第3夜/猛禽は相見える

 ガーアイト王国。

 それはこの星の世界を構成する主たる巨大な五大陸のうち、一番の栄華と発展を誇るリゴクレス大陸の中心部に存在する国である。

 魔術の才、錬金術の才、かつて創世の神から与えられたと言う二つの力を世界に住むどの種族も発展させていってから早三千年の月日が経ち。ひとつの巨大な幹から何億もに枝分かれした先で様々な花を咲かせては、研磨された技術を更に高みへと押し上げる為にこの世界は緩やかにだが確実に栄えていった。その積み重ねの集大成とも言うべきリゴクレス大陸は、五大陸の中でも「神の望んだ作品」と例えられることが多いほど、と言えば、その中心にあるこの王国がどれほどの歳月をかけて切磋琢磨してきたかがわかるだろう。


「…催しの時以外は使い道が無いとは言え、お前がここにいると私が罪人のような心地になるな」


 様々な歴史の流れの中で、小さかった区域が少しずつ合わさり離れ、それぞれの文化が育ってきた。消失したものも数え切れない程あるが、その分産まれた事物も同程度。大昔には部落での戦いなども飽きることなく続いていたし、大陸内でのいざこざのお陰で未だに怨恨の残る忌み地も根を張っていることはあるが。

 何十、何百と名を変え、散り散りになり。文化、文明、技術、それらが平和という一点に向かい、更に長い時を刻んで合併に合併を重ねた。そうして出来た今の美しい王国にガーアイトという名をつけた初代国王が即位し城を建てたのは三百年程前になる。王国としての歴史は未だ浅いながらも、血の滲むような努力の痕跡が、目を開いた場所全てに眠っていた。


「ああ、そのままでいい。お前なら真っ先に私の元に来てくれると思っていたよ、ラウル」


 そして今。

 十一代目の王は、話す。

 それは落ち着きはらった声だ、しかし裏には張り付いた威厳が確かに存在し、厚みのある低音がいっそう圧を放っていると勘違いしそうになるくらいには強さが自然と表されていた。

 声だけでどれほどの苦労とどれほどの逆境を乗り越えてきたのかということを簡単に想像させるには、他人にこの男の声を数秒聞かせるだけで十分だ。

 白を基調に金色の刺繍が這う衣は、王の褐色の体との境目を浮き彫りにする様を演出し。また、頭部の真白い毛と相まって、創世紀に存在していたと言われる天からの御使いのようだ。大きく鋭い先端を持つ嘴が、言葉を喋る為に積極的に動いている。ハクトウワシの獣人である現王は、今は誰も近寄らぬこの謁見の間にてただ一点に向かい、民草が望んでもなかなか聞くことは叶わぬだろう喜びの声をあげていた。


「アウディ騎士団長には少々無茶を言ってしまったが、何。鳥類の同期のよしみだ。…たった一人の親友に権力を使ったとしても、そうそう罰は当たるまいよ。私は旧い協会のような理念は持ち合わせない獣でね」


 はたから見ればまるで一人芝居だ。王以外の気配を感じられるものなど、今の謁見の間にはないと言うのに。それでも、王が話す先には確かに誰かが、いた。本来彼が座るべきである玉座の前、王はその向こう側に声をかけているようだと、誰かが他にここにもいたのなら言い表したのか。


 ……玉座の裏には、誰がいる?


 ガーアイト城の関係者で玉座に近寄ることが出来るのは、王その人のみであると言うのに。

 王の色が余計に映える謁見の間の壁一面から絨毯までは、きらびやかな極彩色が包み込んでいる。派手な色彩が白と金だけで構成された王の衣を奪い合うようにこの空間の中で強い色を競い合っているように見えた。

 その極彩色に劣ることなく、むしろそれらの色を全て一閃するかのように飲み込みそうな色が今、玉座の後ろに広がっている。それを知るのは今は王だけだ。夜の闇を凝縮した黒より深い黒、踏み込めば途端に全てを見失う暗澹たる先を見せ付けるような色が、ひどく雑にこぼしたような墨のような様子で玉座の裏に横たわっている。蠢く泥のようでいて、夜空の煌きも持ち合わせる不思議な色。その中心に立つ影、そこに向かって王は話しかけていた。

 王と同じ程の高さに目線があるのは、ローブを羽織ったミミズクの獣人。黒が塗りたくられた足元には、彼の靴底に呼応するように鈍い光をあげる人一人分を囲む魔法陣が展開されていた。…責めるでもなく、とがめるでもなく、心苦しいように感じているのだろう、困惑めいた視線が王に向かい。そのまま口を開いて喋る印象も非常に陰鬱である。が、それをものともせずにハッハッハと豪快に笑う王のなんという明るさだろうか。


「気にするな。今はまだ何も聞かない。秘匿は魔術師の基本だろう?それに、そう暴き立てるものでもない。お前が話したい時に話してくれれば、それでいい」


 にこ、と快く笑う王が。次にこぼしたのは、すまない、という謝罪であったことに、玉座の裏に現れた彼も言葉に詰まる。


「……古株の連中らは、未だにお前がこの国にいることを恨んでいたようだが、お前以上に私を恨ませてやれそうだ。お前のお陰だよ、え?皮肉だって?確かにな。陰口だけで済ませていればまだ救いは与えたが、こちらに何も言わずにお前の屋敷に乗り込むなど………無二の親友であるこのハイダル・ガーアイトが黙ってはいないさ。大規模なあぶり出しになることだろうな」


 ――人払いの件は言われずとも請け負わせて頂こう、勝手に助けに行ったことを悪いとは思っていないからな


「協会の人員掃除も尋常でない速度で終わる…じきに、お前や私が使う魔術が異端と呼ばれることも少ない世になれるだろう。まったく、長く生きて様々な事象を見ることがこんなに楽しいなんて、今頃になってお前の言っていたことがわかるよ」


 硬く鋭い爪を持つ指でもって相手を指し、微笑む。王のその表情を直視したであろう対する相手は、一言二言静かに呟いてからとぷんと魔方陣の中に沈んでいった。散らばった黒色も吸い寄せられるように中に消え、今度こそ謁見の間には王以外、誰もいない。


「……いつだって、面白そうなことをしている中心にはお前がいたからなあ。今度の騒動も、さぞ楽しいことだろう」


 事後処理が鬼のように大変だがな!そう一人言い放ち、あっけらかんとした様子でバルコニーへ姿を出した王は遠く離れた景色を眺め続けた。

 快晴の天に包まれた中、この王国で唯一の”地上に落とされた夜”の元に帰った彼の背中を追うような目が、ただ優しくそこに在った。

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