第396話 疑惑
「そんなわけで、突然襲い掛かられた僕は仕方なく相手を倒して難を切り抜けたのです。もちろん殺さずに終わらせたかったんですが、相手の覚悟が強烈でとても無理でした」
僕は上級役人に襲撃と返り討ちの顛末を話した。
しかし、疑り深そうな役人は鉄格子の向こうで口をへの字に曲げて目を細める。
「今の話を聞いてだ、その上で目撃者から聞いた話を統合すると、オマエは一方的に蝙蝠をけし掛け、その上に魔法で攻撃し、通行人を殺傷したようにしか取れない」
彼我の間に流れた濃密なやり取りを傍で見ていた通行人に理解できてたまるか。
「お言葉ですが閣下、相手は刃物を持っていました。僕に向けて抜き、突進してきたんです。当然、とっさに対応するでしょう」
「確認ができないことをいくら並べても取り上げられないぞ」
役人はため息を吐いて呟く。
そうなのだ。僕の魔法により刺客の上半身は持っていた武器も含めてすっかり消えてしまっている。
そのせいで残った足が凶悪な凶手のものか、善良で勤勉かつ無垢で光り輝く精神を持つ市民のものか判断はできないのだ。その上で、状況的にも周囲にいた一般市民がほんの一呼吸の間に展開された戦闘を把握し理解するのは期待しづらい。
となると単純に死体と、衆人環視のなかでこれは非常に理解しやすい状況が残る。
つまり僕には、理由も相手も不明だが殺人を犯したことだけが事実として突き付けられるのだ。
なにか言おうとして、口を開いたまま止めた。
上手い言葉が出てこず、それ以外の言葉では自らの首をじわじわと絞めていきそうだった。
こいつはひょっとしてまずいんじゃないだろうか。今更ながら痛切に危うさを感じる。
「殺人を犯したことは間違いないんだな?」
役人が手に持った細い小杖をもてあそびながら僕に問うた。
なんと答えるのが正解か、さっぱりわからない。
「閣下、お話を中断して申し訳ありませんが、私は突如として不幸に巻き込まれ誰に言づけるでもなく連行されました。その関係で先方に大変なご迷惑をおかけしているかと愚考します。どうか、先方に言づけなどお願いできませんでしょうか。例えば、上司であり後見人である教授騎士のブラント殿とか――」
役人の眉間に皺が寄る。
とりあえず都市の実力者と懇意であることを示してみるのだが、その反応が何を意味するのかは読み取れない。
「あるいは私がこの都市にやってきて以来、家族のようによくしていただいている大商人のラタトル氏か、私のことを先輩と慕ってくれているガルダ商会の会長――」
役人はぷいと横を向いてしまったものの、背後に居並ぶ兵士たちには伝わってようで数人が表情を変えた。
他に誰がいたか。ざっと考えるのだけど、取りえず一式並べてみよう。
「王国市民議会のウィグナ氏のご令嬢とは、遠くまで一緒に旅行をする間柄でもありますので、そのご令嬢でも構いません」
これはマーロのことだ。
西方から戻って知ったのだけれど、彼女の父はどうもそんな肩書で相当な大物らしい。しかし、これも役人の動揺を引き出すことは叶わなかった。
あとは誰がいたかな。
「この街に乱立する武術門派の中で覇を唱えるノクトー流剣術の総帥殿とは奇縁がありまして、師範や高弟の皆さんとも親しく付き合わせていただいています」
少し有名度合いでは落ちるが、ベリコガか小雨、あるいはカルコーマだ。ノラ以外ならなんとか手を打ってくれそうな気もする。
「ダメだ」
しかし、役人の返答は冷たいものだった。
まるで取り付く島もない。
「どこからか圧力を掛けて貰って牢を出たいのかも知れんが、私にそういうのは通用しない。領主様より賜りし取調官の肩書きは伊達ではないのだ」
不機嫌と言うよりは呆れた顔つきをしている。
彼にとっては僕の行為が愚かで滑稽なのだろう。
それでも諦めてしまう訳にはいかない。
「あの、シガーフル隊はどうですか。僕もかつてはシガーフル隊の一員だったんです」
現在進行形で紡がれる英雄譚の主。
街角の辻芝居にさえ名前を見ることが出来る男。彼と友人だという事実は多くの市民をうらやましがらせる。
上級冒険者の顔として確固たる地位を築きつつあるシグの名前は役人の表情を強烈に変えた。しかし、奇妙に歪んだその表情は先ほどまでと違い、こぼれるほど内心を表している。
燃え上がるような憤怒。
名前を耳にした瞬間から吐く息までが熱くなったような顔で、役人は手の中の小杖をボキっとへし折った。
背後の兵士たちも驚いて顔を見合わせている。
あの好漢から一族を皆殺しにされたような勢いだ。
「貴様、シガーフルの仲間だったのか?」
「いや……ええ、まあ。もう随分前に一時期ですけども」
どうもマズいところに触れたみたいだ。
僕は話題を替える為、次の話題を脳裏に探す。
喧嘩っ早い空気ネズミ、身を持ち崩した砂漠の王子、話の通じない豪剣使いを蹴り出して、ギーやステアを掘り出す。駄目だ。彼女たちは現役のシガーフル隊である。
「あの、『荒野の家教会』のローム師では――」
どうでしょうかと問いかけた僕の言葉を、役人は折れた杖を地面に叩きつけて遮った。
「もうしゃべるな! それ以上不快な名前を出されるとこの手で絞め殺したくなる!」
その勢いに僕は目を丸くして身を固めてしまった。
迷宮の魔物では持ちえない人間特有の迫力である。
しかしシガーフル隊と『荒野の家教会』をえらく憎んでいる。
僕の頭の中でその二つがすっと結合して一つの単語が浮かんだ。
「あの、もしかして『恵みの果実教会』の――」
「黙れ!」
再度役人は喚く。
しかしその声の種類は先ほどと異なり、顔色もさっと青くなっていた。
「黙って二度と口を開くな! 本当に絞め殺すぞ! 書記官、その記録簿は今の言葉を削除しろ!」
役人は背後で記録を続ける書記官にとびかかり、記録紙をひったくるとビリビリに破いてしまった。
こうなると間違いないかもしれない。
国王が禁教と指定する『恵みの果実教会』の隠れ信者がこんなところに生き残っていたのか。
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