第四章・王を宿す者《タチガミ・イチジ》~ANNA‘S view①~

                @@@@@@


 ……ねぇ

  ……ねぇ


 ……聞こえていますか?

  ……応えることはできますか?


 …………

  …………

   …………


  ……『はい、聞こえますよ』

   ……『応えることだってできますよ』


  初めまして

   『はい、初めまして』


  私の名前はアンナ。アンナベル=ベルベット

   『私の名前はパク。パク・クライネル・アーバンハイト・キリザキ』


  なんだか可笑しなものですね

   『はい、なんだか不思議なものです』


  初めてお話をするはずなのに

   『まるで初めてのような気がしない』


  こんなにも近くに感じるというのに

   『どこまでも遠くに感じてしまう』


  たとえるなら表と裏の背中合わせ

   『たとえるのならば光と闇の鏡合わせ』


  決して交わり合ってはいけない存在

   決して混ざり合ってはいけない存在


  なんて皮肉なのでしょうね

   『はい、なんて滑稽なのでしょう』


  眩い光の陰ひなた

   『いつでも誰かが伸ばした影法師』


  そんなものにしかなれなかった私たちが

   『互いに光と闇のような関係にあるだなんて』


  滑稽ですね

   『はい、皮肉です』


  笑ってしまいますね

   『笑ってやりましょう、こんな運命を私たちに背負わせた誰かに向けて』


 …………

  …………

   …………


  それで、あなたは誰なのでしょう?

   『あなたこそ、一体、誰なのでしょう?』


  私はただの異世界人で、ただの彼の案内役で

   『今は彼のために必死で傷ついている愚かな女』


  あなたは彼の仲間で同士でライバルで親友で、大事な存在で

   『決して恋仲にだけはなれなかった、哀れな女』

 

  やはり恋……していたのですね?

   『はい、文字通り、私の生涯において最初で最後の恋でした』


  たとえそれが異性に対するそれでなくとも、確かに特別な好意を向けられて

   『幼い時よりずっと傍にいて、ぶっきらぼうなのに誰よりも優しくて』


  心も体も基本的には強いくせに、どこか放っておけない危うさがあって

   『一途に誰かのことを真っすぐに見続けていて』


  私たちみたいな女には天敵ですよね、彼は

   『時々見せる、あの雨に打たれた子犬のような弱々しさ……反則です』


  そこに私が共感しているのは、やはりあなたのせいなのでしょうか?

   『いいえ、それは違います。絶対に違います』


  断言……するのですね?

   『始まりは私の気持ちからだったのかもしれません』


  はい……

   『あなたの中にある、あなたの中で息づいてしまっている私の想い』


  はい……

   『彼のことを殆ど知りもしないのにどういうわけかかき乱される心』


  はい……

   『戸惑わせてしまってごめんなさい。迷わせてしまってごめんなさい』


  ……

   『こんな経験初めてでしょ?男性の一挙や一言に一喜一憂するだなんて』


  そう……ですね。はい、初めてです

  

   『キレイだと褒められれば飛び上がらんばかりに嬉しくて』

  無理して無茶して傷つけば自分のことのように痛く感じて

  

   『仕える者がいなければ、自分の存在意義を見出せなくて』

  誰かに依存して隷属しなければ自己を保てなくて


   『そんな私が』

  そんな私が


   『初めて自分から抱いた、自分から手を伸ばしてつかみ取った』

  ただ……私だけの想い……


   『それがわかっているならば、もう私が何も言うことはないですね』

  これは……私のものなのですか?


   『はい、それは決して私の恋心ではありません』

  ……


   『始まりはどうであれそれは紛れもなくあなたの想い。あなたの恋心です』

  そんなに惚れっぽい女じゃなかったハズなのですが


   『わかっています。私だってそうでしたから』

  経験者が言うと、重みが違いますね


   『笑ってしまいますね』

  笑えないですよ、本当に……


 …………

  …………


  ねぇ、パクさん?

   『なんです、アンナさん?』


  後悔はしていますか?

   『後悔……しているのでしょうね、きっと』


  あなたは彼の命を救うことができたのではなかったのですか?

   『はい、曲がりなりにもこうして彼の元気な姿が見られて満足です。ただ』


  ただ?

   『はい、ただ……私は彼の命を救っただけ。ただそれだけ』


  それだけと言い捨てるには重た過ぎるものなのでは?

   『本当の意味で彼をすくい上げることはできませんでしたから』


  なるほど……

   『その前も、その後も、私は彼の為に何もしてあげられなかった』 


  その悔いが、この可笑しくて滑稽で、不思議な現状を招いたのでしょうか?

   『理屈はわかりませんが、おそらくは』


  難儀ですね

   『はい、なんて面倒くさい男なのでしょう』


  浅はかですね

   『はい、なんて浅はかで浅ましい女なのでしょう』


…………

  …………


  ねぇ、パクさん?

   『なんです、アンナさん?』


  私は間違えているのでしょうか?

   『最後まで間違え続けた私に、何かを言う資格はありません』


  資格ならありますよ

   『どうしてです?』


  あなたが彼の命を救ってくれたからこそ、私は彼と巡り合えました

   『その後のフォローを何もできていないというのにですか?』


  はい、ともかく命さえあれば、あとはどうとでもなります

   『……やはり、あなたと私は同じようで違うモノであるようです』


  そうでもありません。もしも立場が逆であったなら

   『私もあなたのように思えたのでしょうか?』


  はい、私と違うようでやっぱり同じモノであるあなたなら

   『……ありがとうございます、アンナさん』


  それで、私は間違っていますか?

   『いいえ、あなたは何も間違えてはいません』


  もしも私たちの立場が逆であったなら?

   『きっと同じようなことをして、同じようにあなたに問うたことでしょう』


  その言葉だけで、私は思うままに舞うことができます

   『迷わず行ってください。存分に傷ついてください』

 


私だけは……同じ魂を持った私だけは……

 あなたを肯定してあげますよ、アンナさん


ありがとうございます、パクさん

 私もあなたの選択、間違っていなかったと思いますよ。


ありがとう……

 私と同じ、日陰の女……


ありがとう……

 もう一人の、私……


ありがとう……

 ありがとう……


               @@@@@@

 

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