第308話 穴あけ
「アナンシさんだって人を殺すのが気持ちいいでしょ?」
「いや、そんな事無いけど」
人を殺すときに脳裏をよぎるのは恐怖と面倒臭さ、それに手順や効率だろうか。
大抵の場合において、向こうもこちらを殺そうとしてくるので、その場面で快不快を判定することはない。
しかしノッキリスは僕の回答に不満なようで眉間に皺を寄せた。
「嘘ですよ。人を殺すというのは、気持ちいい筈です。それは絶対に間違い無い」
一片の迷いもない目つきは出会った頃のステアに似ていた。
彼の発言に嘘は無く、また利己的なものでもない。純粋に世界がそうなのだと信じて疑わない者特有の熱を帯びた眼だ。
「そういえばアナンシさん、妹がいるとおっしゃってましたね。その前でやってみればいいんです。僕の気持ちも解りますから」
乗り物酔いとは別の不快感が僕の胸にこみ上げた。
僕自身、自分が正常とは思っていない。だけれど、この男の話を一時も聞いていたくなかった。ただひたすらに気持ち悪い。
なるほど、父に追いやられ山賊に暴行を受け、サーディムにも殴られる。その理由がわかった。
そういった意味では大勢に嫌悪されつつ恐れられるエランジェスの正反対にいる存在かもしれない。
また、本人に腕力が無いのに権力があるのも様々な問題を呼び込んでいる気もする。
「ノッキリス、その口で僕の妹について話すのはやめてくれない?」
この男もまた、怪物である。
しかもそれを知ったあとに殺すと、僕まで同類に墜ちる気がしてひどく気が乗らない。
ノッキリスは僕の知らないどこか遠くで無惨に死んで欲しかった。
「やったこともないのに否定は出来ない筈ですよ!」
身を乗り出し、唾を飛ばす少年は世界のどこかにいる理解者を強く欲して居るのかも知れない。
「やったよ。僕は妹の前で大勢殺した」
メリアを、彼女の実の兄からもらい受けたとき、その兄を含めて大勢を見殺しにした。
大勢の幼子もいたし、女性、老人などの非戦闘員と、なにより指導者であるテリオフレフを救わなかった。
後に彼女の似姿である一号に責められ、愛されて救われた気がしていたけど、それでもなかったことに出来ない巨大なわだかまりである。
ひどい疲労を感じながら、僕は立ち上がった。
コルネリも心配そうに鼻面を擦りつけてくる。
『眠れ』
どうにか練った魔力で魔法を唱えると即座にノッキリスは意識を無くした。
本当はマーロとビウムの行方について聞き出したかったのだけど、もはや一時だってこいつと一緒にいたくない。
どっかで通り魔にでも刺されて死んでくれ。
そう思いながら倉庫を開けると、大勢の用心棒たちが一斉に僕の方を見た。
『流星矢!』
ウル師匠独自の『雷光矢』は大きな魔力球を飛ばす魔法で、物体を貫通しつつ消滅させる。
その効果は非常に優秀で多くの相手に過不足のない効果を発揮する。
『雷光矢』を独自に改良、あるいは改悪を施し、威力を極限に落としたのが『流星矢』だった。
小さな魔力球は射程距離も短ければ威力も小さい。
せいぜいが当たった箇所に小指の先ほどの穴を開けるだけで貫通もしない。
普通の人間でも数発当たったところで殺す事は難しい、そんな非力な技だ。
ただし、魔力球は同時に数十個発生させる事ができ、それぞれ飛ばすことが出来た。
小石をばらまくように飛んだ僕の魔法は、密集した用心棒たちにぶつかり消える。
顔に、体に小さな穴を開けた男たちは一瞬、何が起こったか解らないという表情をしていたのだけど、次いで血が噴き出すと痛みが脳に届いたのかそれぞれの反応を示し始めた。
傷を押さえてうずくまる者、叫ぶ者、腕に開いた穴をじっと見つめる者。
効果は抜群だ!
当たらなかった連中も混乱が感染して完全に浮き足立っている。
迷宮の深い層ではほとんど役に立たないだろうけれど、地上では使い勝手もよくてちょうどいい。
「センドロウ商会の本部はどこ?」
僕が聞くと、無傷のまま戦意を失った用心棒はおっかなびっくり指で示した。
とりあえずマーロを探して合流しよう。
センドロウ商会の周辺で探せば行き先が解るかもしれない。
僕は指の向かう方向へ歩き出した。
※
道を歩いていると、倉庫街から民家の建ち並ぶ通りへ出た。
浮浪児たちは遠巻きに僕を見ていたけれど、浮浪児狩りをする商会に僕の事を告げたりはしないだろう。密告されてもかまいやしないのだけど。
「あ、貴様!」
通りを曲がった先で突然、知った顔に出くわした。
禿頭で泥だらけ。疲れ切った表情をしたのはセンドロウ商会使用人のシアジオだった。
シアジオはさっと視線を走らせ、周囲にサンサネラもマーロもいないのを確認するとあからさまにホッとした表情を浮かべる。
「貴様のせいで俺は大変な目にあったのだぞ!」
改めて居丈高な態度で僕に詰め寄ってきた。
結局、長い距離を歩いてきたのだろうか。
なるほど、途中で日が沈み、野宿で夜を明かしたので服も顔も汚れているのだ。
だけど怒りの感情は疲れを感じさせず目を吊り上げる。その目の横で耳の先が消失し、血が流れだす。
『流星矢』は無数の弾をばらまくように使い、精密な狙いを付けることはないのだけど、それでも一個だけならきちんと狙ったところに飛ぶ。
そうして、耳の端っこくらいならちゃんと消してくれるものだ。
シアジオは状況を理解出来ず、眼をパチクリと動かしたまま固まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます