迷宮クソたわけ
イワトオ
第1章
第1話 泥仕合
迷宮は薄暗いが、わずかながら壁に生えた苔が発光しているし、そもそも暗視ができる事が冒険者の条件であるので、まったく見えないと言う事はない。
そして、迷宮で鍛錬を積むことで暗視能力も自然と向上するものらしいので、気長に待つしかない。
僕は身にまとった布の服と、冒険に必要な荷物を最低限リュックサックに詰めて担いでいるだけで、近所に散歩に行く格好と大差ない事に気づいてすこしおかしくなった。
前を行く三人の前衛はとても日常離れして、兜に鎧、小手、左手には盾を持って、棍棒や剣などの武器を腰に下げている。
そのすぐ後ろに着いた小男も大きな武器や盾は持っていないが皮鎧を着ているし、その横を歩く少女も長い杖を携えている。
僕は一人、場違い感を噛みしめながら、これもやがて経験と成長が打ち消すのかと思っていた。
「敵だ!」
押し殺した前衛の声に僕は現実に引き戻される。
すぐに前衛の三人が広がって、後ろに通さないように壁を作り、武器を構えた。
僕以外の後衛二人も身構えている。
僕はあたふたと、何をしていいか解らないまま敵の正体を見た。
おそらく、三匹の大ネズミ。
こうして僕たちの冒険は始まりを告げた。
*
僕が魔術師の教育機関に放り込まれたのに深い意味はない。
少年奴隷を冒険者に仕立てて上がりを掠めるという投資が流行っていたからだ。
その中で、僕の群を抜いた肉体的ひ弱さによって、前衛のたとえば剣闘士とか武術家といったクラスには弾かれた。
手先が不器用だったことも有り、罠の看破や解除技能に特化した盗賊と呼ばれる職能にも適性がなかった。
神の加護を得て回復を受け持つ僧侶にはどうしても信仰心が足りないらしく、寺院の門前で老僧にお説教をされた後に追い返された。
僕の惨憺たる成績を報告されたご主人は、頭を抱えたが、さりとて農奴や職工にするにも、やはり体力や器用さが足りず、無駄飯を食わしていても仕方ないとの理由から、望めば誰でも入れる魔術士教育施設に放り込まれた。
およそ、二ヶ月の突貫教育の果てに、どうにか魔術論の基礎を頭にたたき込まれた即席魔術師が完成した。
ちなみに、魔術は迷宮での経験無しにはどんなに勉強しても成長しないとのことで、僕も同期の皆も握り拳大の火の玉を十歩先の的に当てる『火炎球』と言う魔法が一発、才能のあるヤツで二発撃てるのがせいぜいである。僕は当然、一発の方だけど。
とにかく、そんな頼りない火の玉を唯一の頼みにして僕は危険と徒労が溢れる奇妙な迷宮に挑まなければならないのだ。
では、その迷宮とは何か、について僕はよく知らない。
昔からこの街の外れにあって、なにか魔物が住み着いているらしいんだけど、名誉やお金や成長のためなんかの理由で命をかけて臨む者が後を絶たないのだそうだ。
そもそも僕は半年前に奴隷狩りに捕獲されてここに連れてくるまで、生まれた集落を出たこともなかったのでこの街だって、連れてこられるまで知らなかった。
僕は、魔術師の基本教育が終わったその日に冒険者組合に連れられていって、同じように各養成機関で教育を受けた新人冒険者達とチームを組むことになった。
どうにも、組合の事務員の差配も適当だったが、なにはともあれ、僕らはその足で迷宮に向かったのだった。
出立間際に、組合の事務員は説明事項を述べていた。
「皆さんは新人ですので、もし迷宮内で死亡した場合、高い確率で捨て置かれることになるかと思います。死者蘇生は寺院の職分になっておりますが、高額な費用が発生しますので、準備ができる方はあらかじめ費用を用立てておいてください」
渡された書類には蘇生の費用も載っており、金貨千枚から、という高額を見てご主人は顔をしかめていた。
僕の購入に金貨二十枚、学費に金貨三十枚がかかったといつもぼやいているご主人がとてもそんな大金を工面してくれるとは思えなかった。
また、組合の壁に貼ってあるクラス別死亡率でも魔術師が群を抜いているのを見てご主人は更に肩を落とし「やっぱり娼館にでも売り払うんだった」とぼやいた。
