第110話 夢
なんだかいろんな夢を見た気がする。
体内に入り込んだ虫が僕の肉を食べながら肥大化していく。
それが不思議と嫌ではなくて、別の自分が横に立って傍観していた。
やがて僕を内側から食らいつくした虫が飛び出して、もう一人の僕までが食べられてしまう。
そしてなんの脈絡もなく目が覚めた。
周囲を見回して自分がルガムの部屋にいることを思い出す。
窓の外はすでに日が沈んでいた。
熟睡したような眠りが浅いような変な気分だったけど、成長した実感がある。
今回の冒険ではいつもと比べ物にならない程に強い魔物と遭遇したのだ。
従って魂の変異も並みではなく、順応が数段進んで新しい魔法も一気に複数を覚えた。
もう少し眠りたかったのだけど、ウル師匠から酒場に来るように言われていたので頭を振ってどうにか身を起こした。
廊下からは子供たちとルガムの会話が聞こえてくる。
食堂に行くとみんなで夕食の片付けをしていた。
「あ、起きたの。ご飯食べるなら残してあるけど」
僕に気づいたルガムが嬉しそうに言った。
「いや、今回臨時でパーティを組んだ人たちに呼ばれていて、このあと酒場に行かなきゃいけないんだ。だから夕飯はそこで食べるよ」
僕の言葉に彼女はがっかりした表情を隠さなかった。
「……そう。もし今晩、家に帰るのが面倒だったらまた来ていいから」
一瞬、脳裏にギーとメリアが浮かぶ。
彼女たちも僕の帰りを待ってくれているのだろう。
だけど、彼女たちにはもう一晩だけ待っていてもらおう。
「じゃあ、用が終わったらまた来るよ」
そう言うとルガムの表情がパッと明るくなる。
子供たちは僕とルガムのやり取りを見守ってニヤニヤしているのだけど、今さら照れることはなにもない。
頷くルガムと子供たちに手を振って僕は一軒家をあとにした。
※
酒場に着くと客の入りは上々だった。だけど、ウル師匠もナフロイもいない。
あんなに目立つ男を見逃すはずもないので、ここにはいないのだ。
僕は二階に上がり、事務室を訪ねた。
「よう、小僧。活躍したそうじゃねえかよ。お前さんを紹介した俺の慧眼だな」
扉を開けた店主が開口一番に言った。
「ええ、どうにか生きて戻りました。ところでウル師匠から酒場に来るように言われたんですけど、どこにいるかわかりませんか?」
「さっきまでこの部屋で飯を食ってたよ。それで他の連中も来ないしお前さんも遅いから宿に戻るんだと。行ってみたらどうだい」
僕は店主に短く礼を言うと、酒場をあとにした。
細い路地を通ってナフロイが滞在する宿屋に急ぐ。
宿に着くと相変わらず清潔さと静寂が支配しており、従業員が礼儀正しく僕を迎えてくれた。
「あの、ウル師匠……ウルエリさんに呼ばれて来たんですけど」
「どうぞこちらです」
従業員は折り目がついたような動きで先に立ち、二階の部屋へと案内してくれた。
「ナフロイ様、お客様です」
『入ってこい!』
ナフロイの野太い声が響き、従業員は扉を半分開けると一歩さがって一礼した。
僕は彼の対応に面映ゆく感じながら部屋に入った。
室内のベッドにはナフロイが腰掛けており、応接テーブルにはウル師匠が座っていた。
そして、ウル師匠の向かいにもう一人。
「やあ、やっときたね。ずいぶん待ったよ」
教授騎士ブラントがそこに座っていた。
確かに死んだはずのブラントが何事もなかったように動いている。
これが蘇生か。
僕が驚いて口をパクパク動かしていると、ブラントが座るように促したのでウル師匠の横に腰を下ろす。
ナフロイは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
ウル師匠も愉快な表情はしていない。
澄ました表情をしているのはブラントだけだ。
「私が死んだあとのことは二人に聞いたよ。君があの魔物と交渉してみんなを救ってくれたんだね。その上、魔物の異常行動もやめると言わせたそうじゃないか。私なんて真っ先に死んでしまったというのに」
ブラントは大袈裟に誉めてくれたあと、深々と頭を下げた。
「私たちの情けない姿を見せてしまった上、君には負担を掛けることを詫びさせてもらう」
有名冒険者の謝罪に、僕は居心地が悪くなる。
僕だって何をした訳じゃない。右往左往していただけだ。
「ブラントさん、頭をあげてください。僕みたいな奴隷にそんなことをしたら駄目ですよ」
大物が奴隷に頭を下げるなんて聞いたこともない。
一般市民でも奴隷に謝罪など冗談でもできない人の方が多い。
「いえ、いいのよ。私もあなたに師匠なんて呼ばれていながら、あの魔物との交渉であなたを差し出したわ。本当にごめんなさいね」
ウル師匠も頭を下げる。
やめてくれ、一体どうしたと言うのだ。
「とにかく頭をあげてください。そんなことをされたら僕は耐えられません!」
なかば哀願でどうにか二人に頭を上げてもらう。
「あの魔物に連れ去られて、酷いことはされなかった?」
ウル師匠の言葉に一号と過ごした時間を思い出す。
「……されました。沢山」
脳裏には鮮明に激痛が焼き付けられていた。
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