第251話 部分的な欠落
「それが終わったらこっちに来て」
おおよその金貨を拾い終わると、ゼタから声を掛けられた。
ステアと話さなければいけないのに、と思いながらその高圧的で強い語気には逆らい難い。
「なに?」
僕はおずおずと彼女に近づき、尋ねた。
彼女を探して相談したいこともあったのだけど、避けられているうちに成り行きで僕の行く道は決まってしまい、僕からの話題はない。
僕が彼女を探していることは彼女に伝わっているはずだし、それでも連絡がなかった以上、もはやずっと無視しあうのかと思っていた。
「その手袋、見せなさい」
「え、嫌だよ」
愛する妻が作ってくれた皮手袋を他人に渡したくはない。
「じゃあ、聞くけどその手袋についている飾り紐、ワデットの編み紐よね」
ゼタの鋭い目が手袋じゃなくて僕を見据える。
僕と彼女には共通点が多いが、中でも最大の共通点はワデットと親しかったことだろうか。
「最近、よく見るのよ。ワデットの編み紐を付けた皮手袋。あの編み紐を知っているのはこの都市にはそう多くはいないはずなんだけど、あなた心当たり……ないとは言わせないけど」
もはや敵意がこもったような視線に、僕は魔力の走査を開始する。
幸い、いきなり魔法を放つほど取り乱してはいないようだ。しかし、それも僕の返答次第でどうなるかわからない凄みを湛えていた。
「確かに、手袋の紐は僕が関わっているよ」
そもそも隠す必要は無いのだ。
僕は迷宮でワデットの遺品を見つけたこと、それを持ち帰りルガムに再現を頼んだこと、ルガムが気まぐれで商品に付けたら人気が出たことを説明した。
「あのね、その紐はワデットが氏族を示すための特別なものなの。いわば彼女の誇りよ。それをそんな風に扱っていいと思うの?」
ゼタの表情は嫌悪感と怒りを混ぜて歪む。
貴族の紋章を係累以外の者が使用すればそれは一族全部への侮辱になるのだという。
僕がやった行為ももしかすると同じようにワデットを侮辱する行為なのかもしれない。
「相談しようとしたのに、逃げ回ったのは君じゃないか」
僕は思わず口答えをしていた。
普段であれば、迷宮のこんなに深い場所で仲間と口論など絶対にしない。意見がぶつかったとしてもウヤムヤにして都市に帰還するまで結論を伸ばすのに、どうしても同期で学んだことが思い起こされて気安くなってしまう。
「逃げまわったですって!」
「だって、僕が君を探していたこと、知ってたよね。冒険者組合にも、君の仲間にも、他にもいろんな人に君宛ての伝言を頼んだんだからさ」
それでも彼女からの反応は一切なかった。
そうやって無視を続けて、今さら何を言おうというのか。
ゼタは下唇を噛んで僕を睨みつけた。
「とにかく、僕は君に会うまでワデットのことを忘れていたのは事実だし、合わせて君のことも忘れていた。ワデットが生きていれば違ったのかもしれないけど、彼女は死んでしまったし、僕たちはもう他人同士。余計な会話は止めようよ」
その一言に、ゼタの肩が震え、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「アンタ、他人事みたいに語るならワデットの名前を二度と出さないで貰える」
怒っている。額には血管が浮かび、顔面の色は白くなり、無意識下でいつでも魔法を発動できるように魔力を練っていた。
完全に臨戦態勢だ。
コルネリも緊張に釣られたのかグル、と喉を鳴らして身構える。
「やめてください」
僕とゼタの間に割って入ったのはステアだった。
「何があったのかは知りませんが、こんなところでやめてください。それにあなたらしくありませんよ!」
間違ってもステアの方に飛ばないよう、コルネリをそっと抱きしめて制止すると、深呼吸をして心を落ち着かせる。
どうもよくない。
ワデットの記憶がそうさせるのか、僕は自分の頭が上手く回っていないことを自覚した。
冷静になってみればカルコーマは一瞬で僕とゼタを組み伏せられる距離に移動していたし、小雨も手に二つの石ころを握っている。
本気で仲間割れを始めればあっさりと止められてしまっていただろう。
「悪かった。僕が悪かった。もう二度とワデットの話はしません」
僕がワデットのこともゼタのことも忘れ、編み紐もルガムに頼んで違うものを使ってもらう。それで全部元通りだ。
しかし、全面勝利にも関わらずゼタは不満気に僕を睨みつけている。
もともと、僕がワデットのことを思い出せなかったことが不満でゼタは怒っているのだ。でも今さら言われたってどうしようもない。
彼女にとってワデットは親友だったとしても、僕にとってはよく話す級友でしかなかったのだ。けして嫌いではなかったけれど、冒険者になりたての僕には他の人を思いやる余裕はなかった。
「私はねえ、ワデットを泣かせたアンタが、ワデットが死んだことも気にせずヘラヘラ生きているのが気に入らないのよ!」
泣かした?
僕がワデットを?
ゼタの言葉が何を指すのかわからず、僕は思わず首をひねる。
大半を記憶の底に沈めていたワデットは、ほとんどの場面で笑っていたはずだ。
僕はまだ忘れていることがあるのだろうか。
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