櫻の国【月光】 桂颯・夢ひと夜

アマリ

【壱】 依頼



  一  依頼  ─ いらい ─

  二  賭け  ─ かけ ─

  三  甘露  ─ かんろ ─

  四  一夜  ─ いちや ─

  五  のこり香  ─ のこりが ─

  六  天女  ─ てんにょ ─

  七  雲雀  ─ ひばり ─

  八  想い人  ─ おもいびと ─

  九  護飾り  ─ まもりかざり ─

  十  素姓  ─ すじょう ─

 十一  御曹司  ─ おんぞうし ─

 十二  人形  ─ にんぎょう ─

 十三  勘繰り  ─ かんぐり ─





🌸 一  依頼  ─ いらい ─



「おまえは、その男をどうしても捜し出したいと言うのだな」


「そうだ」


「どういう経緯いきさつか教えてもらおうか」


「聞きたいか」


 そう言うと、草介そうすけは意味ありげに頬笑んだ。見回り役人の哲郎てつおは世情や人の出入りに詳しい。知らずとも、人相風体を伝えておけば遠からず見つかるはず──と考えてのことだ。


「俺は一夜ひとよ、その男に買われたのさ」


 哲郎は、草介が云った言葉の意味を測りかね表情をうかがった。うねりの強い縮毛くせげを肩に垂らした、どこか胡散うさん臭い男の顔をじっと見ていた。

そうして、哲郎は露骨に眉をひそめた。


「男、にか」


「──女郎花おみなえし なまめきたてる前よりも 後ろめたしや藤袴腰 って、な」(歌:四方赤良)


 歌を詠み、草介は薄笑いを泛べた。


「なにごとも経験というものだ。タネにもなるしな」


 草介は 物書き をしている。本人がそう名乗っているのだから取りあえず、そうだ。草介は『怪談』を得意としている。この男の文才とやらが如何いかほどのものかと開いてみたが、読み進めていくごとにゲンナリとなり、本を閉じた。


 草介は、川に心中者の死体があがったとか、辻斬りの現場だとかには必ずあらわれ、帳面に詳細を書き付けていた。

何度も顔を合わすうち、親しげに哲郎に寄ってきて、捜査の進み具合や事件の内情をサグるようになった。

大衆が喜びそうな醜聞や、自身が興味を惹かれる事件には、酒を奢り、酌をしながら根堀り葉掘りと訊いてくる。

創作のタネを拾うついでに、売れそうな記事を瓦版屋に持ち込んで小遣い稼ぎをしていた。


 草介は、哲郎から事件の顛末を訊きだしたあと、そのお礼のつもりでか、交際をしている女との閨房の様相を語る。この男は、交わっている最中にも女を観察してしまうらしく、内容は詳細で、しかも毎回違う相手で、聴いている哲郎を飽きさせなかった。


 はやい話。ロクな仕事はしておらず、女の家を転々とし、女からせびり取った金で遊び暮らしている与太者だ。


 その身の丈は悠に六尺を越える。

鼻が高く彫りの深い、北部の人間特有の姿をしている。出身は豊国だ。図体のデカいこの男は態度も尊大だった。哲郎は初め、その横柄な物言いから自分よりも年上だと思い込み、二十歳はたちそこそこの若造に、敬語を使っていた。


 と、まあ、色々と込み入った事情を持つ男ではあるが、哲郎はこうして付き合って、度々酒を飲んでいた。仕事柄か、哲郎は同僚意外の交友を持たず、友と呼べる者はいなかった。


 さて。草介が契りを交わしたという男だが──年の頃は二十代なかば、細身で中背、腰まで流れる美しい黒髪のかなりの美形だという。これが女であれば、どれほどの上玉かと気にもなるが、男ときては、それも衆道の相手と聞かされたのでは、正直、捜す気も涌いてこない。





🌸 二  賭け  ─ かけ ─



「俺が酒を飲んでいたら、男は断りもせずに前の席に座った。夜も更けて、そろそろ店仕舞いの頃合いだった。席などいくらでも空いていた。男は冷や酒を一つ頼んで、ただ静かに酒を飲んでいた。俺も、男のことなど気に留めないというふうに、手酌でちびりちびりとっていた。まあ、その酒も、博打でスっちまって、馴染みの奴に恵んでもらったおこぼれだ、半分も残ってやしなかった。

徳利とくりを傾けると、一雫したり落ちたきり、もう振っても出てきやしなかった。


 すると、男が俺の猪口ちょくに酒を注ぎ入れた。男は俺と目を合わせた。そして、あなたは、おつよヽヽそうですね──と言った。その声は、蜜のようだった。甘く、とろとろと薄気味悪く、耳の奥へと流れていった。


 俺は、心の揺れをさとられないよう、軽く会釈をして視線をはずした。素知らぬふりで酒を飲みながら、俺は男を盗み見ていた。美しい──人形のように端整な顔立ち。とりわけ、その形のよい艶やかな唇に俺の目は吸い寄せられていた。


 すると、男は巾着を台の真んなかに乗せた。重そうな銭の音がした。運だめしに、私と勝負をしてみませんか──頬笑んで、男が言った。


 『あなたが勝ったら、これをすべて差しあげます。私が勝ったら、あなたの一夜をこれで買い取ります。どうです、私の申し出を、受けていただけますか』


 悪くはない、と俺は思った。どちらにせよ、金が手に入る。そして、俺の興味は巾着の中身よりも男に傾いていた。鬼が出るか蛇が出るか──覗き穴に目玉を近づけ、男の正体を確かめたいと思ったのさ。


 俺は勝負を受けた。板間で賽子サイコロ遊びをしている小僧を呼んできて、そいつにさいを振らせた。俺と男は、賽子に細工がないことを確かめた。小僧は、指の間で賽子をクルクルともてあそび、湯呑みの中に放り込んで伏せた。逆さの湯呑みを真ん中に、銭の入った巾着の横に寄せて、小僧はニヤリとした。


 どうぞ──言って、男は選択を俺に譲った。


 半──と俺は告げた。

 丁──と男は受けた。

 

 『勝負』


 ガキは湯呑みを持ちあげた。

 賽の目は一と二ピン・ゾロ、俺の勝ちだ。


『これはあなたのものです。お受け取りください』


 男は静かに告げた。

それから、酒代を台の上に乗せ、奥にいる店主に、ここへ置くよ──と声をかけた。振り返って俺の顔を一瞥した男は、さようなら──と言い、それきり、あっさりと男は俺に背を向けて店を出た。


 小僧が俺の前に手の平を差し出していた。

分け前をよこせ、といっているのだと気がついた。ガキは、顔見知りの俺からなら駄賃を取れると踏んで、勝手に如何様イカサマをしていやがった。俺はガキの胸倉を掴み、足が宙に浮くまで持ち上げて、地面に叩きつけた。ガキは俺を睨み、吠えてきた。

だが、俺が前へ出ると、途端に怯えた顔になってを体を後ろに退いた。


 俺は男が出て行った戸口を見た。


 『さようなら』


 そう告げた男の声が、耳の奥で鳴り、じわりと胸に沁みた。」





🌸 三  甘露  ─ かんろ ─



「ここで別れてしまったら、二度と会うことはないのかもしれない。俺の足は男を追って店の外に向かった。右を見、左を見、遠く闇に消えかかる男の姿をみつけた。

 待ってくれ──駆けてゆき、男の前に回り込んだ。黒々と潤んだ両の目が、不思議そうに俺の顔を見あげてきた。俺はとっさに男の腕をつかみ、暗がりに連れて行った。路地の土塀に追い込むと、その唇を奪っていた。


 それはなめらかな、想い描いた通りの舌触りだった。俺は夢中で口を吸った。男はされるがまま、俺を受け入れていた。長いこと唇を味わった。


 やがて、唇が離れると、男は膝から力が抜けたようになって、俺の体にすがりついてきた。


『乱れたいのです。どこでもいい、早く私を抱いてください』


 頬の毛が、ザワリと波立った。同時に、心臓は早鐘を打ち始めた。恐ろしく、震えるような昂りが身の内から涌いてきた。感情は言葉にはならず、俺は左腕で男の腰を引き寄せた。


 月の、明るい夜だ。俺は服のたもとで男の姿を包み隠した。男は俺の脇に体を引っ付けて、俺に歩調を合わせていた。たしか、この辺りに訳あり者が使う宿があったはず──俺は歩きながら考えていた。胸の音を、男に聴かれている。こうしたことは初めてだが、狼狽うろたえていると気取けどられたくはなかった。


 その宿は、一見して寺のような構えで、男同士の忍び会いに使われていると噂に聞いていた。暗い廊下を、手燭を持った宿の下男が先立って歩いた。下男は節目がちに、顔を合わせないよう気遣っている様子だった。その間も、男は俺の胸でかおを隠すようにしていた。


 下男は部屋の行灯に火を入れた。


 では、ごゆるりと──顔を伏せたまま、下男は部屋の戸を閉めた。去っていく足音を聴きながら、俺は男の髪を掻き分けて前へ流し、首筋に唇を這わせた。白いうなじはうっすら汗ばんで、香油を染み込ませた髪が、甘い香りを漂わせていた──」


 そこで、草介は話しをとめた。酒を一啜ひとすすりし、喋り続けて乾いた口を潤す。


「この先を、おまえは聴きたいか」


 草介は、上目遣いにいらうような目を向けてきた。哲郎は無言で草介の顔を見返した。いつもなら、こんな伺い立てなどしない。こちらが聞きもしない睦事の仔細を、勝手に喋り続けるのに、今日に限って出し惜しみしていやがる。その口調は、話しながら自らが昂っているように感じられた。


