魔人とコンディション


 森の中を徒歩で進む二人を阻む生物はない。


 ジロは最初木々を警戒して歩いていたが、魔界に広く生息する植物に擬態する、肉食生物も城付近の森では見た事がないと、サラは呆れながらジロに教えた。

 幽界にも似た雰囲気であったが、幽界と違って魔界には普通に風が吹き、葉ズレの音や、何者かが木々の破壊音を鳴り響かせながら離れていく音以外に特に変わった事はなかった。


 城に近づくにつれ、ジロは奇妙な高揚感を味わう。


「なんか……体が変なんだが?」


「変? テンチョーは確かにちょっと変だな」


「違う……いや、サラが変だって言う意味は俺には解らないが、城が近づくにつれて、こう……力がみなぎってくるというか、全能感がふつふつと湧いてくるというか……」


「力が漲るはわかるけど……、ゼンノーカンって、なんだ? 脳みその何か?」


「今の俺なら、なんだってできるぞ! って言う、気分だな」


「あぁ、そんなの魔人にとっては当たり前。この森の近くに強い魔獣が集まってくるのだって、テンチョーの言うゼンノーカンのせいだ。いっつもお腹満腹になれるだろう? だから集まってくるんだ」


「お腹? あぁ……魔石の魔力反応がお前ら魔界の住人、秘者や魔人や魔獣の糧になってるって事か。満腹とかいうと何か、まぎらわしいな……」


「いまだに口から食べ物を食べるテンチョーが異常なの。そっちはどうか知らないけど、こっちの満腹は魔力摂取してるって事」


「……ちなみに魔力を喰ったらどうなるんだ? 例えばある魔石が発している魔力をたべたら、その魔石の保有してる魔力が減るのか?」


「減るわけないじゃんか……テンチョーは、何? アタシ達秘者が石をムシャムシャ食べてるっていうの?」


「その擬音は正しくないな、バキバキとかゴリゴリだろうが。……そうか、流れっぱなしの魔力反応がそのまま力として摂取できているのか。なるほど、魔界から魔人が滅多に人界現れないわけだよな。じゃぁあれか? 魔界の側の海に、島ほどのウミヘビやかにや海亀がウジャウジャ棲息してるのも、あの辺も含めて魔界って事なのか? おかげで人間は亜人地域に出向くのに大回する航路をとらないとならないんだが……」


「海ぃ~~~? うげぇ、アタシは海の方行くとベタベタ汚れるから、あっちには行った時な~い、知らん~」


「……使えない潔癖性だな」


「テンチョーだって、仕事できない汚いおとこ~じゃんか。テンチョーが売れるって言って置いてったショーヒン売れなかったんだぞ。アタシが毎日お店番してたのに……」


「売れるなんて言ってねぇよ。試しに持ってきただけって言ったろうが……、それでも一応は売ろうとしてたのか。帰り際のバタバタでやけに売り方説明しろってせっついてたのは興味だけじゃなかったんだな……」


「アタシ聞いたぞ! 売れないのはショーヒンに魅力がないからだってな! ダメテンチョー!」


「誰に? まさか魔界に来てまで商才を罵られるとは思ってもみなかったぜ。……まぁ今後に期待しろ。魔界の事を知らなきゃ物は売れないんだぜ?」


「そうなの? よっしゃ! それじゃ、アタシが色々教えてあげる!」


「……その決意をずっと忘れないでくれると、こっちも助かるよ」


「なんでも聞け!」


 ジロの横を歩きながらサラは、キラキラと目を光らせて、ジロを見上げる。


「ひとまず、……魔王城ってなんなんだよ?」


「お城? う~~~~~~ん……遊び場?」


「遊び場? 聞くところによると、朝も夜もなく四六時中城内で破壊音が鳴り響いてるんだろ?」


「うん。我こそわ~って奴等が目についた強そうな奴等がどっかでいつも喧嘩してるからな。お陰でセラ達やゴーレム達は、いつも忙しそうで嬉しそうだ」


「そう言う意味での遊び場ねぇ……そんな場所にサラが? 自称『弱い秘者』なんだろう?」


「……なんだっけなぁ。なんか言ってた……。……」


「サラ?」


「『アタシハ』う~ん。『アタシハ弱いから、アイテニサレナクテ』そうだ……

「自由に遊べるんだ。秘者は強いのと喧嘩するけど、弱いアタシは、相手にされないんだ」


「ダメな役者が台詞を棒読みしてるみたいだな」


 ジロは元々サラの言葉を頭から信用していなかったが、師匠であるジェリウスもサラは秘者としては弱いと言っていたが、その弱さは『魔王城』への入城資格は最低限有す程には強いのかも知れないと思い始めた。


「サラ、お前って秘者の中で、実は強いのか?」


「ん? 弱いぞ……えっと、ソコソコ」


「ふ~~ん」


「な、なんだその目は!」


「だってなぁ……死んだ俺を復活させたり、動く気配も感じさせないままに豪速で動いたりと、俺基準からすると、お前は充分に強いからな。知ってる秘者もお前含め二人だし……」


「テンチョーはアタシの言う事を信じないのか!」


「あぁ。頭からは信じちゃいない」


「バカなのにな!」


「お前よりはマシだ」


「アタシの方が絶対に頭いいですぅ~。テンチョーのショーサイナシ~、そんなんだと、テンチョーが言ってたダイジナヒトタチを守るのが生きがいって言ってたけど、絶対ムリムリムリ~、みんな死んじゃう~」


「なんだと!? ……いかんいかん。こんな幼稚な挑発にもカッとなっちまうのか、この体は……大体お前は、俺を復活させた主人とはいえ、俺に雇われた身の従業員のくせに――」


 ――禁句の余韻からなのか、ジロは大人げなくもムキになりながら、サラと不毛なやり取りをしつつ、魔王城を目指し、歩を進めた。

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