囚われの姫ですが、浮気され見捨てられたので好きに生きます!
深水えいな
第1話 囚われの姫
「うー、さぶっ。すきま風が身に染みるわねぇー」
石畳の床。灰色っぽい石でできた壁の隙間から、冷たい風がピューピュー吹いてくる。
鉄格子のはまった窓から外を見ると、白い粉雪がはらはらと空から落ちてきた。
「うげぇ。寒いと思ったら雪が降ってんじゃん」
ぶるりと身を震わせる。
すすけたピンク色のドレスは、長袖とは言え薄手。とても寒さをしのげるようなものではない。
私は鉄格子のはめられた窓から灰色の空を見上げため息をついた。
魔王に人質として囚われてから早三ヶ月。季節はすっかり秋から冬へと変わっていた。
魔王にさらわれた時、勇者様は「必ず迎えに行く」と言ってくれた。
なのに――待てど暮らせど勇者様はやって来ない。
「一体どうしちゃったのかしら? それほどまでに魔王軍は強いの?」
南洋の真珠と呼ばれた美しい肌も、月の絹糸と呼ばれた光り輝く金の髪も、しばらくケアを怠っている間に随分と傷んでしまった。
服だってこんなにボロボロだし、お風呂も数日に一回濡れたタオルで体を拭くだけ。
もう限界だわ。
どうして勇者様は来てくれないの!?
「あんなに『愛してる』と言って下さったのに……」
胸に言い知れぬ不安が押し寄せてくる。
勇者様、大丈夫かしら。道に迷ってない? お腹を壊したりしてないかしら? ちゃんと寝る前に歯は磨いてる?
「ええい、こうなったら、こっちから催促するしかないわ。早く助けに来てって!」
私はコップの中の水に魔力を送り覗き込んだ。
魔法を使うのは魔王に禁止されてるし、使うとかなり疲れちゃうけど……この際仕方ない!
素早く口の中で透視魔法の
魔王に攫われる時にこっそり落とした水晶のペンダント、あれが実は透視魔法の触媒になるとは、勇者様も夢にも思うまい。
ゆらり、水面にどこかの景色が映る。森の中かしら。全体に緑っぽいけどよく見えない。勇者様、どこ?
「ここはどこ? ってゆーか!」
水面に映っているのは、見知らぬ黒髪の若い女の子。
「だ、誰よこの子!」
歯をギリリと食いしばって水面に見入った。
こ、こいつ、私という婚約者がありながら、他の女と!?
い、いえ、きっとこの子はただの旅の仲間だわ! だって魔法使いの杖みたいなの持ってるもの。いかにも安物って感じのちゃっちい杖だけど!
きっとそうよ。だって、私という極上の美少女がいるのに、浮気なんかするはずがないもの。
「ふぇえ……勇者様、怪我しちゃったですぅ」
魔法使いの女が甘ったるい声をだす。
ふぇえ? ふぇえって何よ、リアルでそんなこと言う女、初めて見たわ! キモッ!
「大丈夫? マイハニー」
勇者様の声が聞こえてくる。
マッ、マイハニー!?
鳥肌がぞわわと立つ。
いっいやいやいや、きっとこの子はそういう名前なんだ。
ハーマイオニーみたいな、そんな感じの名前なんだわ。
もしくはハチミツ太郎的なそういう変な名前で、仕方なくそういうあだ名で呼んでるんだわ!
「大丈夫?」
勇者が潤んだ瞳で女に手を伸ばす。
「あっ……勇者様、ダメですぅ。そんな」
すると私が見ているとも知らず、女魔法使いと勇者は大音量でイチャつき始めた。
「ダメですってばぁ……勇者様♡ そんなとこ怪我して無……いやん♡」
オーイオイオイ! てめぇ、ふざけんなよッ!
思わずコップを放り投げた。
「一体どうなってるのよ」
私という、超美少女で、頭脳明晰で、運動神経も良く、おまけに一国の姫で超セレブ……超絶パーフェクトな婚約者がいるのに、あんな芋臭い田舎女と浮気するなんて!
「あーあ! あの勇者に期待した私がバカだったわ」
ふつふつと悲しみと絶望感、そして怒りが湧いてくる。
「頭にきたーー! もうイヤ! もう愛なんて信じない!!」
「おいお前、何をやっている!」
怒りに震えていると、ガチャリと鍵が開く音。
入ってきたのは、豚頭をした獣人、オークだ。
「この魔力は……お前、透視魔法を使ったな!?」
部屋の中にズカズカと入ってくるオーク。
「うるさいわね!」
私が睨むと、オークは一瞬怯んだものの、すぐに顔を真っ赤にして私の襟ぐりを掴んだ。
ヤダ。私のFカップ美乳が丸見えじゃないの。このケダモノが!
「貴様、まだ自分の立場というものを分かって無いみたいだな!」
腕を振り上げるオーク。
「キャーッ!!」
思わず目をつぶる。
その時、昔、お父様にプレゼントされた赤いピアスがキラリと光った。
***
「パパ、このピアスは何?」
幼い頃、私が尋ねると、お父様はにっこり笑ってこう言った。
「これかい? これはね、お守りだよ。お前が身の危険を感じた時に外すんだ。というか、それ以外の時には外しちゃダメだよ。決して。絶対。何がなんでも。外したら大変なことになるからね。っていうか、基本的には外しちゃダメだから。聞いてる? ねえ、聞いて――」
昔はあんなに優しかったお父様も、お母様が亡くなり、新しい義母様が来てからというもの、すっかり冷たくなってしまった。
私が持っていた宝石もドレスも、みんなお義母様やお義姉様にあげてしまって、残っているのはこのピアスだけ。
私の唯一の宝物で、お父様が優しかったころの思い出の品。
でも――そういえば、身の危険を感じたらピアスを外しなさいってお父様は言ってたわね。
もしかして、今がその時?
私は自分のピアスに手をかけた。
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