわけもありません。


 やや芝居がかりながらわたくしの手を握るのはやっぱり無骨で大きくて……。

 

 それは一人の大人でも、一国の王でもなく、ただ一人の父親として。


 そう……。 


一度も掴んだことはなく、そしてもう二度とは触れることの叶わないお母様。


この花園『シルヴァリナ・フィールズ』と血だけをわたくしに託して亡くなった。

 

先代、シルヴァリナの分まで一緒にわたくしを包み込んでくれるような。


そんな、ただ愛のこもった温かな手のひらでした。


                 @@@@@


 「あ、チョウチョ!チョウチョだゾ!」


 「ちょ、ココさん?急にまた駆け出したら……」


 「まてぇ~♪まつんだ、へぶっ!!」


 「ああもう……だから言ったのに……」


 「ううう……鼻……鼻がいたいんだゾ……もうれつに……」


 「なんで倒置法。……もう、仕方がない子ですね、立てますか?」


 「うん……だいじょぶ……」


 「ほらほら、せっかくの綺麗な顔とお召し物が台無しですよ?」


 「ぶ……い、いたい。いたいんだゾ、おねぃさん」


 「いいから、ジッとしていて下さい」


 「…………」


 「……アルル?」


 ものの見事に顔から転げて涙目になる狐っ娘。


 そこに慌てて駆け寄り、顔や服に付いた汚れを甲斐甲斐しくハンカチで拭いてあげるアンナ。


 そんなまるで母と娘のような二人をボンヤリと眺めるでもなく眺めていると、平坦な声で名前を呼ばれます。


 ノッペリとして淡白で。


 ともすれば冷酷で非情な人間性を連想させるくらいに感情を放棄した声。

 威光にも乏しければ器の大きさも感じられない静かな声。


 ……不思議なものです。


 「アルル?」


 どうしてそんな声が、こんなにも心地よいものとして耳に響くのでしょう?

 どうしてこのヒトの声はこんなにも温かくわたくしの心を揺さぶるのでしょう?


 「どうかした?」


 ただそれだけの短い言葉だというのにありありとこちらに伝わってくる気遣い。


 わたくしの微かな感情の動きを敏感に察知し、何気ないように見えてちゃんとこちらを気にかけてくれているその優しさが、不思議とあの時、わたくしの手を引い

てくれたお父様の手のひらの感触を連想させます。


 「……なんでもありませんわ」


 「そう?」


 「ええ、少しだけ昔のことを……ええ、遠い昔の未熟を思い出していただけですの」


 「……そっか」


 それ以上何も追及することはせず、ボンヤリと食後のお茶をすするイチジ様。


 チラリと盗み見た横顔は、わたくしと同じようにアンナとココさんの方に注がれています。


 その顔形にしても体つきにしても。


 立場にしてもわたくしとの関係性にしても、まるで似ても似つかないイチジ様とお父様。


 年齢だって声だって性格だって、一つも共通するところがありません。


 しかし……。


 心が挫けた時に頭に置かれたあの温もり。

 口よりもよほど雄弁に感情を語った頼もしい背中。

 見守り、諭してくれる柔らかな眼差し。


 そんなイチジ様がわたくしに幾つも差し出してくれた素敵なものたちを思い返す度、何故だかお父様と姿が重なります。


 恋する相手に父親を見ているのか、はたまた父親のような人に恋をしたのか……。


 どちらにしてもダブって見える二人の顔。


 うぅぅぅん……。


 わたくしって、自分で思っていたよりもファザコンだったのでしょうか?


 「こほん……それはそれとして、イチジ様?食欲もあるようですし、体の方は本当に大丈夫のようですわね?」


 少々わざとらしい気もしますが、咳払いもそこそこにわたくしは話題を変えます。


 「ん?ああ……」


 敷物にあぐらをかいたまま、イチジ様は自分の体をざっくりと見まわし、最後に何かを確かめるかのような眼差しを向けた右手を何度も何度も握っては開きます。


 「傷もないし、問題もない」


 「そうですか……」


 「アンナやここの医療チームの腕が良かったんだろうな」

 

 「…………」


 いいえ、イチジ様。


 確かに治癒魔術はその即効性や場所を選ばずすぐさま対処できるという瞬発力は素晴らしいですが、全身を隈なく切り刻まれ、体中の骨折や打撲をただの一晩で全快させるほど大きな力はありませんの。


 アンナが施したのはあくまでも血止め程度の応急処置。


 状態は、担ぎ込まれた彼を見て百戦錬磨の医師たちが一瞬たじろぐほど壮絶なものでしたし、何よりつい先ほどまで眠るというよりは半ば意識を飛ばして昏倒していたくらい重症だったのです。


 こうやって一晩で目覚めただけでもイチジ様の生命力の強さに驚いていたところだというのに……。


 「傷が……まるで残っていないんですわよね……」


 「うん、きれいさっぱり」


 あてがわれたガーゼを無造作にめくったイチジ様の額。


 前日、そこにパックリと赤い裂傷が走っていたのをこの目ではっきりと見ましたが、傷どころかその名残すらも見受けられません。


 まるで初めから傷などついていなかったかのように。

 傷がついた事実そのものが失われてしまったかのように。


 生命力や治癒能力などという次元を越え、不思議というよりも不気味で不可解なその現実に思わず眉をひそめてしまうほど、イチジ様の体は完全に元通りになっています。


 「……どういうことなのでしょう?」


 自問は、そのまま問いかけとなって口をつきます。


 「……リリラ=リリス、あなたなら説明できますわよね?」


 「…………ん?」


 わたくしの天才的な頭脳を持ってしても、まるで見当がつかない事象。


 ただ、これは常軌を著しく逸脱した領分の問題であることだけはハッキリとしています。


 なので同じ領域に立つ者……というかどこからともなく取り出したのか呼び出したのかわからない豪奢なテーブルセットに腰掛けて優雅に紅茶を嗜んでいる、在り方そのものが常人を限りなく踏み外した幼女へと進言を求めます。


