◆◆◆1◆◆◆ ヴィーリビア国の水の王女 ◆◆◆
1-1 ヴィ―リビアの国の水の王女 王国へ旅立つ
☆1☆
「巧くやってみせる、スメラギ」絶対的自信を滲ませ、アイラは口にした。
スメラギは、アイラの従兄で王族でありながら、海賊業に勤しんでいる。強気なアイラの言葉にやれやれとばかりに肩を竦めて見せた。
西海の国の男と謂わんばかりの色黒肌に、少し陽に焼けた髪。トレードマークは右目の眼帯。垂れ下がった宝石が〝守銭奴〟を強調していた。
祖国、海の国ヴィーリビア王国では水の女神ウンディーネの信仰がある。女性で心が健全な者は、巫女の修行をさせられるが習わし。アイラも、十六歳で巫女修行を終え、異例の速さで、最高の姫巫女の称号を手に入れた。
国の期待の星である。しかし、稀代の水巫女の力を持つ姫巫女王女は、国を出て、海賊船の甲板に座り込んでいた――。
☆★☆
「虚勢もいい加減にしろ」船長のスメラギが操縦環から離れた。
「あら、虚勢じゃないよ?」とアイラは負けずににっこりと笑った。
「姫様、お手柔らかに、ね?」連れてきた唯一の侍女サシャーの一言に、スメラギがピクリと動いた。アイラの鼬の目は更に吊り上がった……気がした。
「お手柔らかに、ですって? あーはははははは。誰が? あたしが? そうね、お手柔らか~に、全てお返し願いたいね!」
海風がアイラの黒髪を大きく巻き上がらせる。こみ上げた怒りで手すりをぶっ叩きたいが、両手を黒環で押さえられているために自由にならない。
「でも、もっと方法、なかったのですかぁ? 姫様」
サシャーが小さく「奴隷なんて」と嘆いた。小柄で、丸々とした可愛い胸をしている。よく動く侍女だが、サシャーも巫女だ。
「このお姫さんは、一度「やるよ!」と決めたら引かネェからな。男であれば、さぞかし立派な海賊になっただろうよ。女神ウンディーネさんも今頃「もったいねぇ、逸物つけ忘れた」と嘆いてるぜ。可哀想に女神まで後悔させんなよ」
「やかまし」一言スメラギを制し、アイラは女海賊さながら、すっくと立ち上がった。
「ラヴィアン王国への海路は分かっているんでしょうね? スメラギ」
スメラギはがっしりとした作りの海賊服を揺らし、フンと鼻で笑った。
「俺を誰だと思ってんだ。西へ東へ、金を求め海を渡る冒険野郎! スメラギ海賊団船長とは俺のことだぜィ! 奴隷をしょっちゅう運んでるからな。見ろ、アイラ」
「冒険野郎でなくて、あんたはタダの守銭奴。奴隷を売る国も買う国もどうかしてる」
「ま、需要と供給だ。さりとて望む輩もいる。今回は上玉がいるからな。うっひっひ」
唇をへの字にしたアイラにスメラギはぬふと笑って、すぐに表情を引き締めた。
――本当、金に目がないんだから。時折本気でぶっ飛ばしたくなる。構わないだろう。スメラギは男で、従兄弟だし、ちょっとやそっとでは死にはしない図太い性格だ。
「それはそうと、アイラ」
青海の水平線を指したスメラギの指先を目で追った。水面が曲線を描いている。時折揺れ立つ波は白く砕けては、陽光で光って視界から消えていった。
「やっぱり、いつ見ても、海って綺麗ね……癒やされるよ」
ほうとなった前では、いつになくスメラギが真面目に語っている。
「砂漠の下にゃ、遠い氷の国のから流れてくる大量の地下水が眠ってる。そいつが見つかれば、砂漠なんざ消えちまう。信じられるか?」
スメラギのうんちく説明を聞き流し、アイラは海を見詰めた。
(宝石が砕けたみたい。一つ弾けて、無数に散るの。うん、奪われたものは全て取り返す。来たわよ、みんな。このヴィーリビアの王女が自ら助けにね)
大切なヴィーリビアの民、女神の手にあった宝石、信頼していた親友。アイラの目指す目的は三つ。うん、わかりやすくていい。
「でも、姫様。あの、勇気は認めますけど、あのラヴィアンの大国に奴隷として入り込んで、こそこそ王宮を探し回るより、他に方法があったと思うんですけど」
「あら、面白そうじゃない? 元凶の王子をぶっ飛ばせれば言うことなしだし」
「お手柔らかにとお伝えいたしました。姫様」
サシャーに首を竦め、アイラは結ばれた手首を手すりに添え、ぽふ、と顎を載せた。
(ハレムとかいうワケのわからん行事に、大切な民を巻き込むなんて許せない)
皆は無事だろうか。アイラは不安に包まれ、空を見上げた。
「おい、そこのチッパイ王女。甲板をウロウロすんな。商品として売るんだ。頼むから、そのささやかな胸でふんぞり返ってくれるなよ」
「まあ、あたしの大切な可愛い〝チッパイ〟に何をいちゃもん。でも、スメラギ。奴隷ってどういう風にすればいいのかな?」
「俯きましょう、そんな冒険で活き活きしたお顔は駄目です。そうだわ。ストーリーを作りましょ。姫様は、今から家族と別れて、ラヴィアン王国に買われるのです。もう、居場所がない。ちょっと落ち込んでいますのよ。俯き加減でひっそりと」
やってみようとアイラは顔を下に向けたが、無理。元々落ち込むには適さない性格だ。俯いた拍子に、今度は海の色が気になった。いきいきと聞き返した。
「ねえ、見て。表面は明るいのに、水中は真っ黒。なに、あれ?」
メインマストに寄り掛かり、干し肉を齧っていたスメラギが、言葉に反応した。
「闇の力だ。やっただろ、精霊自然学。世界は精霊で出来ていーる。火と、水と、風と、土と、闇。僅かな数の光。彼らが集まって、世界を作っているのであーる。ほら、船を寄せるから、引っ込んだ、引っ込んだ。帆を張り替えなきゃなんねェのさ」
甲板に海賊が溢れ出て来た。「姫様」とサシャーが背中を押した前では帆が張られ始めた。縦型帆が引き上げられ、パズルの如く編み込まれた船のロープはメインマストに固定され、三連帆は大きく羽ばたく鳥のように翼を拡げ始める。
「行くぞぉ!」と掛け声とともに大きく帆が翻った。海賊マークを隠した商人の帆。
海賊スメラギの船は、これから貿易商人としてしゃあしゃあと入港する。
海賊船長及び司令官ともなれば花形だが、スメラギには恋愛のレの字もない。
「ねえ、サシャー。海賊の男はもてるはずよね。不憫なヤツ。ラヴィアンの王子のエキスでも飲んだらいいのに……うん、ラヴィアン王国、ね……そう、ラヴィアン……」
敵国の名前を口に出すなり、怒りの炎がアイラの裡でめらめらと燃え上がり始めた。
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