8-4 悪夢は終わりにできるんだ。

★8★


 ラティークはルシュディを抱いて回廊を通った。部屋の中は元通りだった。悪夢まで一緒に消えたのだろうか。


「何か、あったの?」と聞き返すアイラに微笑んで、ラティークは首を振った。

「なんでも、ないよ」


「ね、お母さんに会えて、嬉しかった? うふふ、優しい顔してたから」


 アイラの可愛らしい質問に、どう答えようかと考えている前で、人影があった。アリザムが一人の女性を連れて歩いて来たところだった。アイラの顔が明るくなった。


「レシュ! アリザムも! ねえ、レシュ……あの……」


「王女。いつぞやは済まなかった。そいつはあたしの夫になるべき男だ。一緒に行く」

「まさか……レシュ……もしかして、ルシュディ樣を本気で……」


 レシュは懐かしい笑みでアイラに微笑みかけた。


「手紙に書いただろ。王女。あたしは、闇の王子を愛してしまった。全部書いたよ。あんた、あたしの質問に答えていないよ。世界は、誰かが誰かを愛することで、成り立ってる。意味わかる? ってやつ」


「スメラギが濡れた手で持ってきて、滲んで読めなかったの……そうだったんだ……」


 レシュは涙目で、瞼を硬くしたルシュディを覗き込んだ。


「バカな王子。勝手にくれた愛のお陰で、闇の影響から、腹が護ってたというのに」


 ――腹? そういえば、膨れている。仰天するアイラとラティークに「じろじろ見るな。胎教に悪い」とレシュは恥ずかしそうに笑った。


 ルシュディの永遠の眠りと引き替えに、本殿の王が眼を開けた報せは、間もなく第二王子の元へ届くだろう――。



★☆★



 ルシュディはラティークの判断で第一宮殿の一室に靜かに横たわらせる話になった。ただし扉は閉ざし、一切の情報を遮断するという厳しいものだった。


 アイラの前で、一瞬だけルシュディは、眼球を小刻みに震わせ、恐怖に顔を歪ませた。ラティークが顔を背けた。アイラもぎゅっと目を瞑った。


「……あ、あああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああ――!」


 叫びを最後に、伸ばした腕ごと白い波動に囲われて、姿は見えなくなった。


「門の音を閉ざすから闇なんだ。行って来い。今度こそちゃんとあたしを見ろ」


 レシュの言葉に白い靄がユラユラと揺れた。


(闇に手を貸した罰。もう始まったのかも知れない。想像を絶する心の浄化が)


 見ているうちに、涙が滲んできた。アイラはそっと白い靄に指先を浸らせた。


「おやすみ。ルシュディ樣。起きたら、皆に謝って……だから、今は休んで」


「聞きたいことはたくさんある。でも、もう、悪夢は終わらせよう、兄貴。悪夢でも、自分で終わりにすることができる」


 ラティークなら、終わりにできる。ラティークがルシュディへの憎悪を抱くことはなかったのだから。なんて大きな心で、しっかりと生きているのだろう。


(闇のヤツは、そここそ楔だと思ったのかも知れない。兄弟が争う図を楽しみにしていたのかも知れないよね。文字通り、真相は闇の中。ね……ウンディーネ様……)



 アイラは涙を振り切った。ラヴィアンの空に青い虹が見えた。


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