第67話 帰還

 人獅子を倒した僕たちは、急いで迷宮から脱出した。

 入り口から離れていなかったため、トーウェの死体はベリコガとチャギが二人で引きずりながら外まで持ち出すことができた。

 迷宮の入り口を守る衛士たちはそんなトーウェの死体を見て驚く。

 頭蓋骨を完全に砕かれて、肩からぶら下がっているのは薄汚れた皮袋か、下品な言い方をすれば牛の陰嚢のように見えた。


 とにかく助かったのだろうか。

 深層に潜む魔物が魔力の薄い上層に上がってくることは少ない。

 迷宮に順応した体は十分な魔力を欲する。そのため、不釣合いな上層に上がるのは魚が陸に上がるのに近く、魂が霧散し、身動きは思うようにとれず、長時間下層に戻れない場合はやがて死に至るのだという。

 本来は、鬼神のごとき強さを持つという人獅子を僕たちくらいの冒険者が倒せたのは、相手がそもそも弱っていたということが大きな要因だと考えられる。

 ではなぜ、生命の危機に瀕する程の浅瀬に人獅子がいたのか。

よほどの理由があったのだろう。だけど、今考えたって答えも出ないので僕は自分の仕事を全うする。


「さて、何はともあれ迷宮から戻ったら組合の詰所に報告をしましょう」


 僕はトーウェにすがり付く剣士たちに言った。このあたりは指導員として当然教えなければいけない。

 

「ト、トーウェが死んだんだぞ。報告とか手続きとか、それどころじゃないだろう!」


 ひげ面のベリコガが涙を溜めて怒鳴る。何を言っているのか。人が死んだからこそ報告や手続きが必要になるのではないか。


「じゃあ、チャギさん行きましょうか」


 若い方に声をかけたのだけど、こちらを振り向いたチャギもポロポロと涙を流しながら首を振った。

 

「なあ、トーウェを治してくれよ!」


 ベリコガの哀願。

 意味はないのだけど、それで気が済むのなら、とステアに頼む。ちなみに、ギーの回復魔法は人獅子との戦いで負った怪我を治すために使い果たしていた。


『神の加護を』


 ステアの魔法は、しかしトーウェの負傷を癒さない。

 普通の回復魔法が死者に対して効果を現すことはほとんどない。魂の存在が奇跡の認識をどうとか、こうとか聞いたことはあるのだけど、死んだら死体が壊れていようが綺麗だろうが同じなので深く考えたこともない。

 そのなかで死体復元をやってのけるのが蘇生を請け負う寺院の秘術であって、その技術料として彼らは高額をせびるのである。

 

「完全に死んでいます」


 僕は彼らに告げる。

 ベリコガもついに涙をこぼし、そのまま地面に突っ伏した。

 その様子を見て、少しだけうらやましかった。

 仲間がその死を悼んでくれるトーウェと、仲間が死んで取り乱せるベリコガ達。

 僕は大事な仲間が死んで、取り乱せるだろうか。落ちついて淡々と処理をしてしまわないだろうか。

 シガーフル隊の仲間たちは泣いてくれるだろうか。


「でも、まあ手続きはしましょう。じゃあベリコガさん、リーダーですから来てください」


 僕が声をかけても、二人は動かない。

 ギーが槍を持ち上げて僕を見た。

 脅して動かせようか、と問いたいのだろう。

 この三人組は、冒険者としての素質がなく、人間としても僕が愛せる類のものではなかった。しかも一人くらいは殺そうと思い、実際に殺す気で魔法も撃った。

 だけど、別れを惜しみたいのであればいいのかな。

 僕は首を振ってギーを抑える。

 どうせいつも貧乏くじを引くのだ。今日も損したって構わない。


「じゃあ、僕が報告してきますよ。次回、報告のやり方は覚えてください。別途手間賃は貰いますけど」


 言って、ギーを連れて詰所に向かう。

 目の前に異様な死体とそれにすがり付く男二人をおいて行かれる衛士たちはとても嫌そうな顔をして僕たちを見送ってくれた。

 

「兄さん、お帰りなさい」


 詰所の扉を開けるとメリアが手を振ってきた。次いで入ってくるギーを見てうれしそうに笑う。

 ステアはメリアがいるので詰所には入ってこない。

 メリアにとってステアは親兄弟の仇なのであって、嫌悪感を隠しもしない。噛み付くような目付きでステアを睨み付け、敵意をむき出しにする。ステアはそれが耐え難いようで、極力顔も合せない。

 僕はメリアの頭をクシャクシャに撫でると組合事務のおばさんに報告をした。


「え、指導員が三人もいて死人が出たの?」


 おばさんは驚いたような声を上げる。

 

「そうです。トーウェという見習いの戦士が死にました」


 おばさんはそれを聞いて、トーウェの書類を死亡者のファイルに挟み込んだ。


「では、残念だけどあなたたち三人は指導員資格の停止処分になるわね」


 見習いを死なせないための指導員なので、それは仕方ないだろう。ただ、制度が始まったばかりで停止期間がどれくらいになるかは具体的に決まっていない。

 

「しかたないです。それより重要な報告なのですけど、僕らが地下一階で遭遇し、死者を出した魔物は人獅子でした」


 おばさんはポカンと口を開けてペンを落とした。


「嘘でしょ」


 その程度には有名な魔物だった。


 *


 人獅子の件については冒険者組合で調査をするということで、僕たちは都市に帰還することにした。

 まだ泣き続けていた二人には、死体を寺院に運んでおくように指示する。気が済めば帰ってくるだろう。


「今晩、酒場に来てください。もし無理なら、明日の朝にでも僕を訪ねてきてください」


 返事はないけど聞こえている筈だと決めつけて、都市に足を向ける。

 ここで気づくのだけど、僕がいつも通りギーとメリアの三人で帰ればステアは一人で帰ることになる。

 さすがに都市までの道のりをひ弱な少女一人で歩かせるわけにはいかない。

 などと言い訳をこじ付けながらギーとメリアを先に帰し、時間をあけて僕はステアと帰ることにした。これでひ弱な少年少女の二人組だ。


 メリアがものすごい目で僕を見ていたけど、難しい年頃なのでしょうがないだろう。

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