2018年3月20日 奇妙な宇宙旅行

一日一作@ととり

第1話

 宇宙旅行も今日で3か月だ、そろそろ精神が限界なのかもしれない。

 私は目の前にいる、奇妙な同居人を見ながら思った。その同居人はいわゆる妖精のような姿をしている、金色でふわふわした髪、ブルーの目、バラ色の頬、大きさは肘から指先くらいだ。

 それが目の前をぱたぱたと飛んでいる。宇宙なのだから物体は何でも飛ぶ、と思うかもしれないが、この宇宙船は回転で遠心力を生み出して重力の代わりにしている。私はドーナツ型の宇宙船のドーナツの外皮の裏を歩いて生活しているのである。人間は適度な重力がないと潜水病のような症状が出てしまう。潜水病は圧力が高すぎて起きるが、重力が低すぎてもいろいろと不具合が起きるのである。その人工重力(遠心力であるが)を無視してその妖精のようなものは飛んでいる。


 「ねえ、ここで何やってるの?」それが妖精の第一声だった。私は寝ぼけているのかと思ってその問いには答えず、二度寝しようとした。すると妖精は私の服を引っ張ってこういうのだ「ここで何してるの?」それを見た時、私は我が精神を疑った。コンピュータープログラムで何度も精神鑑定をしたが、すべて正常の範囲と出るばかりである。様々なストレスチェックをしたがそれもまた正常の範囲。私はこの原因不明の幻覚におびえていたが、やがて、気にしても仕方ないと思い、それと共同生活をすることにした。それに名前を問うと、「マッシュ」と元気よく答えた。特に害もなさそうなので、気にせず生活しているが、これが奇妙な姿の不気味なものだったらと考えるだけぞっとする。私は昔読んだSF小説を思い出して身震いした。


マッシュは今、机の上で角砂糖を抱えてかじっている。マッシュの好物は角砂糖だ、甘いものはなんでも好きだ。紅茶も好きだ。「ねーダイ(私の名前だ)、ダイはどこに向かってるの?」「土星の第4850惑星だよ」「何しに行ってるの?」「届け物だよ、そこに住む人が地球から大切なものを持ってくるように依頼してくれるんだ」「大切なものって?」「思い出のピアノとか、思い出の机とか、愛猫の皿とかそういう物が多いかな」


ふーん。といってマッシュは角砂糖を離した。「いつ着くの?」「あとひと月で着くよ」「ダイは地球に住んでるの?」マッシュの質問は終わらない「私はほとんどを宇宙船で過ごしてるよ。地球にいると返って具合が悪くなるんだ」私は私の生活と命を支えてる相棒(宇宙船だ)を見回した。この宇宙船が私の世界だった。慣れれば家にいるようなものだ。ほどよい広さ、無駄のない空間、すっきり片付いた部屋、私にとって理想的な住居だった。


ただ一つ地球人である証として、私はちょっとした贅沢をしていた。宇宙船で花を育てているのである。いろいろなことを考えれば狭い宇宙船で花を育てる余裕はない。ただ、この宇宙船は三人乗りである。あと二人の分を使って私は花を育てている。花は咲いたらテーブルに飾る。それが枯れたらまた新しく育てる。美しく咲いた花は本当に心をなごませてくれる。別れた妻と子どもに思いをはせることもある。


妻の名前はメアリといった。子どもの名前は結局教えてもらっていない。私は地球で妻と出会い恋をし結婚した。共に宇宙船で暮らしていたが、妻には宇宙船は合わなかったようで、だんだんと地球に居る期間が長くなった。やがて妻は妊娠した。私は一年の三分の一も地球に居なかった。仕事が楽しかったし、宇宙は好きだったし、私の身体が地球にだんだんなじまなくなっていた。


ある日、地球で妻はいった「私たち別れましょう」私は妻と長い間話し合った。だが妻の気持ちは変わらなかった。子どもはその一か月後に生まれたという。その時、私は宇宙に居た。運んでる荷物の中に古びたベビーベッドがあった。それを見ながら私は、生まれたであろう私の子どもがずっと幸せに元気に暮らすように心から祈った。


花を育てるようになったのは、そのあとだ。私は育てた花を写真に写して残している。小さなフォトブックにまとめてそれを時々見る。写真の腕は日を追うごとに上手くなっている気がする。その写真を誰かに見せたりどこかに発表しようとは思わない。ただ、私の生きた記録としてきまぐれな日記のように撮っているのだ。


「ねーダイ、今何考えてるの?」私は今、自分の子どもは何歳になっただろうかと考えていた。子どもが生まれてもう5年になる。かろうじて男の子だと聞いてる、わんぱくだろうか、何が好きだろう、私が5歳のころはもう、宇宙船や飛行機が大好きだったと聞いている。彼もまた、何か夢中になるものを見つけただろうか。


「マッシュ、君は何者なんだい?」私はひとりごとのように呟いた。



土星の第4850惑星に付いた宇宙船は自動運転モードで作動していた。乗組員は死亡しており、死後ひと月が経過していた。名前はダイ・グランフィールド、重症の宇宙病だった。宇宙病には様々な種類があるが、彼の場合、血液に酸素がうまく取り込まれないという重大なものだった。身体のあちこちの組織が死んでいき、それはそれは苦しいはずなのに、彼の死に顔はあまりにも穏やかだった。


彼の身体から大量のモルヒネが検出された。捜査員が宇宙船を調べると、乗組員が育てたと思しき植木鉢の花以外に、宇宙船の換気フィルターに大量の芥子が生えていた。それは丁寧に世話をされ、元気に伸びていた。誰が世話をしたのかはわかっていない。


捜査員はコンピューターを解析した。乗組員の健康状態、死亡までの記録を付けているはずである。乗組員のダイは、手の施しようがない死亡するような病の時、安楽死を願っていることがわかった。告知は不要。それにコンピューターは全力をつくしたのである。彼が購入した花の種に非合法な種類が混ざっていたのが、コンピューターの計画の肝だった。


コンピューターはダイが苦しまずに安らかに死ぬことを、綿密に計算し、実行した。空気中に微量のモルヒネを含ませて、彼に病を悟らせないようにした。最新の医療技術と最新のAIを搭載したコンピューターには不可能ではなかった。しかし、その動機が謎のままである。どれだけ調べても、乗組員がそのプログラムをあらかじめ設定していた形跡がない。つまり、コンピューターの独断である可能性が高い。これは重大な事件である。コンピューターによる殺人が起きてしまったのかもしれない。

書かれたそれは何を写したのかわからない。しかし捜査員はこう結論付けた。「この宇宙船も彼を愛していたと言わざる得ない」


マシューは5歳の誕生日にあるフォトブックをもらった。母親はいった「これは、あなたのお父さんがあなたのために撮ってくれた、世界で一つのフォトブックよ」


メアリは彼を待っていた。戻ってきたのは彼のフォトブックと彼の宇宙船の、解体されたメインコンピュータの心臓部分だけだった。子どもにマシューと名付けたことは彼に言ってない。マシューが自分の名前をいうときマッシュと詰まっていってしまう癖があることも伝えてない、マッシュが宇宙船好きに育っていることもいってない。だけど、二人には何かが通じ合ったのだ。彼女はそう思うと、夜の空を見て泣いた。

(2018年3月20日 了)

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