三人の子供
❄❄❄
数年経った、ある日のこと。繁華街の中にある魚屋に二人の子供たちが邪険にされているところを見つけた。といっても、魚屋の方が完全に困らされているという状況だったが。
「ごはん、ください……」
「おなかすいた……」
「だからお前らにやる分はない! 散れ!」
そう言って商品をねだるみすぼらしい恰好の十から十三くらいの年齢の男の子と女の子に店主が手元にある桶に入った水をぶっかけそうになっているのが傍から見て取れた。魚屋さんの方からしたらホイホイ商品を無料で配っていたらすっかり赤字だ。
ちゃんとお金を払っているお客さんは離れていくだろうし、その代わり代金を払わない子供たちが集まることになる。店主からしたらここは譲れないところなのだろう。
そうは言っても子供たちのほうからしたら生死が関わっている。
「おねがい、します」
店主のちょうど死角になる位置に子供がそろそろと近づいている。表で騒いでいるのと別の子供だ。物乞いは日常風景だから特に通行人は気にしたふうでもない。
子供は積まれている魚の山から数匹取っては手に持った鞄に入れていた。ある程度入れるとその子供は狭い路地へと素早く逃げていった。
……常習犯か。
表で店主と対峙する子供二人のうち、女の子の方が怯えた様子で男の子の服の裾を引っ張る。
店主に怯えた体を装っているが、万引きが成功した後の動きが決まっていたのだろう。男の子は女の子を連れて店主から逃げるように離れていった。
水をぶっかけようとしなければ異変に気付けただろうが、威嚇するなり怒鳴り散らすなどして追い払ってきたために違和感を覚えなかったのだろう。
(さて、行くか)
行先は町の端。そこにいると魔獣と呼ばれるいわゆる害獣指定された動物たちが我先にと襲ってくる。片端から狩っていくとそれなりな稼ぎができる。
別に人間らしい暮らしをしなくても生きてはいけるが、せっかく人間寄りの容姿をしているのだ。それならば最大限活用するまでのこと。
「おっと、嬢ちゃん……?一人でどこへ行くんだ?」
ニタリと気色悪い笑みを浮かべた人間ががっちりと腕をつかんできた。人間の男の後ろからも四、五人くらいのいかにも思春期ならではの不良らしい背格好をした人間が歩いてきた。
「ナニ、お前美少女捕まえてらー」
仲間か。余計な時間をとったと内心舌打ちしつつ腕をつかんでいた手を振り払う。
「痛っ!テメェ……!」
「邪魔だ。退け」
何やらお怒りの様子だが。他の不良は大爆笑だ。
「おいお前幼女に力で負けてんの!?」
「ありえねー」
「マジかよ?ウケる!」
恥ずかしくなったらしい、後ろでうずくまっていた不良の男は、ナイフを取り出して振りかざした。だが、まあ。
「うぉっふ!?」
無論、私は躊躇なく蹴り飛ばした。
「日常のように殺し、殺され、命のやり取りが行われる今の世の中、他者に向かって刃物を向けるという行為は殺されても構わないという意味合いを持つことを知らないのか?」
不良たちに向き合い、もう一度、ゆっくりと繰り返す。
「邪魔だ。退け」
不良たちは一瞬たじろいだが、すぐに各々何かしらの武器を手に取り、襲いかかってきた。
「ガキな偉そうな!」
「やっちまえ!」
「【睡魔の霧】」
一瞬にして霧が発生し、周りが見えなくなる。路地から洩れない程度、濃度は低く、調節する。すると、人が倒れる音が次々とする。五人分。全員眠ったようだ。
【睡魔の霧】召喚魔法の一種で、睡魔という魔獣なのか影なのかよくわからない奴を呼び出し、霧を発生させただけの単純なものだ。
「ありがとう。助かった」
そういうと、掌の上で転がっていた紫色の雲のような塊は満足そうに笑ってから霧散した。
今度こそ行くか、と進んだ時に、気になるものを見つけた。子供だ。
狭い路地だということと、後ろ過ぎて気づかなかったが、ぼろ雑巾みたいな服をかぶったぼろ雑巾みたいにぼろぼろの男の子。興味を引いたのは、先程魚屋から魚を盗んでいた方の子供だということ。
「たすけ、て――……」
――あの二人だけは
擦れるように弱々しく、小さな声だったが、男の子はそう呟いた。その後は【読心】で読んだ。
当然だが、【睡魔の霧】でほかの人間同様ぐっすり眠っている。起きる気配はない。
そして、こちらを見ている気配が二つ――
「……ね、ころされちゃったの?」
「ばか!だまって!」
子供の声がやけに大きく聞こえた。まあ表通りの音も聞こえ辛い場所だし、それなりに静かだしな。
その二人の子供の声は、魚屋の店主と話していたときのように弱々しいものではなかった。あまり健康的とも言えなかったが。
「そこの二人、出てこい」
家と家の隙間で縮こまっているだろう子供二人に呼びかける。
しかし、いつまでたっても出てこない。逃げるわけでもなく、そこで動く気配がない。
「いいかげんにしろ。私はそんなに気が長いほうではないからな」
呆れたように言うと、それなりにいい瞬発力で飛び出してきた二人は、警戒しながらも十歩先くらいまで近づいてきた。
「これはお前らの仲間だな?」
ぼろ雑巾みたいな男の子を拾いあげて尋ねると、言葉には出さないが二人のうち女の子の方がきつくにらんできた。
「ついて来い」
ぼろ雑巾みたいな子供を担ぎ上げて歩き出す。
やはり仲間が大事なのかトコトコ二人ともついてくる。素直なことだ。
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