 草介は目を細めた。


「聞きたそうだな。」


 哲郎の目に危うい光が点滅したのを、草介は見逃さなかった。どうにも人には『怖いもの見たさ』という感情がある。

 そのお陰で、草介の書く怪談話を、好んで読む者がいるのだ。


 ゆっくりと舌先で唇を湿らせてから、草介は話しを続けた。


「俺は、男を部屋の真んなかに立たせ、服を脱ぐように言った。裸の男を目の当たりにしたら、俺の気持ちがどう動くか、知りたかった」





🌸 四  一夜  ─ いちや ─



「男は、帯をほどきはじめた。ゆるりと、着物は足元に落ち、黒い花のようにたわんだ。


 行灯あんどんの薄明かりに、艶やかな黒髪を垂らした白い肢体が浮かびあがった。ほう、と見惚れる姿だった。脆弱さはない。鞭のように引き締まったしなやかな体だ。


 よく見ると、男の肌には無数の刃傷が走っていた。それで興醒めしてもおかしくないところだが、俺はその傷に不思議な興奮を覚えた。率直に──そそられた。近づいて、傷を指でなぞり、唇で辿り、えぐるように舌を這わせた。


 えもいえず、男の肌は甘く香った。その匂いに酔わされ、たまらずに傷を舐め回してた。舐めていると、傷から甘露が滲み出てくるようだった。着物の前をはだけ、下履きを引き下げて下帯を解いた。


 俺のモノは硬くしなっていた。体を合わせ、猛ったモノを男の腹にこすりつけた。唾液でぬめった男の腹の肉に、腹を押し付けて上下させた。そしたら──なんと、弾けちまった。目から火花が飛び散りそうな勢いだ、あッ、という間に昇天したよ。


 なあ哲郎、俺は宿無しで、自分の立場をわきまえているから、宿を貸してくれている女との最中に我を忘れることはないんだ。手前勝手に終わらせるようなことはしないのさ。だから茫然となった。仕置きで、水桶を頭に乗せて立たされているガキみたいに、恥ずかしくなった。


 うつむいた俺を、男が憐れんだように見えたから、思わずパシンと頬を張った。男は体制を崩して倒れた。頬を押さえながら、男は媚びるような上目遣いで俺を見上げていた。口づけを交わしたあと、乱れたい──と訴えた男の切実な声音を思い出した。乱れ狂う、男の姿を見たかった。


『望み通りに乱れさせてやる。いまより一言一句、俺の言葉を聞き漏らすな。おまえは浄瑠璃人形のように、俺が操る言葉の糸に踊るのだ。たがえれば罰を与える──その背にムチをくれてやる』


 俺はえたモノを握ってしごいた。割れ目から雫が滲み出していた。きつく反り返ったモノを男の目前に据えた。


 欲しいか──男は目を細め、見つめて言い放った。


『いい子にしていたら、後でたっぷりと、こいつで可愛がってやる』


 雫を中指の先に掬い取って、男の口に近づけた。男は舌を出し、ぺろりと指先の雫を舐めた。それから、猫みたいに両手を畳につき、首を伸ばして美味そうに俺の指をしゃぶりはじめた。

 男は舌を絡めながら視線を合わせ、もっと旨いものを──と、ねだっていた。


 その舌使いは絶妙だった。堪らなくなり、俺は指を引き抜いた。男の髪を掴み、俺の股間に顔を持ってきた。口許に、竿先がぶつかった。男は、いったん顔を離してから、口づけをするように鈴口に唇を触れ合わせた。口を薄く開いて竿先を半ば含むと、軽く頬をすぼめ、じわじわと根元まで納めていった。