どうやら僕は紙一重で男娼の道を歩まずに済んだらしい。
その代わりに歩く道は悪意溢れると噂の地下迷宮だけど。
*
大ネズミ三匹と前衛の三人が繰り広げる乱闘は、よく言えば喜劇的だった。
とにかくお互いに決定打が出ないのだ。
大ネズミは、体高が人の太ももくらいあるので、感じ的にはネズミと言うより小型のイノシシに近い。野生動物の常で攻撃を俊敏にかわし、足に噛みついたり体当たりをしたり。
鋭い牙や、重い体当たりは僕なんか一発でやられちゃいそうだけど、前衛の三人は鎧で受けたりかわしたりで致命傷をうまく避けていた。
それでも鎧の上から皮膚に到達した牙や避けきれない体当たりに三人は徐々に傷だらけになって行った。
同じように大ネズミも避けきれない棍棒や剣の攻撃で血まみれになっている。
後衛の盗賊や僧侶は固唾を呑んで見守っているが何をしていいのかも良く解らずに身構えているだけだ。
と、一人が振り下ろした棍棒が動きの鈍った大ネズミを叩きつぶした。
これで三対二である。
残った一匹が呼吸を整えるためか、後方に跳びすさり距離を取った。
『火炎球』
今だ、そう思った僕は虎の子の魔法を唱えていた。
なるほど、こういうことか。
地上で唱えるよりもスムーズに、力強い火球が瞬時に大ネズミを焦がした。
既に弱っていた大ネズミはそれがトドメとなり、そのまま動かなくなった。
突然発生した火球に残された大ネズミも他のメンバーも一瞬惚けていたが、やがて思い出して三人がかりで大ネズミを圧殺した。
戦闘が終わり、緊張が途切れた前衛の三人は肩で息をしていた。
僧侶が、こちらも一回しか使えないらしい回復呪文を唱え、最も負傷の激しい者を治療した。
僧侶の祈りにこたえて傷口が塞がっていく。
しかし、ぼろぼろだ。
迷宮に入ってわずか三十分ほど。
たった一回の戦闘を終えただけにもかかわらず、魔法は使い果たし、前衛は怪我にあえいでいる。
歩けない者はいないが、歩き方や表情からして、三人とも骨にヒビくらいは入っているだろう。
おそらく、次ぎに同じ様な敵に遭遇すれば命を落とすのはこちらだろう。
戦士達はへたり込んでいるので、仕方なく僕と盗賊だけで戦後処理を行う事にした。
魔物は財宝を巣にため込む癖があり、巣の主を倒した者はそれを獲得できるのだ。
というわけでお金を目的に迷宮に入った僕のような人間にはこの作業こそが大切だった。
巣穴は岩陰にすぐ見つかった。
銀貨が一人当たり四枚ずつ。職工の日当くらいだ。一時間足らずで獲得できたと思えば割がいい。
「お」
さらに巣穴をいじっていた盗賊の男が声を上げた。
「生意気に宝箱だぜ」
迷宮に住む知能が高い生物群は自らの財産を守る為に、箱に入れて封をする。
そして、多くの場合はここに罠を仕掛け、不用意に開けられないようにする。
しかし、知能が低いモンスターも宝箱そのものを盗み出し、自らの物とすることがある。
今回はまさにその典型だ。
「開けるの?」
僕は盗賊に聞いた。
正直に言えばそんな危険な物は置いてとっとと帰りたかった。
「見つけちまったからな。開けない手はないだろ」
盗賊は軽く笑って、鍵開け道具を手に取る。
「ヤットウの連中は怪我だらけで俺たちを守ったんだ。お前さんだって、敵を仕留めた。あの女の子だって怪我の治療をしてる。なら、おれの戦いはこれだよ」
男は慎重に鍵穴を探り「がッ」飛び出した矢に胸を貫かれて倒れた。
即死だ。
彼の戦いは敗北で始まり、幕を閉じたのだろう。
宝箱には石弓が仕掛けられており、下手に開けようとすれば矢が飛び出す様になっていた。
そして彼はその罠を解除できない程度に下手だった。
箱の中を見ると、汚い革製の帽子が一つ転がっていた。
黒く変色した血がこびり着いているので、おそらく迷宮に入った冒険者が魔物に奪われた物だろう。
奪った魔物からすればお宝の戦利品かも知れないが、僕からするとゴミにしか見えなかった。
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