見えることと、言葉にすること
あびこ
何かの話
いつか、人間は自分を俗人だと思うようになる
でも、それって本当なんだろうか。
そんなことはないんじゃないんだろうか
気がつかないだけで、どこかにその入口があるのかも
見えてないだけで、
見えてもわかっていないだけで
どこかに「特別な体験」「特別な人間」、そうした特別さへの入口があって、
きっと特別だったんだと。
実は毎日そうだった、気がつかないだけで
自転車で向かう駅、満員の急行電車、学校、青空、
新宿の高層ビル街、電気の明かり、化学の味、
音、人間のにおい、温度、人間が作ったもの、
人間の、人間に、人間が、たくさんいた。
人間が人間の作ったもので、あったものをどんどん狭めていく。
狭めて、雑にして、そしてまた人間もあったものも、広がって、狭めっていって。
そうした世界にひたれる自分は、どこか他人とは違って、でも他人とはその場を共有している。
けど、そうじゃなかった。
そこにいるのは人間であって、誰とも変わらない。
遺伝子があって、伝達物資があって、元素がつらぬいている。それだけ。
人間はそこにいるだけで、そこにいるだけだった。
theyが特別にしないのなら、
自分がさせよう、
世界は自分の言葉を通して特別になって、
そうしていくことが、世界を特別にしていくから。
自分を特別にしてくれるかもしれないから。
それを繰り返せば、いつか特別になるかもしれないから。
何が?
何ものもが。
行ってみよう。見てみよう。言葉に、してみよう。
いろいろなところに行って。
特別な場所じゃなくて、それこそよくあるような、誰も振り返らないような。
路地だったり、高架の下だったり、ビルの隙間だったり、堤防の裏だったり、
その場所で、空間で、自分は何を言うんだろう。何を見ようとするんだろう。
何を言わず、言えず、それでもひたすら何かを言おうとする。
口が回らずとも
舌が絡まろうとも
それでも
何か言えようともならなくとも
言うことを棄てようと思っても
でも、見ることだけはやめなかった。
見ることと言葉ができること、言えることが釣り合わないと、
思いもよらない声が出てくる
ひとまわりする
ひとまわりしている
そしてまた、何かを見に行く。
閉じた世界の中で。
見えることと、言葉にすること あびこ @kmb
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