2-5 夢から出て来たような、砂漠の王子様
☆★☆
しばらく、二人とも言葉を出さずに歩いた。まるで、喧嘩をした恋人同士のようだ。
――らしくない。あたし。元気が取り柄のあたしが、泣いてどうする。
アイラは腕を伸ばして、元気な素振りを見せた。泣いたことは、忘れよう。
「いいわ。自分で探って真実を突き詰めてやる。ニンフの仕事、楽しいし。真実は見つけてこそ。あたしは勝手にやる。王女の威厳にかけて、皆を救い出すから」
アイラは涙を浮かべて、にっこり笑った。
ラティークは敵だ。頼っていいはずがない。
(辛いけれど、虚勢張ったほうが気持ちがラクなの)
でも、見抜いてくれたら? 手を貸してくれたなら、どんなにか心強いだろう。
アイラは俯いた。消えたはずの涙がじんわりと浮かぶ。体内の水が全部なくなって干涸らびたら、ラティークは後悔するのか、などと考えては唇を噛みしめた。
(言えないんだよ、分かってよ……)ぶるぶると腕を震わせていると、ラティークの手が伸びてきた。振りほどこうにも、あまりに撫で方が優しくて、振りほどけない。
(騙されるな、あたし。優しいに決まってる。相手はハレムの王子だ)
俯いた上で、困惑を滲ませた吐息がした。
「僕が力を貸そう。きみに何かがあれば、ヴィーリビアの無敵艦隊がラヴィアンに押し寄せるだろう。ただし、勝手に第一宮殿などに行ってはだめだ」
(わかってくれた! ラティーク、わかってくれた!)
アイラは嬉しさの衝動で、頭をこつんとラティークに預けるようにぶつけて呟いた。
「魔法、使わなくってもいいじゃない。もっと精霊、大切にしたら?」
ラティークの返答の代わりに、ランプの蓋がカタンと揺れた。ラティークは俯き加減で少しだけ、早足で歩き出した。
「あ、待ってよ。置いていかないで」
アイラは先に歩いて行ったラティークを追いかけた。月が昇っている。しかし、暈を被ってしまい、輪郭はぼやけていた。 と、ピタ、とラティークが足を止めた。耳を赤くして、しきりに唇を押さえ、片足を何度も何度も砂に擦り付けている。
「……また、魔法かけたくなるだろ。着いたよ」
ラティークがしばらくして、足を止めた。そこには雲の合間から月光が降り注ぐ。立派な噴水があった。金に塗られているが、噴き上げる水は夜を透かせている。
「水の国には敵わないが、多分、落ち着くだろうと思って。細々としたものだけどね」
言葉ではない、真摯な慰めの優しさに、言葉が出なくなった。
(……優しさが、素敵なんだ。魔法、なんかやっぱりいらないのに、どうしよう)
嬉しがるアイラに、ラティークは軽妙に一言を投げた。
「さあ、もう第二宮殿だ。約束通り、脱いで。せっかくの理想の美乳が台無しだろ」
からかい混じりの笑顔。ラティークは普通の、女の子をからかう男の子の顔になっていた。
(ラティークだけは、あたしを王女扱いしてない。だから、不思議なんだ)
助けてくれたと思えば、からかったり、涙にあたふたしたり。
本当のアイラを隠すための王女の仮面を、ラティークはそっと外して、本当のアイラを剥き出しにする。
絵本から出て来たような、ラヴィアンの王子様は、噴水に腰を掛けて月を見上げている。月が、王子と勝ち気な王女を優しく照らしていた――。
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