第3話 取引き

 私が……次の魔王!!??


 そんなっ、困るわよ!

 モンスターのことなんて全然知らないし、興味もないし、魔王になってモンスターを率いるなんて無理無理無理ぃ!!


「……待て待て待てぃ!」


 キョトンとしていると、魔王が地面から立ち上がる。


 全身土まみれで頭からは血が噴き出し、地面にはくっきりと魔王がめり込んだ跡が残っているけど、意外と大丈夫そう。良かった。


「ち……違うんだこれは……これはこういうプレイなのだ!!」


 魔王が叫ぶ。


 辺りがシーンと静まり返った。


 な……何言ってるのかしらコイツ。

 訳が分からず魔王の顔を見つめていると、魔王はおもむろに語りだした。


「皆も知っての通り、俺はこの女を妻にするために人間の城から攫ってきた。そして昨晩、ついに結ばれ夫婦めおととなったのだ」


 両腕を広げ魔物たちを見渡す魔王。


「そしてその時――俺は気づいてしまったのだ。行為の最中に殴られると興奮すると――」


 ええと……真面目な顔をしてコイツは何を言っているんだ??


「つまり――魔王様はドMで、これはプレイの一環である、と?」


 黒い鎧を身にまとった暗黒騎士が神妙な口調で尋ねる。


「ああ、そうだ。つまり魔王の座はまだこの俺の手の中にある」


 なるほど。魔王の座を失いたくないからこんな嘘をついたわけね。


 ……でも魔王の座以外にも色々と失っている気がするけど気のせいかしら?


「なーんだ」

「SMプレイか」

「人騒がせな変態だな」

「さっ、持ち場に戻るべ」

「んだんだ」


 ゾロゾロとモンスターたちが持ち場へ戻っていく。た、単純な奴ら……。


「さ、姫。こちらへ」


 魔王が私に手を伸ばす。


 本当は自分のお城に帰りたかったけど、魔王を倒しちゃったし、次期魔王になれなんて言われても困っちゃうし、とりあえずここは魔王の言う通りにしておこうかしら。


 私が渋々魔王の手を取ると、魔王は私の腰をぐいと引き寄せた。


「――なっ!? ちょ、ちょっと、気安く触らないでよ!」


 魔王を睨みつけると、魔王はルビーみたいな赤い瞳で私の視線を受け流した。


「気持ちは分かるが、とりあえず今は夫婦のふりをしてくれ。君も、魔王になるのは本意ではないだろう?」


 低い声。


「しっ、仕方ないわね」


 私は魔王について、城の中へと戻った。


「何をしている? こっちだ」


 元来た道を戻ろうとすると、ぐいと魔王が私の腕を引っ張る。

 魔王が壁に手をかざすと、青く光る魔法陣が地面に現れた。


「乗れ」


「乗れって……魔法陣に?」


 魔王がうなずく。私は恐る恐る魔法陣に乗った。


 ――がくん。


「きゃっ!」


 とたん、足元の床がいきなり抜けたようになり、私はバランスを崩して倒れ込んだ。


「大丈夫か?」


 耳元で声がする。どうやら魔王が私を抱きとめてくれたようだ。魔王の黒いマントの中に、私の体がすっぽりと収まる。


「へへへへ平気よっ! それよりここは――」


 辺りを見回すと、先程までいた石造りの古びた城じゃない。

 白い壁に金色の装飾。シルクのカバーがかかった超特大のベッドに黒い大理石のテーブルが見えた。


「ここは俺の部屋だよ。魔法で転移したんだ」


「ま……魔王の部屋!?」


 部屋って何よ、いかがわしい!


「ああ、君も疲れただろうから適当にそのあたりに腰掛けて」


 バサリと黒いマントを脱ぎ捨てる魔王。

 その辺りって……ベッドしかないんですけど!?


 や、や、や、ヤバいわ。

 これはもしかして、もしかしなくても……


 夜の魔王攻略が始まってしまう――!!