 湿りを帯びた柔らかい肉へ割り入る感覚は、至極──という言葉に尽きた」





🌸 五  のこり香  ─ のこりが ─



「男は、俺が『よし』と云うまで、飽くことなくしゃぶり続けた。


 尖らせた舌先で裏側をユルユルとなぞりあげながら、俺と目を合わせてきた。形の良い唇が竿先を柔らかく咥える。根本を、環状にした親指と人差し指でささえる。

 唇が淫らにすぼまるさまを見せつける。

 尖らせた舌の先は、鈴口の溝を掘りながら、竿を締めつけ、甘噛みし、ふたたび付け根まで飲み込んでゆく。


 根元から先が、溶けちまうかと思った。

 莫迦みたいに気持ちがいいのさ。


 男が顔を動かす度に、くちゅくちゅと濡れた水音が響いた。

 男の息づかいが、熱く濃厚になってゆく。

 銜えた肉を、口唇に舌に、口蓋に当てて擦り、頬に刺激を受け、愉悦に浸り込んでゆく。


 切迫した。

 ぐっとこらえ、俺は男の口から己を抜いた。

 途中、何度も危うく果ててしまいそうだったが、一度いているんで耐えることができた。


 俺の股間から顔を上げた男は、白い指を口唇にあて、余韻を楽しむかのようにうっとりとなっていた。


『いい子だ、褒美をやろう。』


 頭を撫でなから云うと、男は目を細め、泣くような微笑を浮かべた。

 その儚げな表情に、俺は嗜虐を掻き立てられた。

 俺は上着を脱ぎ、男の上にのしかかった。

 上になり下になり、獣のように声を放ちながら、際限なく体をもつれ合わせた。


 ……情事コトが済むと、小鳥みたいに男は俺の体に収まって、男は涙を流していた。

 俺は疲れ果て、男を胸に抱いたまま眠りに落ちていた。


 陽の光に目覚めると、腕の中にいたはずの男は姿を消していた。──」


 枕元に金の入った巾着が置かれていたから、その夜の出来事が夢ではなかったのだと確認できた。

 今も、鼻の奥に残る香りに、草介の胸は切なくなる。


 目を細める草介を眺め、揶揄やゆするように哲郎は言った。


「おまえは、その男に惚れちまったンだな」





🌸 六  天女  ─ てんにょ ─



「そんなんじゃねぇ。」


 草介は嘲笑わらった。


「金を返そうと思ったのさ。本意じゃない、イカサマでせしめた金だ。これが手元にあると、何だか寝覚めが悪くてな」


「その男、そんなに良かったのか」


「まあ、な。俺は名器と呼ばれる女と手合わせしたことがあるが、それ以上だ。名器ならぬ名門ヽヽというやつさ。

 だが、色子あがりという気はしなかった。薄汚れた感じはない、立ち居振る舞いに気品ヒンがあった」


「そんな男なら、どこぞの金持ちの囲われ者かもしれないな。老耄ジジイの相手に飽いて、若い男の体が欲しくなったってところだろうぜ」


 哲郎は、諭すような口調で続けた。


「なあ、その金はもらっておけよ。

 そりゃあ大方口止め料だ。素姓を明かさず、名も告げずに去ったのがその証拠さ。男は、行きずりの相手に抱かれ乱れた一夜を、『春の夜の夢』としたいのさ。


 夢は、夢のまんまにしおけ。会ったところでイイことなどない。まあ──俺も似たような経験があるのさ。酔いに任せて女と茶屋にシケ込んで、朝日の下で昨夜の相方を見たら、胃の腑のものがこみ上げてきたぜ。おかめ顔にベッタリと白粉おしろいを塗り込んだ大年増だったのさ。口を開けてガアガアいびきをかいて、俺の腕に臭いよだれを垂らしていやがった。俺は口を押さえながら、慌てて着物を拾い集め、逃げ出した。


 だがな、昨夜はそのおかめの余りじしが愛しいと思えたものさ。その女、ナニの扱いがスゲえ巧みだった。俺は感動して悦に入って涙を流したものさ。目覚めるまで、その女は天女様だった。いまは、おまえもその男を、さながら『月読つきよみ』だとでも思っているのだろうが、実際は、くたびれた年増陰間かげまだった、という筋書きもある。あんまり期待すると、後が酷いぜ」


