第83話 決意
「トーウェさんについては諦めてもらった方がいいです」
僕の言葉で、ベリコガの表情が怒りに書き換えられた。
「話にならん! 故郷に戻って直接真偽を確かめる」
立ち上がって歩き出そうとするベリコガの背中をチャギが掴んでいた。
「い、今帰ったら自分たちはどうなりますか?」
父の死を聞いて半泣きであるのだけど、どうにか平静を保とうとしている。
感情に任せて取り乱さない点は師匠よりも立派である。
「明確にどう、とはお答えできませんけど多分始末されると思います」
僕は端的に言った。ここをごまかしてもしょうがない。
彼らが故郷に戻って謀殺されるのは、問題が遠くに行って僕たちは無関係になるという点で理想的な結末ではあるのだけど、さすがにただ見殺しにするのは後味が悪い気がした。
せめて、ある程度の救済策を提示した上で彼らが帰還を選ぶのなら止めはしないのだけど。
「じゃあダメっすよ、ベリコガさん。帰ったらダメです!」
チャギが引っ張ってベリコガを無理やり着席させた。
ベリコガが観念したように腕を組んだので僕も話を続ける。
「それで、お二人が冒険者であることを利用して死を偽装します。このあたりは冒険者組合と協議になりますが、北方領主に向けて死亡通知を出してもらえばとりあえず故郷の方でも死亡扱いにされるでしょう」
こちらには酒場の店主がついているため、ある程度の無法が効く。
事実として冒険者がある日突然、死んでしまうことは珍しくない。
彼らには迷宮に行くふりをしてそのまま出奔して貰えば疑われても調べることが難しくなる。
「だが、それだとチャギの財産はどうなる。ただ一方的に接収されるだけじゃないか!」
ベリコガが納得いかない様子で怒鳴る。
彼らは貴族や有力者の子弟なのであまり自覚は無いのだろうけど、立場が弱い者は一方的に搾取されるのが世の常である。
彼らのような立場の者に搾取されながら僕は育ったし、彼らのような立場の者の都合で奴隷兼冒険者なんかに身をやつしているのだ。
「じゃあどうするんだよ」
話を聞いていたシグが口を開いた。
「生き延びるにはすべてを捨てて逃げるしかないんだぜ。それとも悪だくみしているやつらに抵抗する力があるのか?」
「……し、真実を公表して領主を糾弾する」
ベリコガは腹から絞り出すように答える。
しかし、それも虚しい案だ。途中で見つかったら殺されるだろうし、うまい具合に領主の館まで行って直訴できたとしても司法を司るのがそもそも領主なのだ。その場で処分されて終わりだろう。
「止めはしません。どうぞご自由に」
説明はしたものの、ベリコガは僕のアイデアに納得がいかないようなので仕方なく、僕は部屋の出口を指さした。
ベリコガは扉を見て、悲しそうにうなだれた。
「なあ、指導員。嘘なんだろ。俺たちの態度が悪かったのは謝るから嘘だと言ってくれよ」
力なく呟いて、顔を押さえる。
チャギは涙目のまま俯いて黙り込んでいる。
「嘘ではありませんが、これも伝え聞いた話ですから真偽は保証できませんよ」
拷問を受ける人に真実を喋らせるのは難しい。
かつて邪教徒を捕まえて尋問したことがあったのだけど、その人は何も話してくれなかった。使命感や精神が強ければ短期の苦痛に人は耐えることもある。
その上、拷問を受けた人間が助かりたい一心であることないこと話すこともあるだろうし、真実の全部ではなく一部のみを話すこともあるだろう。
なので、拷問により入手した情報というのは、実はあまりアテにできない。
ただ、今回は複数人が同じような内容を吐いたらしいので精度は高いと判断できる。
「自分、遺産は要らないっす。逃げます」
チャギが決断を下した。
しかし、ベリコガは首を振る。
「チャギは逃げろ。だが俺は駄目だ。どうしてもトーウェを諦められない。故郷に帰ってから真実を確かめる」
その決意とは裏腹に恐ろしいのだろう。その体はガタガタと震えている。
二人とも逃げてくれるか、二人とも故郷に戻ってくれるのがよかった。ばらばらになるのが一番不味い。
故郷に戻ったベリコガが口を割った場合、チャギの捜索隊が出される可能性がある。
その場合、僕たちは捜索隊から聴取を受けるだろう。手法はおそらく、拷問だ。その挙句、おそらく酒場の店主が行ったように処分される。
とはいえ、ベリコガの覚悟は固そうで説得には応じそうにもなかった。
酒場の店主のような人でなしであれば都合が悪いという理由で殺すのだろうけど、僕にはせいぜいが幸運を祈るくらいしかできない。
「北方の手の者が全部消えたので、必ず疑われると思いますけど万が一、疑われなかった場合はチャギさんの死を伝えてください。あと尋問を受けると思いますので一応、自決用の毒をお渡しします。隠し持っていてイザとなったら飲んでください」
店主が用意してくれた丸薬をベリコガは泣きそうな顔で受け取った。
十中八九、丸薬を飲む羽目になるのは分かり切っている。彼が直前で躊躇して死にきれなければ僕たちに危害が及ぶのだけど、そこまでは責められない。その時はまた手を打とう。
「自分はどうすればいいっすか?」
毒の丸薬を見ながら、チャギが尋ねる。
「とりあえず南方にでも向かってもらえばいいと思います。後は僕たちにも知らせない方がいいでしょう」
僕たちが拷問を受けたって、知らなければ教えようもないのだ。
チャギはこれから放浪の人生を送ってもらわなければいけない。
これを以て、僕が請け負った指導員の任務は終了した。
徒労と危険と後顧の憂いが付きまとう割には一文にもならない無様な結論だった。
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