ジャンク・ムービー・ビデオ・ケース
@Qtarou
第1話 まずはビデオテープを選ぼう
ガラス張りの重い扉を押し開けると、内側からムッとカビ臭い空気が流れてきた。
薄暗い店内で、小さな悲鳴がとぎれとぎれに聞こえてくる。
足を一歩ふみいれて、悲鳴の方向をさがすと、すぐ右側に塗装のはげかけたカウンターがあった。
黒いビデオがならぶ棚を背に、化粧っ気のない少女がつまらなそうな横顔を見せている。
くたびれたエプロンに、黒いボブカット。椅子に深く背もたれて、カウンターにひじをつき、視線はカウンター内のモニターに固定されている。
少女の両耳をおおうのは、時間が昭和で止まったように古臭い店には似つかわしくない、シンプルなデザインのヘッドホン。悲鳴はそこから漏れだしていた。
こっそりモニターをのぞきこむと、重厚な屋内に赤黒い液体が飛び散っている。どうやら流血の惨劇が起きているらしい。
何かの映画を観ているらしい少女のジャマにならないよう、青年は店の奥へと歩いていった。
左右の棚には、薄いDVDのケースがならんでいる。数年前にアカデミー賞をとったような有名作品や、しょっちゅうテレビで放映されるような人気シリーズもある。
しかしほとんどは青年が生まれる前に作られたような、名前も知らないモノクロ映画ばかりだ。
「こういうのはパブリックドメインといってな、著作権が切れているから誰でも販売していいんだよな」
青年が足元に目をやると、右に折れた通路の陰で、友人がしゃがみこんでいた。
先に来ていた友人は、ひょろ長い手足を虫のように折りたたみ、細い通路を占領して、何かを持っている。
その視線の先には『透明人間』(1933年、ジェームズ・ホエール 監督)というシンプルなタイトルのDVDケースがあった。
「ちょっと前に観たんだが、半世紀以上前の映画にしては、VFXがよくできているんだわ。ただ人間が透明になるだけじゃなく、おおがかりな列車転落シーンまであるんだぜ」
そうつぶやきつつも、友人は興味を失ったように乱雑にケースを棚に戻して、立ちあがった。
青年より頭ひとつ高く、美形といえなくもない顔立ち。しかし不健康に痩せこけていて、姿勢の悪い猫背も素材の良さを損なっている。無精ヒゲもボサボサの髪も印象が悪い。
「あいつはもっと奥にいるぜ」
そう親指でさして、青年を先導するように友人が歩いていく。
さほど通路は長くないが、パッケージを見ては立ちどまるので、なかなか先に進まない。
やがて、薄くて無個性なDVDケースのつらなりがとぎれて、棚には分厚いケースがならびだす。
比較的に新しいプラスチック製のケースから、角がこすれて白くなった紙製のケースまで、どれもこれもサイズまで違って個性的だ。
「すごいな、ビデオなんて見たのは昔のホラー映画で登場した時くらいだよ」
そういう青年に、先を行く友人が首をかしげた。
「今でも小学校なんかには古いビデオが残っているだろ」
「そうなんだ。けどさ、わざわざ見る機会なんてないよ」
「まあ、俺もDVDすら最近わざわざ見ることは少ないけどな」
そういって、友人はさらに右へ曲がった。
この店は、カウンターを中心として、コの字型になっているようだ。
奥のつきあたりに達して、友人が片手をあげる。
「よお」
「ひさしぶり」
そう返答して小太りの男が片手をあげるのが、友人の脇から見えた。
もうひとりの友人だ。
「で、こいつに見せたい映画ってなんだ?」
そういいながら痩せた男がまわりの棚を見わたす。
どのパッケージも古びていて、日焼けして薄れたタイトルはよく読めない。
青年が生まれる前からレンタルされているのかもしれない。
「ちょっと昔に作られた日本のアニメ映画さ」
そういって、小太りの男がニヤッと笑った。
ふくよかな顔つきに柔らかい笑顔。しかしメガネの向こうの細い眼は笑っておらず、しずかに相手を観察している。
青年は困惑する。
「アニメも嫌いじゃないけど、ぼくはCG映画のほうが好きかな……昔のはとっつきにくいし、さすがに子供っぽいよ」
痩せた男が口をはさむ。
「いいじゃないか、日本のアニメ映画だって大人向けのものはたくさんあるぜ。特に昔はテレビアニメの延長じゃなくて、映画らしさの再現を目指したものが多かったもんだ」
「そういうのって、たいていエロとかグロとかバトルとか満載のやつでしょ。大人向けというより、大人にならなきゃ見ちゃダメなやつでしょ」
それはまあな、と痩せた男が肩をすくめる。
「ぼくは子供向けじゃないというより、おちついた日常を描いたような、そんな映画を観たかったな」
ただ、とつけくわえる。
「おもしろい映画を紹介してくれるというのは嬉しいし、好みじゃないジャンルでも良い作品ならば楽しめるとは思うけどさ……」
「ふふん、これはまさにそのリクエストにピッタリの作品だよ」
そう笑って、小太りの男がひとつのビデオを棚から抜きとり、パッケージを見せる。
そこには三頭身のキャラクターが真顔でならんでいた。
青い体色に黄色いクチバシ。
どうやらペンギンを擬人化したキャラクターらしい。
青年は困り顔になった。
「これ、ほんとに大人向け?」
痩せた男が身をかがめ、眉をひそめる。
「あ、こいつは聞いたことがあるぜ。しかし、かなりの珍品じゃなかったか」
「いやいや、噂ばかり流れているけど、これがどうしてちゃんとした映画なんだよ」
そういって小太りの男は、カウンターの方向を見る。
せまくるしい通路を小太りと長身がすれちがうことは不可能で、もちろん三人がひとかたまりで戻ることとなった。
カウンターではあいかわらず少女がぶっきらぼうな顔でモニターを見つめている。
ちょうど映画が終わったのか、黒い画面の下から名前がつぎつぎにせりあがっては消えていく。
友人が紙製のパッケージをカウンターに置き、財布から一枚の紙切れをとりだす。「ビデオ券」とだけ印刷された、コピー用紙を小さく切ったものだ。
「予約しておいたのを」
少女は一瞬モニターから目をはなして紙切れを受けとり、そのいかにも手作りのクーポン券をクシャクシャに丸めて、ゴミ箱に投げすてる。
「ん」
それだけいって、少女はカウンターの下から黒いプラスチックの箱をとりだした。
ビデオテープというやつだ。
「どうやれば再生できるかわかるか?」
そうたずねる友人に、青年は口をとがらす。
「さすがに子供のころに使った記憶はあるよ、これをビデオデッキに押しこむんでしょ……でも、デッキなんて持ってるの?」
不安げに小太りの男を見ると「もちろん」とうなずいた。
「借りてる部屋ごとに一台ずつ置いているよ。もうテレビの録画はできないから再生専用だけど、古くてもちゃんと動くさ」
そういって、カウンターに置かれたビデオテープをとりあげる。
これから上映会のはじまりだ。
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