「覚悟はあるさ。酷ければそれに越したことはない。すっぱりと忘れるさ」


「いい心掛けだ。必ず、と断言はできないが、手を尽くしてみるぜ。」





🌸 七  雲雀  ─ ひばり ─



 三日ばかり経って、酒場で呑んでいる草介の前に哲郎が現れた。


「お前が話していた男の風体に、心当たりがあるという者がいたのさ。」


 そう云うと、哲郎は向かいに座り込んだ。


「案外早かっただろ、俺も驚いた。

 手掛かりも少なくて、大体、お前の記憶もあてにはならんしな。

 まあ、その男がお前の捜し人かは、怪しいものだが、……」


「──どこで見たんだ?」


「ああ、何日か前に役所に商売の届け出をしに来た男がそんな感じだったらしい。

 涼しげな風情の優男で、立ち居振る舞いに品がある、──お前が云うように、腰の辺りまでの黒髪が印象的だったと云っていた。

 二ヶ月ふたつき前に、男は入国している。

 他に、俺の同僚にも『見た』という者がいてな、そいつの話しでは、その男、縁環えんかん(公園)で、講談というか、一人芝居のようなことをやっていたそうだ。

 俺の管轄とは違う場所なんで知らなかったが、ふと足を止めたら引き込まれ、そいつは結局最後まで観ていたそうだ。

 美しい歌声に人集ひとだかりができ、口伝えに評判を呼んでいたらしい。


 それとな、青竜の、〈迅水じんすい組〉の市蔵いちぞうと親しい仲だという。

 組の若いのが付いて歩くのを、見ている者がある。

 俺はその男を見てはいないが、そいつがお前の尋ね人だとして、やくざ者が後ろに控えているような奴とは関わらない方がいい。

 近づくにも、慎重にしろよ。」


「──その男の住まいは判るか?」


「まあ、な。」


 こいつ、俺の忠言を聞いてねぇな、──と、哲郎は気がいている草介に呆れた。


「東風村の、蓮沼神社の近くだ。

 集落から神社に向かう一本道の途中、三軒の家がある。

 一番外れの家の脇道を入り、坂を上がったとこに庵があるのさ。

 元々は〈花菱はなびし〉という染め物屋のご隠居が建てたものだが、主が死んじまって、住む者のない家はイタむからと、人に貸すことにしたそうだ。

 まあ場所が場所なんで、借り手もなかなか現れなかったみたいだな。

 家賃を、前払いで一年分入れてあるらしい。そんな金があるなら、あんな辺鄙へんぴな場所でなしに、他に幾らでも良い物件があっただろうにな。

 ──行ってみる気か?」


「そうさな。」


 お前はヒマだからな、と、哲郎は胸のうちで呟いた。


「で、その男、名は何というんだ?」


「ああ、諭利ゆりというそうだ。

 百合、──花の名と覚えていた。」


 ユリ、と草介は呟いた。

 涼しげな風情、美しい黒髪、 ──そして「唄」だ。

 あの夜、俺が寝付くまで、男は唄を歌ってくれていた。

 少し掠れぎみな甘い声、合わさった体からじかに伝わる音に揺られながら、俺は久しぶりに安らかな眠りを得た。

 これは、哲郎には伝えていなかった事柄だ。


 草介は音の響きを愉しむみたいに、その名を再び口にした。


「諭利。」


 俺の、──雲雀ひばり





🌸 八  想い人  ─ おもいびと ─



 ──あいつは馬鹿だな。


 と哲郎は考えていた。

 草介のことだ。

 あいつは一夜、金で男に買われたのだそうだ。

 で、その相手の男を、俺に捜してくれと頼んできた。

「受け取った金を返したい」というのが理由だが、買われたというのに可笑オカしな話だ。

 どうもその男に、本気で惚れてしまったらしい。

 金を返す、などとは口実で、あわよくばと下衆な望みを懐いているのだ。

 全く、とんだお笑い草だ。


 哲郎は役人仲間に、「こういう男を知らないか」と、草介から聞いた男の風体を話してみた。

 すると、内の一人がすぐに思いついて、「そういえば」と話しだした。

 そいつの話しによると、──


『俺が、その男を覚えているのにも理由があるのさ。

 この国でよそ者が商売をするには、身元のしっかりした保証人が二人必要だろ。

 その保証人というのが、桃華とうか会(俳句の会)の杉田屋と白浜屋なのさ。

 商いの組合でも重鎮の杉田屋が、署名をしてやっているんだ。

 その男、茶の商いを始めるそうだが、どういう素姓の者か、気になるよな。』


 草介に、それらしき者が見つかったと伝えてから、哲郎はそこで終わりにはせず、調べを続けていた。

 商売の組合は「よそ者」を極力入れない方針を取っている。

 それを提唱しているのが、誰あろう杉田屋だ。

 商いの組合の長を務め、高潔で気難しいとして知られる人物を、その男は動かした。

 男の背景に何があるか、確かに気になる。

 桃華会の者に、その男を紹介したのは白浜屋だ。

 そして、白浜屋に口利きをしたのが市蔵。

 市蔵と白浜屋の文長ふみたけは昔の悪仲間で、その関連から、白浜屋がひと肌脱ぐことになったようだ。


 草介の想い人は「ワケあり」だ。

 哲郎は、諭利という男を一目見たいと思った。

 それが、どうしてだか縁遠いらしく、何度か行き違いになり、会えずにいた。


 その日は、男が商売の手続きに来ると聞いたので、用もないのに役所に出向き、座り込んで無駄話しをしていた。

 昼前に、男は姿を現した。

「あの男さ」と、知人は哲郎に耳打ちした。教えられずとも、入って来た瞬間に判った。

 哲郎は男の姿を盗み見た。

 人形のように美しい、──草介が語ったままの姿だ。

 身の内に女を宿したなよなよとした男を想像していたが、対応している役人との遣り取りに、そのテの男を想わせる独特の言い回しは感じられない。

