1日8時間。オジサンは聖女の父になる。

薄味メロン@実力主義に~3巻発売中

第1話 オジサンとの出会い

 少女はその日も不幸だった。


 魔物が出る森の中に作られた畑で、首にヒモをつながれて、槍を持つ男に監視される。


「おい、そこのおまえ。何だその目つきは」


「いっ、いえ、私は――」


「誰が口をきいて良いと言った!」


 時折監視の者がやって来ては、何かにつけてムチを打った。


 傷む肌をかばいながら出来ることは、早く終わるように祈ることだけ。


 そうして倒れるまで働いても、得られる報酬はパン1個。

 それでも生きていられるならと奴隷の生活を続けていたが、体はすでに限界だった。


――そんなある日のこと。


「どうじゃ、わしの奴隷たちは? 必死に働いておるか?」


「はっ! 皆、伯爵様に感謝の意を述べながら仕事に励んでおります」


「ふはは。そうかそうか」


 雇い主である伯爵本人が、現場の視察に来た。


「む? 全員、手を止めよ。即座に集まるが良い」


「聞こえたか? 集合だ!」


 突然の号令に慌てて伯爵の元へと駆け寄り、額を地面にこすりつける。

 何が起こるのかと身構えていれば、隣にいた男の子が立つようにと命じられた。


 そして伯爵が楽しそうな声を張り上げる。


「この男は脱走を計画していた。万死に値する」


「……え? ちょっと待ってください。俺は――」


「伯爵様に口答えをするでない!」


「うぐっ……」


 監視員の振るうムチが男の子にあたり、うめき声が漏れれば、伯爵が愉快そうに大きなおなかをさすった。


 それだけに飽き足らず、監視員に指示を出して、地面に倒れた男の子を引きずり起こす。


「どれ、貸しなさい。私が手本を見せてあげよう」


 控えていた監視員のムチを奪い取った伯爵が、愉快そうに右手を振るった。


 少年の頬が腫れようが、地面に崩れ落ちようが、伯爵にやめる様子はない。


(ひどい……、そんなにしなくても……)


 そもそも、魔物が出る森に囲まれたこの場所で、逃亡など出来るはずもない。

 伯爵はただ、日頃の鬱憤を晴らしているだけなのだろう。


 そうわかっていても、少女にはどうすることも出来なかった。


「おまえも……、おまえもだな」


 1人目が動かなくなれば2人目を指名し、3人目、4人目と続いた。


「おまえもだな」


「わっ、わたし……」


「うるさい、さっさと立ち上がらんか!」


 そして、とうとう少女の番が回ってきた。


 両脇を監視員に抱えられるようにして起こされ、肥え太った伯爵が愉快そうにムチを握りしめる。


「ふひひっ、おまえも悪いやつよなぁ」


 ニタリとした気持ちの悪い笑みを浮かべて、伯爵が大きくムチを掲げた。


(いやっ!)


 迫り来る恐怖に目を閉じて、必死に歯を食いしばる。


 痛そうな反応をしなければ、飽きてくれるかもしれない。

 そんな淡い希望を胸に秘めて、両手をギュッと握りしめた。


――そんな時。


 周囲の森からいくつもの遠吠えが聞こえて来た。


「なっ? ハンターウルフか!?」


 後方に控えていた兵士たちが一斉に剣を持ち、伯爵の周囲を固める。


 監視員たちも、ムチを槍に持ち替えて鋭い視線を周囲に向けていた。


「っち! 来るぞ!」


 誰かの叫び声を皮切りに、畑と森の境界線から迷彩色の毛皮に包まれたオオカミが飛び出してくる。


 1匹、2匹、3匹、4匹……。


 みるみるうちに数を増やしていったハンターウルフは、畑を囲んだ柵を思い思いに引きちぎり、迫り来る


「ぃゃ……」


 周囲は100体近いハンターウルフに囲まれ、逃げ出せるような場所など残っていない。


 兵士と監視員の数は30人。絶望的な差だと思う。


「アオーーーン」


「伯爵様を守れっ!!!!!」


 遠吠えと怒号が重なり合い、取り囲んでいたハンターウルフが一斉に飛び出した。


 鋭い牙が少年の首を切り裂き、兵士の腕が食いちぎられる。


 逃げ惑うことすら出来ずに呆然と立ち尽くしていれば、周囲が一瞬にして血の海となった。


(神様……、どうか一筋の幸運を……)


 お祈りなどしても仕方がないと分かっていたが、他に出来ることがなどない。


 そうしている間にも、兵士と魔物が入り混じり、双方がその数を減らしていった。


 それでもやはり魔物の方が多く、少女の死も時間の問題だろう。


 誰しもが生きることをあきらめかけていた。


――そんな時。


 不思議な感覚が少女の体を巡り、森へと続く1本の道が浮かんでくる。


 それは、戦いのさなかに開いた小さな場所のつなぎ。

 運が良ければ、森の中に逃げ込める。


(逃げなきゃ……!!!!)


 そう思った時には、すでに走り出していた。


「むっ、むりだ。勝てねぇ」


「ひぃぃぃぃ」


「おい、俺たちも逃げるぞ! あんな豚なんてほっとけ」


 そんな少女の 行動が呼び水となったのか、誰しもが思い思いに森へと走り始めた。


「おい、貴様らっ! がはっ……!!」


 背後から伯爵のものと思われる悲鳴が聞こえるが、振り返っている暇などない。


 必死に手足を動かして、まっすぐに森を目指した。


「ぐふっ……」


「ぅぁぁぁぁぁぁぁーーー…………」


 数秒ごとに周囲から人が減り、ハンターウルフの胃袋へと収まっていく。


「はっ、はっ、はっ…………」


 そんな中を息を切らしながら走り抜け、命からがら森へと駆け込んだ。


「痛っ!」


 木の根に足を取られ、枝に腕をひっかかれる。


 それでも出来るだけ遠くへ行こうと、全身に傷を負いながらも足を進め続けた。


 だが、それにも限界はある。


「はっ、はっ、はっ…………、っ……」


 体が言うことを聞かず、気が付けば木の根と草に覆われた地面に倒れ込んでいた。


 必死に立ち上がろうと力入れようとも、体は起き上がらない。


 荒い息づかいと共に聞こえるのは、魔物が草木を揺らす音。


「たす、けて……」


 そう言葉にするのが精一杯。

 魔物の気配は、刻一刻と迫っていた。


――そんな時、


「遅くなってごめんね」


 何もない空間から、見慣れぬ服を身につけた男性が姿を見せた。

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