◆◆◆Arabian・epilogue◆◆◆砂漠の花嫁への愛は∞◆◆◆ 

E-0 砂漠の王子 戴冠式

★1☆


「象が通りますよ~」


サシャーの声に響めきが上がる。ラヴィアンの次期王の戴冠式には象と虎が欠かせない。ラティークの横には着飾ってムスっとしたシハーヴが金の首環をつけて、台座で丸くなってご立腹だ。


 ラティークの首には八連の金鎖、王家代々の紋章の入った王冠に、笏丈。虎の毛皮に精霊の入った様々な道具が台座に並んでいる。

 眩いばかりの出で立ちで式典の準備に参加しつつも、ラティークは違和感を抱えていた。アイラの姿がない。


 ――成人した王子は、戴冠式を迎える。仕来りでは、昼間は戴冠式、夜は――……。


「駄目だ。済まない、すぐに戻る!」


 大人しかったラティークに、とうとう我慢の限界が来た。


(最高の瞬間をどうしてもアイラに見せたい。何が伝承。戴冠式に花嫁が参加できないなんて馬鹿げた仕来りなど、無くしてやる!)


 ラティークは戴冠用の王冠をアリザムに投げつけると、髪を振り乱して駆け出した。


★☆★


 アイラはというと、白いトーブを持ち上げて新しく建設された第二宮殿を歩いていた。幾重にも生地を重ね、裾を広げた可愛らしいデザイン。今朝、アリザムが持ってきてくれた。総レースの頭布もあったが、まだ、被っていない。花婿が、花嫁に贈る仕来りの真珠のティアラも発注済みだ。首まですっぽり覆われている。


(ラヴィアン王国では、花嫁は神からの贈り物だから、大切にくるむんだって)


 異国で、結婚式を挙げる……。まだ、落ち着かない。何だろう。幸せへの気分を何かが阻んでいる。まだ、何か忘れているのだろうか。


(何より、ラティークに早く逢いたいよ。花嫁が暗殺者だった歴史から、戴冠式に参加できないなんて。暗殺者の妻を見抜けない、過去の腐れ王樣なんか知らない)


(我慢しなきゃ。ラティークには夜には逢える。……熱射病になってないかな)


(数日王の宮殿に籠もりきり。花嫁トーブだって、まだ見てくれてない)


 想えば想うほど、不思議と文句が溜まってくる。


 気付けば早足になった。気が早い。どのみち、式が始まったら、逢えるのに。そう、アイラは妃になる。ずっと、二人で離れずにいるためにラティークが決めた結論だ。


(何を焦って、はしゃいでいるの、らしくない)


「アイラ!」


 第一宮殿と第二宮殿の境目に植えられた椰子の木。アイラとラティークが一番良く、一緒に歩いた道だ。いつかのように、夫になるラティークの姿があった。愛おしい姿を目にした瞬間、アイラの心に、何かが溢れた。


 ラティークは、ゆっくりとアイラに歩み寄った。


「きみが見てくれないと戴冠式なんか意味がないよ。さあ、行こう」


 あまりの眩しさに、足が固まった。アイラは作り笑顔で取り繕った。


「あたし、はしゃいでる? 式の準備ほったらかして。駄目でしょ。平気だし……」


「もういいから。こっちへおいで。はしゃいでいいんだ。そろそろ、アイラに戻れ」


 ラティークはゆっくりとした口調で名前を口にし、同じ速度でそっと腕を開いた。


「……いいの? そう。嬉しくて、はしゃいでるの、このあたしが。王女なのに」


 言葉より早く、ラティークの広げた腕に飛び込んだ。ラティークは大切だと訴えるように、大好きな指先で、アイラの髪をまさぐり、強く抱いた。


 アイラは緩んだ涙腺を、思うまま、緩めた。視界がブレて、クリアになる中、愛おしすぎる指先が、アイラの眼元の涙を拭って離れた。


(もう限界。これ以上、騙せない。あたしは、ラティークが好きで、そばにいたい)


「魔法にかけられたって。ずっと自分を騙してた。でも、騙せなくなっちゃったの」


 ラティークは抱き寄せた腕を緩め、こつんと額に額を重ねて、ごっつんこしてきた。


「ふふ」嬉しくて、頬に伸ばされた指先がくすぐったくて、泣き笑いが零れる。

「愛してくれているのに、足りないなんて、我が儘、言えなかった……」

 ラティークは返事の代わりに、アイラの顎をすくい上げた。

 上目使いで見上げると、ラティークは吊り目を垂らして眼元を綻ばせていた。

 伏目になった眼元に指先で悪戯して、爪先を伸ばした。


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