「ねえ、お姉さんと一緒にお風呂入らない?」

 前後の内容はもうほとんど覚えていない。ただ、一連のエピソード記憶だけが強烈に頭に残っている。性志向が歪まなかったのが少し不思議なくらいである。

 とにかく。御託は抜きで、そのお姉さんは突然実家にやってきた。兄が誘ったのか、お姉さんが持ちかけたのかは分からないし、実は前もって言われていたことなのかもしれない。ただ今のぼくには、「突然家にお姉さんがきてびっくりした」程度の記憶しかないのだ。多少のブレは見逃してほしい。

 お姉さんの「大人びた」印象は、当時男三人兄弟の末弟として呑気に暮らしていたぼくに大人の階段をいくらか登らせる程度の衝撃を与えた。皆さんは知っているだろうか、「女子」と「女性」の違いを。ぼくはその時、初めて「女性」と対面した。実際、お姉さんが美人だったかどうかを今振り返ることはできない。映像記憶がほとんどすっぽり抜け落ちてしまっているからだ。ああ、映像記憶のなんと儚いことか……。ちなみに、彼氏がいることもそのとき兄から聞いた。ぼくの背徳感はますます膨れ上がった。

 遊びの内容は、相変わらずゲームだった。違うのは、一つのモニターを三人で共有するという点。ぼくの方はというと、やっぱり脇汗が止まらなかった。なんかボディタッチとかも多かったし。

 お昼から始まって、結構長い間遊んでいたので、途中で親が帰ってきた。ともにネット交流には理解のある親だったので、素直に息子の冒険を喜んでいた……と、思う。

 そのまま夕飯まで頂いてもらおうということになり、その前にぼくだけ遊びを切り上げてお風呂へ向かうことになった。いつもはお風呂を上がった後素っ裸でリビングまで突撃して服を着ていたので、慣れない手つきで着替えを用意し、なんとなく落ち着かない気持ちで風呂場への階段を下ろうとしたときだった。


「ねえ、お姉さんとお風呂一緒に入らない?」


 冗談か本気かをぼくに判断することはできない。ただ断言できるのは、冗談でも人は殺せるということである。ぼくはその場でしばらく硬直し、しどろもどろになりながら階段を駆け下りた。あまりにも考えるべき事柄があまりにも多すぎたのだ。兄のこと、両親のこと、お姉さんの彼氏のこと……。もしもう少し状況が単純……つまり、お姉さんとぼくで二人きりだったり、そこが実家でなかったりしたなら、結末は変わっていたのかもしれない。それはあるいはエロマンガのような……いや、よそう。考えても詮無きことだ。

 お風呂場で哀れにも直立した愚息を見てただ項垂れるぼくを、もう一人のぼくが嘲笑っていた。

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