 視線の先にいる男と草介の想い人、別人だと断定できないのは、哲郎がその男に惹かれるものがあるからだ。


「おい、あの男はお尋ね者なのか、──何をやらかしたんだ?」


 隣で茶を啜っていた役人は、哲郎に肩を寄せ、小声で話しかけてきた。


「ちょいとね、頼まれたんですよ。

 ある御店おたなの娘に縁談が持ち上がっているんだが、どうやら娘には男の影が見え隠れする、内密に調べてほしい、とね。」


 哲朗は、ありがちな話をでっちあげた。





🌸 九  護飾り  ─ まもりかざり ─



「それで、ダンナは仕事の片手間に小遣い稼ぎをしてるんですかい。」


 初老の男は、若い哲郎をからかうように云った。


「役人の俸禄ほうろくじゃ、酒も満足に飲めやしませんよ。

 毎日、足を棒にして働いてるってのに、民衆にゃ文句を云われるばかりだ。

 このくらいの楽しみがあってもイイじゃないですか。

 そういうダンナだって、商人に目零めこぼしをして小銭を稼いでいるそうじゃないですか。」


「あんたは、まだ独り者だからいい。

 こちらは所帯を持つ身だ、色々と大変なのさ。」


 男は悟り顔で云い、艶やかな黒髪の後ろ姿に視線を投げた。


「その御店の娘とやら、だいぶあの男に入れ込んでいるのだろうな。」


「そう思いますか。」


「ああ、俺はもう三十年ちかくここに居て、人の出入りを見ている。

 そいつにどういう背景があるか、何となく判るのさ。

 あれは一見、物腰柔らかな優男だが、どこか毒を孕んでいて艶がある、──」


 男は小指を立て、意味ありげな笑みを浮かべ。


「あの男、杉田屋のコレだって噂だ。

 堅物の杉田屋が、あの男に首ったけなのさ。

 桃華会の者が陰口を叩いていたよ。

『相談もなしに勝手に組合に入れた、破格の扱いだ』とな。

 よほどお気に召したのだろう、杉田屋はあの男を毎夜連れ歩いていたそうだ。


 ま、それもただの噂だと思っていたが、姿を見て妙に納得した。

 容姿みてくれがどうこうでなしに、世の中には人を惑わす術を授かって生まれついた者がいるのさ。

 うっかりしていると絡め捕られてしまう。

 ダンナも気をつけなよ。

 危うい目をしているよ、あんた。」


 さも心配そうに、男は哲郎を見つめる。

 その口端は微かに上がっている。


 ──こいつは俺を揶揄し、楽しんでやがる。


 俺じゃない、──哲郎は強く否定した。

 捕り込まれているのは、草介だ。

 馬鹿な奴だ。

 あいつは自ら蜘蛛の糸にかかろうとしているのだ。


 ──名家の子息には阿呆が多い。


 皮肉げに、哲郎は草介を想い浮かべた。


 草介は貴族だ。

 当人はそれを隠し、「俺は半農半士の地侍の小倅だ」といっているが、哲郎は草介が貴族だという証拠をつかんでいる。

 草介は、貴族の証の「玉飾り」を持ち歩いているのだ。


 いつぞや、──銭湯で草介と居合わせたときのことだ。

 目が合ったので側へ行き、着物を脱ぎながら、ここ数日の賭けの勝率がどうとかいう他愛ない話しをした。

 裸になると、草介は手ぬぐいを引っ掛けて先に湯屋へ入った。


 『あいつは貴族なのだろ?』


 哲郎に、こう訊ねた者があった。

 そいつは偶然、玉飾りを目にし、これは貴族の持ち物に違いないと確信したそうだ。

 目の前の草介の衣を見ながら、哲朗はその事を思い出していた。


 ──貴族、といったところでピンキリだ。

 たとえ事実だとしても、豊国の生まれでない俺は、格別にかしこまる必要はない。


 そんな気楽な気持ちで衣に手を滑り込ませ、哲郎はそれを見つけた。





🌸 十  素姓  ─ すじょう ─



 哲郎は目を見張った。

 貴族に子が誕生すると、その子の健勝を祈って贈るとされる「玉飾り」が、確かに出てきた。


 哲郎の手は震えた。

 一目で高価なものと判定できた。

 哲郎の生家は質屋をしている。

 遊廓の側に店を構え、主に芸妓相手に装飾品を扱っている。

 それゆえ、子供の時分から細工物は見慣れていた。


 ──これを造らせるのは相当な名家だ。


 最良のものでは、屋敷が一軒建つという。

 この飾りなら、下にある小さな玉一粒でも、二、三年は遊んで暮らせるだろう。


 『桂颯』


「桂」は家名で「颯」は草介の真名だろう。そして長子の印の「子」という文字が刻まれている。

 草介は、桂家の嫡子なのだ。

 桂家は豊国の八大貴族の内の一つ、西北部の広大な地を治めている。

 領土は珠国とほぼ同等の面積があり、権威は一国の王と変わりない。

 草介の、あの尊大な態度にはこうした裏打ちに基づくものなのだ。


 哲郎は、玉飾りをそっと着物の中に戻した。そして素知らぬ顔をして湯屋に入った。


「なんだ、遅いじゃないか。」


「ああ、ちょいと知人に捕まっていてな。」


「俺はもう出るぜ。」


 草介は湯船から立ち上がった。

 ザブンと湯が波立ち、六尺の柱がそそり立つ。

 人目を惹く、堂々たる体躯だ。


 ──こいつは前も隠さない。


 苦々しい想いで、哲郎はその背を見送った。


 草介は、豊国の鳳崇院(大学)を受験するために郷里を離れ、合格を目指して都の塾に通っていた。

 故郷の邑では群を抜く秀才で、将来を属望された身だった。

 都で草介が官職に就くことになれば、邑にも恩恵がある、──そうした理由で、高額な留学費用を用立てて貰っていた。

 当時の草介は、「努力さえすれば立身出世は叶う」そんな甘い夢を懐く田舎者だった。

 しかし、都で暮らすうちに、世の中の仕組みが見えてきた。強力な後ろ楯のない貧乏武士の倅は、幾ら優秀であろうと官職には就けない、立身出世など夢である、──そう気づくと、己の人生にも見切りがついた。