「ああ、それよりそんな格好だとアレだから、先にお風呂でも入ってもらったほうがいいかな。着替えもこちらで用意しておくよ」


「えっ?……はい」


「リディヤ」


 魔王が呼ぶと、長い銀髪で角の生えた萌え萌え悪魔っ娘メイドが部屋に入ってくる。


「はい。お呼びでしょうか、魔王様」


「彼女をお風呂に案内してくれないか? それから着替えも用意してくれ」


「かしこまりました。では王女さま、こちらへ」


 にこりとメイドが微笑む。瞳孔がヘビっぽくてちょっと怖いけど、顔は凄く整っていて可愛らしい。


 可愛い悪魔っ子メイドに連れられて浴室へとやってくる。


「……どうしたの?」


 ふと気がつくと、リディヤちゃんが私の方をじっと見ている。


 あの熱のこもった瞳。もしかして、あの子、私に恨みでもあるのかしら。


 ――ハッ、ひょっとしてあのメイド、魔王が好きとか!?


 有り得るわ。この子、メイドだけどすっごく可愛いし、ずっと魔王に使えてるっぽいし、もうすでに魔王とそういう関係なのかも。


「いえ、その……」


 私が尋ねると、悪魔っ子メイドは顔を真っ赤にしてモジモジとしだした。


「王女さまは、何てお綺麗なのかと思いまして! 肌も白くてスベスベですし、髪も絹糸のようで、瞳はまるで氷のように冷たい――ああ、お美しい! その上ドSなんて最高ですぅ!!」


 な、なんなのかしら、この子の妙にキラキラした瞳は……。


「王女様、私はあなたの忠実な下僕ですので、存分に虐めてくださいね♡」


 ハアハア言いながら私の体を洗っていく悪魔っ子メイド。


「は……はあ」


 やばい、この子。顔は可愛いのに変態だわ……。


 妙な視線に晒されながらも、私は湯あみを終えた。


「魔王ー? お風呂はいったわよ」


 お風呂から上がり、用意された黒いネグリジェみたいなのを身につける。


 お城にいた頃は、白とかピンクのドレスが多かったから、なんだかこういうのって新鮮。


「おっ……おおおおう! ご、ご苦労であった」


 魔王は湯浴みを終えた私の姿を見ると、ピシッと背筋を伸ばしてベッドの上で正座した。


「それで? この後はどうするの?」


 私が魔王の隣に腰かけ脚を組むと、魔王は赤くなって目を逸らした。


「どうすると言われても――私はすでにお前に倒され、魔王の座はお前に移った。つまり私はお前の言いなりにならなくてはいけない。混乱を避けるため、しばらくは夫婦のフリをしてもらいたいが……」


「……つまり、私の好きにできるってこと?」


「そうだ」


 私は魔王の端正な顔をじっと見つめた。

 どうしよう。こんなことになるだなんて思っても見なかったわ。


 普通だったら、すぐにでも元いた城に帰してもらうべきなんでしょうけど――。


 私は腕組みをして考えた。


 今、お城に帰っても、城には女たらしのお父様と、意地悪な義母と義姉かいるだけ。


 勇者様も他の女と浮気してるし……私には帰る場所がない。


 私はギュッとこぶしをにぎりしめた。


「……うん、分かった。私、しばらくここにいる」


「ほ、本当か!?」


 魔王がキラキラした目で私の手を握ってくる。


 顔がカッと熱くなるのを感じる。


「――少しの間だけねっ!」


 私はフンと横を向いた。


 なんなのこの魔王。


 顔はあの浮気者の勇者がカスに見えるほどのイケメンだし、偉そうなのかと思ったら意外に素直だし、笑顔が子供っぽくて……。


 このお城も、よく見ると私が以前住んでたお城より大きくて綺麗だし、魔族の皆も意外と悪い人たちじゃなさそうだし……。


 なんていうか、調子狂っちゃうわ!




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