第3話 自己紹介

 街について怪我人二人と別れた僕たちは、城壁にそって歩き、途中で見つけた公園のベンチに腰掛けた。


「改めて、戦士のシガーフル・マネだ。シグと呼んでくれ」


 戦士の男はそう言って自己紹介を始めた。

 ちなみに、鎧などのかさばる装備品については迷宮側の組合詰め所に併設された倉庫で預かってくれる為、今は身軽な平服姿だ。


「俺はここ、オイザッグ城砦都市で育った自由市民だ」


 シグは、戦士に十分な適正を持つ体躯の快活な男だった。人なつっこい笑顔に太い腕、厚い胸板。おそらく同世代で同性の僕とは、まるで別の生き物のようだ。

 短く刈り込まれた栗色の髪を触るのが癖のようで、兜を脱いだあとはたまに手が頭を撫でている。


「なんせ、この街では冒険譚にも怪物物語にも事欠かない。物語の登場人物になりたかったんだ。やっと自分の番が来て嬉しいよ」


 次ぎに僧侶の少女が立ち上がって一礼した。


「私は、『荒野の家教会』教団の本部から派遣されました宣教団所属、宣教師見習いのステアです。私たちの教団はどんな蛮地にも主の御意志を広めるために日夜活動しております。その為に、主の御業の一端でも体現できるように修行に参りました」


 ステアはペコリとお辞儀をして座った。

 北方民特有の、色素の薄い灰色の髪と彫りの深い顔が特徴の美しい少女である。

 全体的にホッソリとしていて、あまり冒険に向いているようには見えない。まあ、人のことは言えないんだけどね。

 二人の視線が僕に向く。最後なので僕の番なのだろう。そういえば僕は集合場所に最初に集まって係に名前を告げたので、この二人は僕の名前を知らないはずだ。

 僕は座ったまま口を開いた。


「ええと、魔法使いのアです」


 シグとステアは目を丸くして僕を見た。


「なんだって? すまないがもう一度名前を言ってみてくれ」


「アです」


「アデスさんですか?」


「いやいや、単純にアの一音です」


 今度は二人が顔を見合わせる。


「なんだよ、そりゃ。そんな名前聞いたこともない。どんな名付け方だ?」


シグが身を乗り出して聞いてきた。


「一応、僕は債権奴隷なんですけど、奴隷管理局にご主人が届け出たときに、名前を適当に付けたんです」


 奴隷登録を受けた者はその登録名以外を名乗ることが禁じられている。僕も登録前の名前をわざわざ罰則覚悟で名乗る必要性も感じないのでそれを受け入れている。

 ご主人としては、すぐ死ぬかも知れない奴隷の名前に頭を使いたくなかったのだろう。

 書類記入が簡単であれば、別段『オ』でもおかしくなかったはずだ。

 かくして僕はタダの『ア』となって今、名乗っている。

 もっとも当のご主人は僕のことを「おい」とか「おまえ」とか呼んでこの名前を使ったことはない。


「ひでえ話しだな。まあ、奴隷なら仕方ないのか」


 自由市民のシグはそうやってあっさり受け入れた。

 自由市民からすれば奴隷は格下の存在なのである。例え、それが命を預けるべき仲間であっても。


「それはおかしいですよ。主の御前で人の価値に貴賤はありません。私たち『荒野の家』では積極的な奴隷解放を推し進めています。シグさんも主の御意志を学んでみましょう」


 どこから取り出したのか、ステアは小冊子を差し出し、シグに突きつけた。

 シグは苦笑しながら受け取り、雑嚢に押し込む。


「……ちなみにお前のご主人って誰?」


 辟易したシグは強引に話しを切り替えた。


「ラタトル商会というところの会長さんです」


「あまり聞かない名前だな」


 シグが首をかしげる。


「中央広場の近くに店舗を持つ小さな店です。主に小麦の輸入とか卸し、小売りを行っていますね」


「あ、私たぶん行ったことあります。一階の店先でパンを売ってるお店ですよね」


 ステアが嬉しそうに言った。


「そうです。多分そこ」


 僕自身、この街に来てから魔術師学校と屋敷の往復以外でそれほど出歩いていなかったが、商会には何度かお使いに行ったことがある。周辺には似た様な店もなかったので多分ステアの言う場所で間違いないだろう。


「まあ、そんな事よりメンバーの補充を考えましょ。シグさんは同期生にアテとかありますか?」


「ううん、仲良かったヤツは大抵、パーティ組んだな。まあ、それだって解散したかも知れないし、とりあえず酒場でも行ってみるか」


「酒場……僕は奴隷なのでお任せします」


 奴隷身分の者は基本的に主人の帯同以外では店舗への立ち入りが禁止されている。

 そうでなくても巨大な負債を持つ身で酒代を払うアテもないのが現状だった。


「何を言ってるんだよ。この街には冒険者特例ってのがあるんだ。奴隷でも冒険者なら店舗の立ち入りが許可されている」


 へえ、それは知らなかった。さすがこの街育ちだ。


「つっても、冒険者の用がある店舗なんて酒場の他はボッタクリ商店ばっかりだけどな。迷宮で拾った物なんて鑑定して貰わないと買い取ってくれないのに、買い取り値と鑑定料が同じだってんだから」


 シグがさらりと言った言葉に僕は驚いていた。

 この街は迷宮から持ち帰られる富に経済を依存していると言うし、たしかに冒険者をおざなりにしていいことはない。が、産出品の買い取りが鑑定料と同じと言うことは、つまりいくら持ち帰ってきても金にならないと言う事ではないか。

 僕の借金なんて一発で帳消しになる様な高価な産出品もあると聞いたから、僕は内心期待していたのに、当てが外れてしまった。


「飯代くらい、おごってやるから、ほら行くぞ」


 そうして僕らは有無を言わさないシグに引っ張られて酒場に連れて行かれた。

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