第28話 火花


「僕は魔法使いなんですけど、職能としてはやっぱり前衛の戦士が花形です」


 僕は簡単な冒険に関するレクチャーを始めた。内容は基礎的な話で、続いて浅い階にいる魔物や魔法、罠に宝についても話した。

 特にガルダは宝という言葉に興味を示した。


「じゃあ俺は盗賊職かな。昔、盗賊団にいたこともあるし、手先も器用だし金庫破りも出来る。そもそもどんな病気持っているかもわからない生き物と叩き合なんて、正気の沙汰じゃないだろ」


 確かに、ガルダは前衛向きの体格ではない。多少腕力がある、と言う程度では体格の差というものは覆せないのだ。かといって、信仰心が篤いようにも見えない。魔法使いにはなれるだろうけど、他に技能があるのならそっちを活かした方が潰しも利いていいだろう。


「そんで、ノラは戦士だな。あいつ、無口で根暗だけど、バカみたいに強いんだぜ」


 自分の事のように誇らしげに言ってノラを見るが、当のノラは相変わらずどこを見ているかもわからない様にぼんやりと突っ立っている。

 なるほど、確かにこちらは戦士としての適性がある。慣れれば前衛として活躍してくれるだろう。


 ガルダの聞きたいことがなくなって、ようやく僕は解放された。


「ありがとな。正規の冒険者になったらまたイロイロと教えてくれよ、先輩」


 そう言ってガルダは僕の肩をバシバシ叩くと、立ち上がって大通りの方へ歩き去った。ノラもその後ろを着いていき、二人はすぐに雑踏に紛れて見えなくなった。



 日はすっかり傾いてもう夕方になっていた。

 待ち合わせの時間にはまだ少し早いけど、他のメンバーを待たせるのもよくないので、僕はそのまま酒場に向かった。

 

 まだ時間が早く、酒場に客はほとんどいなかったのだけど、それでもルガムとステアは既に席に着いていた。

 六人掛けテーブルの片側の真ん中にルガムが、逆側の端にステアが座っていた。

 ステアは、僕を見つけるとパッと笑顔になって隣に座って欲しそうな表情を浮かべたのだけど、同時にルガムも僕を見ている。

 どうしていいかわからなくなって、僕はルガムの横、ステアの正面という玉虫色の席に着いた。

 

「や……やあ。昨日は大変だったね。二人ともよく眠れた?」


 おずおずと話を切り出すと、ステアは笑顔を浮かべた。


「あなたのおかげで、怪我もしませんでしたし、感じたこともない温かな気持ちで眠れました」


「はいはい、温かい気持ちね。良かったじゃないの。思うだけなら自由さ」


 ルガムが棘のある言葉で返した。

 ステアの表情がキッと鋭くなる。


「ルガムさん、私の心の問題です。汚らしく唾を吐かれると不快です」


 どうやら、少し時間が経ってルガムへの恐怖心は克服できたようで、ステアはひるむことなくルガムとにらみ合いを演じている。

 命を預けるべき仲間に恐怖を感じるのは、非常に不健全であるので、それを克服して対等な位置に立ち戻るのは喜ばしいとは思うのだけど、今晩くらいまでは恐怖を引きずっていて欲しかった。

 そうだったなら、ルガムが一方的に押し込んで、しぶしぶでもステアが了承して話が着いたはずだ。そうなれば、一度了承した引け目から、ステアは僕を諦めたかも知れない。

 精神的に拮抗してしまえば、否応なくその中心に僕が立たなければならない。

 そうすると、最終的には僕が拒否を表明しなければならないので、ステアを傷つけてしまう。それが嫌だった。

 つまらない男にフラれたと思うよりは、自分にも目があったけど怪力女に無理矢理奪われた、そう思った方がステアの自尊心的にも楽だろう。


「まあまあ、二人ともちょっと待ってよ。まだパラゴもシグも来ていないんだから落ち着いて」


 もし二人が取っ組み合いでも始めれば、情けないことに僕は二人を抑えられない。

 

 そうこうしていうると、やっとシグが現れた。


「あ、こっちだよシグ。あとはパラゴだけだね」


 僕は大げさに手を振ってシグを迎えた。少しでも雰囲気を変えたかった。

 しかし、シグは複雑な表情をしてゆっくりと歩いてきた。


「ん? どうしたのさ」


 ステアとにらみ合っていたルガムも異変に気づいてシグを見た。


「パラゴは来ない。しばらくこの街を離れるそうだ」


「え?」


 僕とルガムとステアの声が重なる。


「冒険者を辞めるってことですか?」


「いや、あくまでしばらくの間だが。……金策を諦めたらしい」


 ヘイモスの復活資金、金貨千枚はやはり大金だ。用意するのは不可能だろうとは思っていた。


「それで、ヘイモスの首を持って一度故郷に帰るそうだ。パラゴ自身もしばらくは故郷でゆっくりすると言っていた。多分、一ヶ月は帰ってこない」


 ただでさえ前衛のヘイモスがいなくなったと言うのに、盗賊の離脱という痛手も重なってしまった。

 また、メンバーを探さないといけない。それも、盗賊は短期の臨時だ。

 パーティというのは、戦闘面においてもその他の行動においても、始終連携を必要とする。

 前衛の戦士はともかく、進んで穴埋め要員に名乗りを上げる冒険者などそうはいない。

 僕はその面倒を考えて渋い顔をした。ルガムとステアも同様の表情を浮かべている。二人とも共通の問題に直面して、とりあえず噛みつき合うのは止めたらしい。

 その点だけはヘイモスに感謝だ。とても不謹慎なのだけれど。

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