第450話 古老の目論見

 マーロは苦々しく思いながら父の名代として預かって来た言葉をブラントに伝えた。

 戦時の野営地にいるとは思えない程に優雅な男は、そうだろうねと言って頷く。

 周囲にはテントが立ち並び、簡易の木柵が陣地の内外を隔てていた。

 マーロがブラントと話しているのは、人払いをした陣地の隅でのことである。


「先生、今後の具体的な計画を示してください。父は不安になっています。私だって……」


 今更不安になったからといってなんなのだ。

 そういう思いが、後に繋がる言葉を打ち消す。

 マーロの父は革命軍擁護の急先鋒として議員の内、二割ほどを引き入れて王都から離れていた。しかし、その支持を背に受けている筈のブラントにはやる気が見られないのだ。

 精鋭揃いの本領軍とはぶつかることを露骨に避けながら逃げ回り、手薄な地域に義勇兵を自称する盗賊団や傭兵団を派遣する。そうなると、当然の様に略奪が発生し、いくつもの村や町が灰燼と化している。

 本領に進出して以降、ブラントが直卒する革命軍本体の動きはおよそ、その繰り返しだった。

 

「心配しなくてもいい。御父君に頂いたご厚情にはきちんと答えるつもりだよ」

 

「しかし、そうはいっても父は王国市民議会の議員なのですよ!」


 軍兵同士がぶつかるのならいざ知らず、ブラントが行っているのは一種の焦土戦術である。襲われる村々の住民に投票権があるわけではないが、それらを支配する小領主たちが良く思う筈もなく、マーロの父が追い込まれた立場は既に苦しい。

 いくら、王でさえ罷免の権利を持たないと規定されている市民議会の議員でも、遠からず辞任を避けられなくなっていくだろう。


「父は、あなたが勇壮な会戦で王国軍を下し、堂々と王城に入場するものと思っているんです」


 歯向かう軍民のみを蹴散らし、民間人への被害も少ない。父が夢想したのはそういう戦争である。

 王都の市民は手を振って新たな王者を迎え、自らは宰相にでも就任するつもりだったのだろう。

 父の目論見が甘いのはよくわかっていた。

 戦争とはもっと泥臭く現実的で、軍が動くというのは綺麗ごとでは済まない。

 父の手回しで前線にこそ出なかったが、マーロも元は軍人なのだ。

 

「正面からやっても勝てないのでね、勝機を待っているのだよ」


 ブラントは髭を撫でながら言う。

 確かに冒険者あがりの精鋭兵士はほとんどが本領軍に配備されていて、革命軍の百名程では話にならない。そのうえ、ここぞとばかりにブラントの元に参集する有象無象は数こそ多いものの烏合の衆で、まるで頼りにならないときている。

 それでも兵数としては本領軍と伍しているのではないか。

 

「せめて、多少の戦果を挙げてくれないと……」


 日和見の支持者も義勇兵たちも、革命軍が優位を示せない限り、どこかで見限って逃げてしまう。

 そうなれば、最終的に残るのは百名ぽっちでいよいよ何もできなくなるだろう。


「どのみち、伸るか反るかは大きな賭けだよ。私に掛けたのなら、もう少し待てと伝えなさい。私はね、この為にすでに何十年も待ったのだ」


 いつものように優し気なブラントの言葉でマーロはそれ以上の追及が出来なくなってしまった。

 気まずくなり俯いて、再び顔をあげるとブラントの目が細められているのに気づく。ブラントの視線の先をマーロも追うと、小汚い一団がこちらに歩いてきていた。

 山賊か、傭兵か。いずれにせよ、またぞろ押しかけ義勇兵の一団に違いなかろう。

 

「マーロ、喜びたまえ。待ちわびた機が来たようだよ」


 は、は、は。

 突然、不自然にブラントは笑いだした。

 ギクリとしてブラントの顔を見上げると、そこには見知らぬ恐相がひとつ。

 付き合いの浅くないマーロにして、そこにいるのがはたしてブラントなのか自信が持てなかった。

 

 ※


 三十数名の義勇兵志願者たちは雑然と並び、陣地の外で司令官からの閲兵を求めて来た。

 大半が老人であり、若者は七人しかいない。

 古い鎧。年季の入った剣に長槍。どこかの集落が口減らしに派兵したものか。

 マーロはそんなことを思いながらブラントの背後でそれを眺めていた。

 五人の精鋭兵がマーロとともに並んでいる。わざわざ対応させられる兵士たちは面倒そうな表情を隠しもしない。

 こんな連中は毎日だってやってくる。わざわざ査閲をすすんで出て、ブラントは何を喜んだのだろうか。

 

「我ら三十余名、義によって推参した。兵卒としてでも迎え入れられたい!」


 老人の一人が堂々と宣言をする。その作法は堂に入っていた。

 

「ふむ、兵卒とは随分と欲のないことを言うものですな」

 

 ブラントは穏やかに述べて、つかつかと進み出た。

 老兵士たちのギョロリとした目つきがブラントに向けられる。

 

「将軍ともあろう人が!」


 常になく荒々しい言葉とともに神速で抜き打たれた細剣が、古ぼけた剣に弾かれて高い音を立てた。

 ブラントの攻撃を、老人が防いで見せたのである。

 次の動きはマーロよりも老人たちの方が早かった。

 獲物を蹴り倒してとどめを刺そうとするブラントに三人の老人たちが斬りかかる。

 マーロや他の兵士たちも身に着いた習性に従い、すぐに剣を引き抜いた。

 乱戦開始。

 既に老兵士たちは皆、武器を手に戦闘に入り込んでいる。

 と、老人たちの後ろから若者たちが飛剣を飛ばしてきた。

 前衛として、視線が切り結ぶべき相手を探していたマーロが標的にならなかったのは、たまたまだ。

 飛剣に貫かれた三名の精鋭兵士たちが呻きながら倒れる。

 

「クソ、なんで俺の顔を知っているんだ?」


 将軍と呼ばれた老人は、周囲の老兵に守られながら背後に下がった。

 

「お顔を拝見したことがありますよ。それ以来、忘れたことはない。あれは、貴方が率いる軍勢が私の祖国を滅ぼした日です!」


 ブラントの細剣が立ちふさがる老人たちを撃ち倒し、距離を詰める。

 

「心当たりが多すぎるわい!」


 老将軍は躊躇いなく荷物を投げ捨てると、背後に向かって走り出した。

 いかなる素性の人間か知らないが、義勇兵に化けて奇襲を仕掛けて来たのだ。

 ブラントが老将軍の顔を知らなければもっと深刻な事態になっていただろう。

 追いかけるべきだ。

 マーロはそう思ったが、老将軍への背中までの道には老人たちが油断なく立ちふさがるのだった。

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