人が魔界を歩く理由
「とりあえずテンチョー、お風呂に行くぞ! 話はそれからだ!」
「魔界にそんなモンは存在するのか」
「当たり前だろう、バカだなぁテンチョーは。アタシのしもべになったんだから、温泉とか綺麗な水のある場所は絶対に覚えておかないとな! とりあえずここから一番近いところに行くぞ! ついて来いよな!」
ジロの目の前でサラの姿が一瞬でかき消えた。ジロは慌てて周りを見渡すが、完全にサラを見失った。
「……音も、風圧さえ無しとか。……どんだけ常識外なんだ」
立ちつくすだけでは芸がないので、ジロは砂地となった付近になんとか店を再建できないものかと、砂地を免れた場所を色々見て回っていると、
「テンチョーなんでついて来ないんだ! 体を綺麗にするんだよ!?」
今度は音を立ててサラが空から降ってきた。およそ減速の手段を放棄した着地の衝撃で、地が揺れ、わずかに残った固い地面も割れる。
地を割ったサラにダメージはまったく無いようにジロには見えた。
「……いいか? 冷静になって聞け、俺のご主人よ。いや、もう馬鹿馬鹿しい。俺はお前をサラと呼ぶ」
「……? アタシはサラだって言ってるじゃんか……今さら宣言されても……」
「……皮肉も通じないとはな。……聞け、サラ。俺は弱い――」
「――知ってる」
「口を挟むな」
サラは了解とでも言うかのように、自分の両手で自分の口を
(俺よりも圧倒的強者なのに、見た目のままの子供のように振る舞う。かと思えば秘者っぽい振る舞いもする。こいつは……調子が狂うな)
ジロは咳払いして困惑を振り払う。
「俺は、お前よりもどうやらずっと、ずぅ~~~~~~~~っと、弱い。体術も何もかも全てが、だ。だから、お前がついて来いと言った後の事を教えてやる。ついて来い! ってお前が言ったのと同時に、瞬きもしてなかったのに、お前を見失った。……それでどうやって、サラについて行ける?」
サラがそれを聞きトコトコとジロの隣に来て、ちょっと浮き上がり、ジロの肩をポンポンと叩く。
「そこまで弱いのか……。ごめんな、ジロ。アタシは……ご主人失格だな。でも、それならどうしようか……、あんな軽い跳躍でもダメとか、アタシの眷族なのに、ホント無いわぁ……」
「……なんか、果てしなく腹が立つ、言い草だな。大体、一番最初なんて失敗作だらけだろう? ……自分でこんな事言わないとならないなんて、悲しいな。……こうしたらどうだ? 俺がまず飛ぶ、それからその速度に合わせてサラも飛べ。はっきり言って魔界の空を飛ぶのは絶対に嫌だが、今はお前が俺を守れ」
「守る?」
サラはキョロキョロと周りを見渡した後、?顔のままジロを見る。
「秘者なんか、いないぞ?」
ジロは魔界の空を指さす。折りよく雲の合間から地上からでもかなり大きいと推測できる、蛇のような飛行生物が現れた。
「……あいつらから、俺を守れ」
「……あんな弱いのににも、テンチョーは……勝てないのか?」
「俺自身は戦った事はないが、魔界の空に巣食う奴らの文献は読んだ。よく聞けよ? 秘者どころか、魔人ですらない人間は、あいつらの空からの襲撃で千人単位で殺される。魔法も効かない」
「効くよ? よわよわ蛇だから、空に逃げてるんだろ!」
「……言い直す。お前らの使う魔法は、空の生物に良く効くんだろう。だが、弱い人間の使う魔法は奴等に効かない。理解できたか?」
サラがジロを見て、こいつは何を言ってるんだ? という顔をした後、空を見上げる。ジロも見ると、先程の飛行蛇の他に、同じ位の翼竜が見え、さらに稲光を
「あっ! あいつは中々強いな!」
「……どれ?」
二人は空を見上げている。
「ドラゴン!」
「追いかけてる方か? それとも追われてる方か?」
「逃げてるのはドラゴンじゃなくて蛇でしょ! 追ってる方! アイツは時々地上に降りてくるんだけど、あんまり戦いたがらない変わった奴だ。喧嘩しようとしても、すぐどっか行っちゃうから、ストレスたまるんだ」
