第3章

第114話 公開稽古


 小雨と名乗る覆面の暗殺者と、ノラと名乗る東洋の剣士の手合わせにはなぜか大勢の観客が集まっていた。

 小雨から仲立ちを頼まれた僕と、仲間のシグやルガムはいい。

 ノラの相棒であるガルダも不機嫌そうな顔で成り行きを見つめているが、これは当然だろう。

 その他、シグについてきた弟のサウジェ。

 ガキ大将のサウジェに引き連れられた数人の子供たちの中に、僕の妹であるメリアも混ざっていた。

 そのメリアについて、同居しているリザードマンのギーも来ている。

 メリアに気をつかい、離れて立っているのは小雨が護衛を務める僧侶のステアである。

 それから他にも噂を聞き付けた冒険者たちや、何事かと様子を見に来た都市の住民や警備兵など、その総数は百名に近い。

 百名の視線を受けて中央で胸を張っているのは元北方戦士団の剣士ベリコガだった。

 『荒野の家教会』から借りた都市の辺部の空き地を利用し、彼はノクトー剣術道場という看板だけの青空道場を開催しており、今回はその場所を借りて小雨とノラの手合わせが行われる。

 都市内での決闘行為は違法とされ、罰金などの処罰を課せられる為、今回の題目はあくまでノクトー剣術道場門下同士の稽古である。

 観客は百名を越えても続々と集まり続けている。

 これはあまりよろしくない。

 ノラをまっすぐ見つめる小雨は短刀を握っているし、興味無さそうに地面に視線を落としたノラは腰に刀を提げている。

 これを持ってこの二人が立ち会えばどちらか大ケガをするだろう。

 回復魔法の使い手もいるので死ぬ確率は少ないだろうが、対外的に言い逃れができなくなる。


「すみません、ちょっといいですか」


 僕は群衆の中央に立つ三人に走り寄って、小声で言った。


「その、刀とか短刀は無しでやれませんか。ほら、これで領主府から目をつけられるのも面倒だし」


 僕の言葉にハッとしたのか、ベリコガは慌てて二人に武器を置くように命じた。


「しかし勝負というものは真剣でなければ面白くありません」


 小雨が不機嫌そうに抗議の声を挙げる。

 だけど、対手のノラはさっさと提げ緒をほどくと、刀をガルダに預けた。

 

「俺は素手でいい。そいつは武器を持っていても構わない」


 面倒そうに言うとノラは手ぶらで地面に引かれた開始線に立った。


「なんですかその言い方は。まるで小雨とあなたの実力が大きく離れているみたいじゃないですか!」


 ノラの態度がシャクに触ったのか、小雨も短刀を鞘ごとベリコガに押し付ける。

 まあ、素手なら言い訳も立つだろう。

 僕は安心してルガムの横に戻った。


「あなたの剣と立ち会いたかったのに」


 小雨は不満を漏らしながら、それでも開始線に着く。


「そうだったのか。なら、刀を振るって見せようか」


 ノラはそういうと、持っていない刀を構えた。

 多分、正確に刀をイメージした動きだ。

 重心も体の動きも刀を持った時のものを再現しておりそこには確かに、刀があるように見えた。

 あれに切られれば死ぬ。それくらいの現実感をもって、彼は刀を表現していた。

 対して小雨も短刀を引き抜いた。

 こちらも手の内にある短刀が見える。

 横にいるだけの僕に見えるのだから、互いに向かい合う彼らには現実のもののように感じられるだろう。


 ベリコガが開始の号令を発し、彼らの立ち会いは開始された。

 

 同時に小雨は左側に向かって跳んだ。

 二歩でノラの右手に回り込むと、急激に方向転換をして一瞬にして距離を詰める。

 しかし、小雨の短刀がノラに届く直前、ノラは身をかわしながら刀で小雨の腹を薙いだ。


 ほんの一瞬の出来事だった。

 無駄な動きは欠片もない。

 避けて刀を動かすだけ。もしノラが本物の刀を持っていたら小雨は腸をこぼして死んでいただろうことが見てとれる。

 その結果を見たのは僕だけではない。

 先程までガヤガヤと騒がしかった観客が水を打ったように静まり返っている。


「し、勝負あり!」


 小雨とベリコガはその結末に凍りついていたのだけど、先に自分を取り戻したのはベリコガで、結果を高らかに宣言した。


「もういいのか?」


 小雨を無視してノラは開始線に戻った。

 とはいえ、ほんの一歩動いただけだったのだけど。


「……もう一度お願いします」


 ようやく我に帰った小雨がうめくように言った。

 ノラは否定も肯定もしない。

 それでも、ベリコガは再度開始の合図を声高く告げる。


 今度は申し合わせたように二人とも仮想の武器を持たなかった。

 

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