第137話 給餌
結局コウモリは肉片を食べなかった。
「普通のコウモリは羽虫ナドを捕まえて食べるのではなイカ?」
口に肉片を押し付けられてイヤイヤと首を振るコウモリを見かねたギーが助言をくれた。
そうなのか。
僕の故郷ではあまりコウモリを見かけることもなくて、あまりよく知らない存在だったのだ。
しかし、虫を喰うなら獣肉も本質的には肉食ということで変わらないだろう。
このコウモリのためにまさか羽虫を捕まえてやるわけにもいかないので、自分で狩りをするのでなければ手に入るものを食べてもらわないといけない。
それでダメなら残念ながら僕には飼育できないという結果になり、このコウモリは飢えて死ぬだろう。
「そいつはまだ小さいから肉を切るか砕くかしてやったらどうだ」
パラゴが言いながらナイフを引き抜いた。
切り分けた肉を地面で踏みつぶし、それを細かく刻む。
それを口元に近づけると、コウモリはその肉を少しだけ食べた。
餌問題は要検証だ。
「それで、残りはどうするんだ?」
パラゴが残りの小コウモリを指す。
「え、べつにどうもしないよ。放っておけばいい。運がよければ自力で育つさ」
飛べないコウモリなんて多分、他の魔物の餌食になるか、飢えて死ぬのだろうけど。
青ざめたベリコガは嫌そうな目で僕を見つめていた。
*
地下一階を歩く。
以前、同道した超上級冒険者たちの立ち居振る舞いを思い出せば、彼らはどこを歩く時も油断せず、かといって過度な緊張とも無縁だった。
随分と歩きなれたはずの地下一階でさえそんな境地には達せない。
『眠れ!』
僕の魔法で五匹のゴブリンが気を失った。
残った一匹も即座にギーの槍が貫く。
あとは残ったゴブリンたちを前衛組が次々に打倒していった。
戦闘が終わり、パラゴが死体をあらためる。
魔物の懐からいくらかの小銭と、鉄くずとして売れそうな武器を雑嚢に入れる。
「ネルハは子供の面倒をよく見てくれているよ」
パラゴの作業を横で見ていた僕にルガムが話しかけてきた。
ちょっとぶっきらぼうに唇を尖らせる彼女ときちんと話すのは平手打ちをくらって以来だ。
「そう、ありがとう」
僕もちょっと緊張して答えた。
なんと返せばいいのか、頭の中を思考が駆け巡るのだけどうまく言葉が出てこない。
自分では口が達者なつもりでいたものの、それは過大な自己評価だったようだ。
その場しのぎの嘘なら頼まなくてもペラペラと押し出てくれるのに、思いが大切なほど胸の奥につっかかる。
「あの子のことならゆっくり決めていいからね」
ルガムはそう言いながらそっと僕の方に手を伸ばしてきた。
僕も彼女の方に手を伸ばす。
しかし、僕たちの手が結ばれる寸前に、割って入ったステアによって叩き落とされた。
「ルガムさん、あんまり見せつけないでください。私の気持ちも知っているでしょう」
澄まして言うステアの言葉にルガムが目を逸らす。
「罰としてこの手は私が預かりますね」
そう言ってステアは僕の手をギュッと掴んだ。
手のひらの温かい柔らかさを感じ、唇を合わせた帰り道が脳裏に浮かぶ。
「関係ないだろ。おまえが口を出すんじゃねえよ!」
ルガムが乱暴に僕とステアを引き離した。
「アタシのだ!」
その勢いで僕を抱きしめた。
僕もどさくさに紛れて抱きしめ返す。
場違いな抱擁。
だけどなんとなく、僕たちのわだかまりが溶けていく。
好きな人とはいつも触れ合っていたい。
強い欲求を感じる。
もしかすると、この横やりは僕とルガムのわだかまりを解消させるために差し込まれたのかもしれない。
「終わったみたいダシ、ソロソロ行クゾ」
槍を担いだギーが声をかけ、歩き出す。
見るとパラゴは作業を終え、出発準備を終えていた。
ベリコガもこちらをじっと見ている。
顔を赤くしたルガムは僕を離した。
僕としてはもう少しくっ付いていたかった。実に名残惜しい。
迷宮を出たらもっと彼女と触れ合いたかった。
「ねえ、帰ったら家に寄っていい?」
小声で聞くと、ルガムが首を振った。
「今、アタシの部屋にはネルハも寝泊まりしてるんだよ」
僕はネルハの処遇を早く決めようと強く思った。
※
やがて、地下二階に降りる階段までたどり着いた。
「ン、降りるノカ?」
ギーが僕の方を振り向いた。
シグを欠いた今、仮のリーダーは僕だ。
そして僕は首を振った。
「引き返すよ」
その返答に、ベリコガはあからさまにほっとしている。
想定よりもずっと戦えたとはいえ、シグと比べれば圧倒的に弱いことに変わりはない。
ルガムやギーは無傷なのだけど、彼は何度か魔物の攻撃を受け、ステアの回復魔法も二回受けていた。
僕たちは往路とは違う道を通って帰ることにし、階段を後にする。
「魔物だ!」
曲がり角を二つ曲がったところで先頭を歩く、ベリコガが叫んだ。
大ネズミと同じような大きさの影が二体。
すかさずギーとルガムが飛び出し得物を振るう。
正体のわからない魔物は柔らかかったらしく、棍棒の衝撃により周囲に勢いよく飛び散った。
ステアの顔にもドロリとした液体が飛び、ステアは短い悲鳴を上げる。
僕の服にも魔物の肉片が付着していて、それをよく見ると大芋虫の一部だった。
あっさりとした戦闘終了。
僕はコウモリをリュックから取り外し、その肉片を顔の前に差し出してみた。
するとコウモリはキーキーと嬉しそうに噛みついた。
先ほどの肉片よりもずっと食いつきがいい。
小さなコウモリはどこに入るのかというほどの量をガツガツと食べ、満足したのか僕にしがみついたまま眠ってしまった。
羽虫じゃなくてもいいことがわかったので、飼育はどうにかやれそうだ。
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