「……そうか」
言いつつ、逃げているのがドラゴンではないという人間の魔物研究家が泣いて喜びそうな情報をジロは得た。
上空の追いかけっこは、ドラゴンに分があるらしく、飛行蛇は地上から見ていても必死になって逃げているが、ドラゴンに飛行蛇を傷つける意志は見られず、ただ、執拗に追いかけていた。
そして飛行蛇が見る見る内に小さくなって行くと、ドラゴンは追跡に興味を失い、スッと進路を変え、再び雲の中へと消えていった。
「人間が負けたのは逃げた蛇か?」
「いや……空飛ぶクラゲみたいな奴だったらしい」
「クラゲ……、……。ええぇ!? 空にプカプカしてる奴のことか!?」
「そうだ。空クラゲが降りてきて、無数の触手にやられたり、喰われたりしたらしい。以来、人間達は魔界を進む時は空からの襲撃の無い、森を進むようになったんだ」
「……えぇ!? よわっ! 人間ってよわっ!」
「お前も元々は人間だったんだろ?」
「そうだっけ? どうだっけ? ……テンチョーも喰われる?」
「さぁな。俺も魔界の空は飛んだ事ないからな」
「今度戦わせてみよう!」
「断る。……おい、俺はお前のおもちゃか何かか?」
「だって、おもしろそう!」
「……前に、サラはそう言って俺と秘者を戦わせたよな? あれだってお前が途中で割って入って来なかったら死んでたんだぜ?」
「……そんな事したっけ?」
「俺が死にかけてて、つーか、たぶん死んで、そんで記憶は無いがお前が蘇生治療したろ? そしたらお前が『実験成功! 今からお前はアタシのしもべだ! なぁ、お前! あいつと戦え!』ってな」
「……う~~~ん? ……? ……!? あいつか! ゴキブリがいるぞって嫌な事言った奴だろう!?」
「……いや? そんな事言ってなかったぞ、あの秘者は。逃げたというよりも、悠々と俺らの前から歩み去ってったじゃねえか」
「あれぇ?」
「……お前と喋ってると頭が痛くなってくる」
「それはよく言われるな! ギ・ダとかにな!」
「ぎだ? まぁいいや……。んで、理解したろ? 俺は弱いから魔界の空を支配してる有象無象に殺されかねない。だからまず俺が飛ぶ。そしたら俺の速度に合わせてお前も飛べ。横でお前がどっちに向かえばいいか俺に教えれば俺もお前について行けるからな。ただし、お前は俺の後を付いてくるんだ。そしたら俺はお前と一緒に魔界風呂に行けるようになる」
「それだ! テンチョーは果てしなく弱いけど、時々頭がいいな!」
ジロは高速詠唱を行い、即座に高度を上げていく。上空からの襲撃者に備え油断無く急上昇をしていると、
「……それが本気の本気か? テンチョー」
いつの間にか側にいた心配顔のサラが、ジロの肩に手を置いた。
「……いや、余力だらけだ。そこまで言うなら、本気で飛んでやる」
自分の実力を測るのにいい機会だとジロは捉え、高度を上げる。
視界が広がると、空には地上からら見ていた以上の飛行生物が存在しているが、とりあえず空に昇ったジロに興味を示す魔物はいなかった。
そこでジロは高度を維持して、サラを置き去りにするつもりで、魔力を飛行だけに注ぎ込み、さらには加重軽減の魔法も発動させ、本気の飛行を試みる。
置き去りにした数秒後に、サラがすぐ横に並ぶ。
「……」
サラが憐れみの目で、ジッとジロを見ている。サラの飛行姿勢は寝床に横向きに寝そべる姿勢だった。
ジロは自分自身の評価の再認識が急務だと感じた。
「……サラ、どっちだ」
「ん? あっち」
サラは、偶然なのかなんなのか、飛行生物が全くいない方向を指さした。
「……時間かかっちゃうなぁ」
サラのため息混じりの
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