幼馴染の表情

「はい、コレ」


 ジロの苦悩を知るよしもないエリカは、長椅子の上に見知った袋を置いた。


「どういう意味だ? 新品に替えてくれって催促なんだよな?」


 ジロは言いながらもドキドキして、袋の口ヒモをほどいて中身を検める。


 はたして中身はジロの想像通りのものであった。


 薄汚れているはずなのに、ピカピカのフラスコやビーカー、鉱石、粉末にした魔石の入った各種のガラス瓶、乾燥した草や魔力の残る泥などが入っている。


 ジロには見覚えがありすぎる品々だ。



 嫌な予感がした。



「もうやめます。ジロのお爺さまから借りたものはまだまだ返しきれないけれど、ジロ本人へ返すのはこれで最後にします。この件でこれ以上、魔法薬での協力は有り得ません」


 ボロ儲けしている人気商品の供給元が絶たれようとしているのをみすみす放っておくのは、馬鹿者のする事だと、ジロは素早く頭を働かせて、解決策を探る。


「ここに来るまでずっと迷ってましたけど、今決めました。もう作りません。恩知らずと私をなじってもいいです」


「ちょっと待とうか、そこの美しいお嬢ちゃん。優しさあふるるエリカに、店の放火や火事の心配させたのは悪かったが、それはお前の早とちりで、勘違いだろ? なぁ頼む、許せ。この通りだ」


ジロは椅子から滑り降りるようにエリカの前へと膝まづき、顎を載せていたその左手を取って、そっと甲に口づけをする。


「………火事の事は関係ありません」


 なすがまま、されるがままのエリカはそう言って、ツーンとそっぽを向いた。


 ジロはその仕草を見て、かわいらしいなぁと頬が緩みそうになるが、今にやつけば怒りに油を注ぐ事がわかっていたので、ギリギリ笑みをこらえた。


(嘘つけ、勝手に勘違いして、見破られた事を拗ねてるだけじゃないのか)


 っとジロはそう口に出したかったが、出せば全てが終わるので、これまた堪えた。


幼馴染おさななじみで、しかも同じ東方名を持つ身なんだからこの通りだ。頼む! あと一ヶ月、それだけでいい!」



 (元々、俺が旅行中だったから、供給が完全にストップしていた『聖女の妙薬アテナメディシナエ』だ。エリカの手元には在庫が結構な数あるはずだ。それがあれば当面は……)


 そんな事を考えながら、ジロはエリカのご機嫌伺いをするようにエリカの手を取ったついでに、マッサージを始める。


 (旅立つ前に、材料費と多めの手間賃を渡しておいたし、『聖女の妙薬アテナメディシナエ』の生産はストップしていなかったはず。だとすると……

(少なくともエリカの手元には旅行中だった間の三ヶ月分の在庫があるはずだ! エリカの妙に律儀で真面目でお人好しな性格からすれば、その倍はあってもおかしくはない。よしよし、いいぞ!

(クックック、エリカの手にある在庫分をせしめることができれば、あとはどうにでも…)



「………グへへへぇ、エリカの持ってる三ヶ月分の在庫を確保したら、あとは適当にごまかしてやるぜ。とか思ってます?」


ジロがエリカの幼馴染であるように、エリカもまた、ジロの幼馴染であった為に、エリカはジロの思考を完全に読みきっていた。


「でも残念。本当に手元にないんです、最初の一週間くらいは作ってましたけど、それからは止めちゃいました。手元にあった分も預かっていたリストの人達に譲りました」


「なん……だと!」


 ジロは留守中に、最も信頼できるからという理由から、エリカには店の各ギルドの販売許可証など、店にとって重要な様々な物を保管してもらっていた。


 その中に顧客名簿もあった。


 その名簿には購入希望者の大半が買い置き目的だったので、今現在の性別・体重・持病などを事細やかに書かれており、ジロが一人一人にあった専用のポーション作りをしてもらう為にエリカに渡した物だった。


 そして魔法薬を本当に必要とする人の存在を知れば、技術は最高峰だが、本人にとっては趣味の領域でしかない、販売目的の魔法薬製作にも身が入るだろうと思っての事だった。


 ジロの狼狽が余程気に入ったのか、エリカは『聖女アテーナー』としてのエリカの仮面を外すようにして、素のエリカらしく、いたずらっ子が浮かべるような笑みを浮かべた。

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