 されど、期待をされていただけに、故郷には戻れない。

 そして行き場もなく、失意のうちに珠国に流れてきた、──そう、草介は語っていた。


 哲郎は、草介が己の境遇を嘆くのを聴きながら、「そうだな、世の中は不条理なことばかりだ」と話しを合わせ、相づちを打った。


 ──ありがちな話だ、だからどうした。

 大体、世の中の仕組みがドウトカってのは言い訳だろ?

 田舎の秀才が、都では凡人だったと気づき、「勝負にならぬ」と逃げ出したのだ。


 哲郎は腹のなかで、そんな言葉を巡らせていた。

 それというのも、草介がなぜだか女にモテたからだ。

 草介は、大した仕事もせず、女に拾って貰って、お気楽に遊び暮らしている。

 女とはあまり長く続かないが、一人の女と別れても、すぐに別の女が現れて草介を拾うのだ。

 そもそもそこが、哲朗のしゃくさわるところなのだ。





🌸 十一  御曹司  ─ おんぞうし ─



 美しい女たちが、代わるがわるに草介の世話をする。

 花につどう蝶のように、女は生まれ持った独特の勘で、高貴な血統を嗅ぎ分けるのかもしれない。


 哲郎は顔をしかめた。

 草介が、酒を飲みながら沈痛な面持ちで語った言葉は、すべて嘘だった。

 大学受験を諦めたと話していたが、それも事実とは異なる。


 桂家の嫡子は、朱国の尊徳院(大学)を卒業している。

 朱国は学問の都として知られ、最上の知識を得ようと各国から秀逸な学徒たちが集まってくる。

 尊徳院は、その中でも飛び抜けて優秀な、しかも由緒正しい名門貴族の子弟しか入れない、朱国の最高学府だ。

 そして尊徳院は、入ることより出ることの方が難しい。

 そこを桂颯は、一度の受験で合格し、難なく卒業しているのだ。

 草介の所持する「守り飾り」を目にして以来、哲郎の草介を見る目は変わっていた。


 こいつは嘘つきだ、──そして、草介が嘘をつかなければならない何かが起きたのだ。


 桂颯が在学中、父の桂篤けいとくが死んだ。

 葬儀のため、桂颯は一度帰郷している。

 その際に、親族で話し合いが持たれ、桂颯が家督を継ぐことが決まった。

 ただし、大学卒業までが一年を満たない期間であったため、学業を優先し、正式に当主となるのは卒業を待ってからとなった。

 尚、桂颯が不在の間、執政は叔父の桂徹けいてつが代行するということで合意した。

 卒業後、しかし桂颯は領地へ帰らずに行方をくらませた。そして三年、桂颯は不在のままだ。

 一部に、桂颯の失踪は父親の死と深い関わりがあるという噂が流れていた。

 桂篤の死には不明瞭な点があり、桂颯は身の危険を感じて身を隠したのではないか、──そんな憶測が囁かれていた。

 表向き、桂颯は珠国に留学していることになっている。

 これは、桂颯が桂颯の潜伏先を知った上で、桂颯を放置しているということだった。


 実質的に、領地を治めているのは桂徹だ。

 領民も、桂徹を領主として認知している。

 その上、近年、桂徹が領地内で独自におこなっていた産業改革の成果が表れ始め、領民の暮らしにも徐々に潤いが浸透しつつあるのだ。

 その改革の一つの例が、空いた土地に桑を植えて養蚕をすることだった。

 これは、単に生糸を商品として売るのを目的としたものではない。

 反物を織る過程までをその地域で一貫しておこない、各地へと輸出するのだ。

 個人ではなく国単位の事業としてやることで、確かな流通の経路を確保し、物の値を安定させていた。


 領民は、具体的に利益を与えてくれるものを支持する。

 安定した生活の保証をしてくれる者であれば、領主は誰であってもよい。

 嫡子であろうと、名門大学出の秀才であろうと、年若く何の実績もない桂颯より、「桂徹を領主に」と望む声が高いのも、当然のことだった。


 『故郷に帰れない』


 草介の呟きが思い出された。

 あれは、桂颯の真の言葉だろう。





🌸 十二  人形  ─ にんぎょう ─



 だからといって、草介を憐れむ気持ちはない。

 これまで並み以上の暮らしをし、何の汚点もない人生を歩いて来た者に、同情をする気にはならなかった。

 それに、人というのはからだ。崖に落とされた者が、次にどういう行動にでるか、人の真価が試されるところだ。

 見たかぎり、この三年余りの間に草介が何らかの行動を起こした気配はない。

 崖の底で、ウジウジと泣き言を垂れていただけ、──所詮、それまでの男ということだ。


 手続きを終えた諭利が、役所から出てきた。

 石段をなかばまで下りてきた諭利を見て、哲郎は石段をゆっくりと上がり始めた。

 歩を進めるごとに、諭利へ近づいている。

 どくどく、脈が早まるのを感じている。

 草介の話のせいで、その姿を直視することが躊躇ためらわれた。

 己が、諭利と交わりでもしたかのような、妙な気分になっていた。

 その体を、隅々まで知っている、──乱れる姿が脳裏をぎる。


 『浄瑠璃人形』


 と、草介は云った。

 草介が物書きをしているのだと知ったこの男は、「ならば言葉で責めてくれ」と頼んだのだそうだ。


 すれ違いざま、よせばいいのに哲郎は声をかけてしまっていた。

 魔が差した、としかいいようもない。

 そんな言葉を吐く気はなかった。


「──人形に、なりたいか?」


 諭利は足を止めた。

 ゆっくりと後ろへ顔を向けた。

 何を云っているのか分からない、という顔つきだ。

 当然といえば当然の反応だった。


「あなたは、なりたいのですか? ──人形に。」


 そう、諭利は返した。

 首をかしげ、おかしなことを言う人だ、という風な顔で愛想笑いをする。


「失礼します。」


 しばし、哲朗の応答をまったが、言葉はなかった。

 諭利は会釈をし、再び石段を下り始めた。


 吹き上げる風が、軽やかに長い髪をさらう。

 香油だろうか、何か、甘い果実のような香が漂ってきた。


 ──この男だ!


 と、哲郎は感じた。


 ──間違い無い、俺が抱いたのは男だ!


 哲郎はハッと気づき、そんな事を考えた自分にゾッとした。

 これ以上は立ち入ってはいけない。

 草介のように囚われてしまうのは、御免だ。


 ──目を覚ませ!!


 哲郎は、己にかつを入れた。





🌸 十三  勘繰り  ─ かんぐり ─



 胸を騒がせる香りだった。

 あの瞬間、不本意ながら心を奪われていた。堅物の杉田屋が籠絡されたというのも、納得だ。

 は、人を惑わせるすべを授かって生れついた者だ。


 本心をいえば、「一夜ひとよの男」が醜い年増の蔭間であればいいと思っていた。

 美しい女を渡り歩く極楽トンボは、少しばかり痛い目に遭えばいい。

 それが、目の前に現れた男は、月精の如き麗人だった。

 草介が熱を上げるのも無理からぬことだった。

 男は、見た目の美しさに加え、人を惹きつける色香を持ち併せている。

 実際に会い、そういう嗜好のない己自身がそう感じたのだ。

 こうなると、草介に対し、何やら嫉妬めいた感情さえ懐いてしまう。

 男の方から草介に誘いをかけたのだとすると、それは、あの男が惹かれる何かを、草介が持ち合わせているということになる。


 ──あの男は知っていたのだろうか?


 草介が桂家の嫡子だということを、知った上で、あいつに近付いたのだろうか?


 哲朗は、己が男として草介より劣っていると思いたくはなかった。

 自尊心を傷つけず、納得できそうな理由を考えてみた。

 己と草介が大きく違う点、──それは出生だ。

 出生は自力では変えようがない。


 ──いくら美しかろうと、所詮は男。


 胸に呟き、哲朗は感情を抑えることに努めた。


 後日、哲郎はいつもの飯屋で草介と合った。


「──例の男と、会ったのか?」


 哲朗は、平静を装いながら草介にこう訊ねた。 


「諭利という男、お前の尋ね人だったのか?

 どうなんだよ、家まで行ってみると意気込んでいただろ。」


 草介は、冷めた目でこちらを見た。


「ああ、違っていた。」


 蕎麦を持ち上げた状態で箸を止め、感情のない声色で草介は答えた。


「無駄足だった。

 こちらが頼んでおいてすまないが、捜すのはやめにした。」


 嘘だろ? ──そう言いたげな哲郎の視線を受け、草介は、面倒くさそうに説明を足した。


「目が覚めたのさ。

 相手はだ。

 お前の忠告のどおり、会ったところでイイことなどありはしない。


 そのことは、もう忘れる。」


 そう云ったきり、草介は蕎麦をすすり続けた。 

 あれほど熱を上げていたのに、やけにあっさりとしている。

 その態度で、逆に確信を得た。


 ──想い人は、あの男で間違いない、すると何か進展があったってことか?


 そう考え、探りを入れようと声を発しかけて、言葉を飲み込んだ。


 ──まあいいさ、俺には関係ないことだ。








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