第462話 兄

 ベリコガは明確な回答を示さなかったものの、否定もしなかったのでよしとして僕たちは都市に戻った。

 重たい荷物を三人で背負い、向かう先はもちろんリザードマンの詰め所である。

 リザードマンの詰め所は都市の混乱で空になった商会の倉庫だった建築物が割り当ててあった。

 その為、倉庫が建ち並ぶ中にあるのだけど、これは周囲の住民と揉めない為の配慮なのだろう。

 

「あ、兄さん!」


 詰め所から出てきて声をあげたのはメリアだった。

 手には箒を持っている。


「あれ、メリアなにしてるの?」


 予想外の妹出現に僕は驚いた。

 

「ギーに頼まれて、最近はここの使用人をしてるの。なんと日給がお屋敷の三倍!」


 リザードマンが忌避されがちなこの都市において、求人に募集してくれる人は少なく、もっともリザードマンに慣れ親しんだメリアに白羽の矢がたったのだろう。

 メリアはへへへ、と笑うのだけど先日ギーと迷宮に入ったときも彼女はなにも言っていなかった。

 

「寝泊まりはどうしてるのさ?」


「それはお屋敷に帰ってるよ。ギーと来て、ギーと帰る」


 ということは、ご主人の対南貿易の一環としてメリアがここで働くことになったのだろう。

 

「ギーはいる?」


「ううん、他のリザードマンの人たちと迷宮に行ってる。夕方には帰って来るよ」


 それならもうすぐ帰ってくる。

 ぜひ、ギーの顔も見たかった。

 

「ちなみにギーのお兄さんって、いる?」

 

 たしかここの責任者はギーの兄でリチエというリザードマンだったはずだ。

 

「ええとね、いるんだけどリチエさんは名前を呼んだら怒るよ。ブローンさんって呼ばないとね。私はギーの家族だからリチエさんて呼んでるけど」


 そう言うとメリアは箒を僕に持たせて建物の中に入っていった。

 

「たくましい妹さんだ」


 ベリコガが見えなくなった背中に向かって呟く。

 リザードマンの巣窟で躊躇なく働くのだから、確かにたくましいのかもしれない。


「あれ、ベリコガさんもサンサネラも知ってる? 僕とメリアは実の兄弟じゃないって事」


「アッシは知ってるよ」


「俺は初耳だ。そうだったのか」


 ベリコガが背負った荷物を下ろして言った。

 

「ええ、彼女の両親は僕と会う前に死んでいて、実の兄は彼女を僕に託して死にました。半分は僕が殺した様なもので……」


「それで笑えてるんだからアンタもあの娘も強いな。いや、指導員が強いのは初めて会った日にはもう思い知ってたか」


 言われて思い出したのだけど、そういえば初めて彼ら北方三戦士と会った日に、僕はチャギを燃やした気がする。まあ、些細な事だ。

 やがて、メリアが出てきて僕たちに手招きをした。


「そちら、ギーのお兄さんのリチエさん。リチエさん、兄のアです」


 メリアが紹介してくれたのは、食卓の椅子に座ったリザードマンだった。

 見た目はかなりギーに近い。というよりもそっくりである。


「どうもブローンさん。突然お邪魔しまして」


「イヤ、気にしないでクレ。君には挨拶に行かねばと思っていたノダ。ギーの恩人でメリアの兄でこの都市の実力者なのだロウ?」


 リチエはギーと同じ声で囁くように話す。

 互いの見分けがつかないとは言うものの、裏を返せばギーもそんな風に僕たちが見えていたわけだ。

 

「大変な実力者だねぇ。今やこの都市はアナンシさんを中心に回っていると言って過言じゃない。そうだろ、ベリコガさん?」


 サンサネラに問われてベリコガも頷く。

 

「……まあ、確かにそう言えない事もないだろうな」


「わかっていルサ。息の掛かった領主を擁立シ、南方貿易の立役者でもアル。なによりギーの認める男ダ。こちらから挨拶に行かなかった事を怒って怒鳴り込んだというのなら素直に謝ロウ。妹と違って喧嘩は弱いノダ」


 リチエは両手を挙げ、尻尾を振って見せる。


「ちょっと待ってください、ブローンさん。そんなことをわざわざ言いに来る訳ないでしょう。ギーには僕もすごく助けられているし、メリアを雇ってもいただいているので、挨拶を欠かしたと言うのなら僕の方です」


 僕も慌てて訂正した。

 ギーの兄と揉めたくはない。

 

「それに、今回はお願いがあって来たんです。是非、お時間をください」


 僕は迷宮から持ってきた武器を机の上に置いた。

 

「南方貿易はご主人……ラタトル商会が独占しているのは知っていますが、僕もそれに加えていただきたいのです。品目は食料品と塩。及び可能なら燃料類。支払いは迷宮から産出した武器や防具。いかがでしょうか?」


 リチエは黙ったままじっと武具を見つめる。

 

「ギーに聞いてイル。君が武器を持ってくるだろウト。我々の部族はもちろん大歓迎ダガ、ラタトル商会と揉めるのは困ル。それはそちらで話を付けてクレ」


 それは勿論そうだろう。この建物だって、使用人だって生活物資の手配だってラタトル商会が責任を持って行い、その見返りとして彼らを囲い込んでいるのである。

 しかしながら、結局は物資が入ってくるのであれば結局はどういう形でもいい。ノウハウのない僕の商会からラタトル商会に輸入業務委託をして支払いに武具を用いてもいいのだ。

 ご主人の取り分で多少目減りするだろうが、どうせ法外な価格の食料を買い入れるのだから、それも必要経費として甘んじるしかない。

 

「それから、ここにいるベリコガさんが南方に人探しに行きますので、それの案内と、このサンサネラが生まれた故郷の情報収集も依頼したいんです」


「え?」


「んなぁ?」


 ベリコガとサンサネラは異口同音に驚きの声を上げ、僕を見るのだった。

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