 「ん?ではありません。話を聞いていなかったんですの?」


 「何を言っておる。もちろん聞いとった聞いとった……むしろ聞きすぎて機器の危機がすぎた?みたいなところがあるくらいじゃ」


 「誰がいつ故障した機械が直るまでの逸話を披露していたんですの……」


 「あれじゃろ?何だかんだ言っても最終的にはピーナッツ味に落ち着くという結論が出たんじゃろ?」


 「ランチなパックの話はもうしていません!」


 「なんじゃと?ではラブンラブンなサンドの方じゃったか?」


 「ライバル製品の話はもっとしてないんですの!!『まぁ、別にどっちでもいいかぁ』って思えるほどの互換性はあるけれども!!」


 「……たまに君たちが異世界人だということを忘れるよ、俺は」


 「はっ!?じゃなくてイチジ様の体のことについてですわ!!」


 「冗談じゃよ冗談。ホント、いちいち反応が面白い小娘じゃ。にょっほっほ」


 「どうして一回一回おふざけを挟まないと会話が成り立たないんですの、この性悪……」


 「そういう生き物だと思って諦めることじゃ」


 「初対面の時から呆れと共に諦めてますわよ」


 「そういう可愛い生き物だと思って愛でまくることじゃ」


 「なんで言い直しましたの……しかも難易度上がってますわ」


 「マスタ~だっこぉ~(ぎゅぅぅぅ)」


 「うん?お~よしよしよし」


 「イチジ様が愛でまくり!?」


 「ふふん♪」


 「なんてムカつくドヤ顔!!」


 「お主みたいな無駄に乳も尻もデカいオナゴにはこんな無垢で爽やかな、心温まるふれあいは無理じゃろぉ~。ほ~れ、スリスリィ♡♡♡」


 「ぐぬぬぬぬ……」


 かつてこれほど完膚なきまで論破されたことがあったでしょうか?


 確かにわたくしが同じようにイチジ様に甘えているところを想像すると妙に生臭くて可愛くないですわ。


 ええ、もう、グゥの音も出ないほど。


 少し離れたところでココさんの相手をしながらハッとしているアンナもまた然り。


 女としてある程度出来上がってしまっているわたくしたちがやっても、それはそれはただイヤらしく、規制がかかってしまう絵面になるだけですの。



 ……まぁ……このなんちゃって幼子がやってもある種の規制に引っかかりそうではありますけれど。


 「い、いえ!いえ!そんなことはありません!わ、わたくしだってまだ花も恥じらう十代真っ只中……わたくしだって……わたくしだって……ヤレるんですのぉ(ガバァァァ)!!」


 「そいっ(チョップ)」


 「ぴゃい!!」


 イチジ様の容赦のないチョップに花と散るわたくし。


 「朝からエロいのは勘弁してくれ」


 「な、なら、夜だったらいいんですの!?」


 「……アルル、その返しはさすがにないだろ」


 「ぴゃあ……ひどいですの……。確かに自分で言っておいてあれはなかったですけれど……」


 「マスターに愛でてほしかったら先ずはその煩悩まみれの頭を挿げ替えることじゃな」


 「……イチジ様、一晩ください。脳内からリビドーだけをピンポイントに抽出する魔道具を作成し、即時実戦投入致しますので。その暁には、見事我欲から解放された穢れなき賢者のわたくしを目一杯に撫でまわして欲しいんですの」


 「目的も結果も我欲しか感じないけれど」


 「はっ!なんという矛盾!!」


 「アルルって時々、底抜けにアホの子になるよな」


 「ア、アホの子ほど可愛いということでどうか……どうか一つ……」


 「いや、まずはアホ呼ばわりに怒ろうか?」


 「後生ですからぁ!!」


 「こわい。その必死さがこわい」


 「意中のオノコのナデナデにはプライドをかなぐり捨てて縋りつくくらいの価値があるもんなんじゃよ、マスター。可愛いいじゃろ?恋するオナゴとは?」


 「そんな感じでどうか一つ!!」


 「こわいよ」


 「まぁ……わかり切ったことにわからないふりをしてあまり受け入れがたい結論から目を逸らし、あまつさえ他の者の意見から出た別見解に縋り付こうとしているところなど、まっこと可愛げがあるではないか。……のぉ?天才様よ?」


 「……なっ!!!」


 ……そうです。


 脳内のお花畑を駆け回っている場合ではありませんでした。


 リリラ=リリス=リリラルル。


 イチジ様の懐の中からこちらに向けられる幼女の意地悪い笑みが。

 全知全能を地で行く、かの伝説の大魔女の言葉が。


 わたくしが自分でも気づかないうちに避けてしまっていた現実を。

 そうであって欲しくはないという希望に覆い隠された真実を……。


 「お主が導き出した答えの通りじゃよ、小娘」


 「…………」


 「……アルル?」


 「マスターの体は、着実にドラゴンに侵食されてきておる」


 虚飾も過飾もない、ありのままの形で眼前に暴き立ててしまいます。

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