晦冥航路
紅龍
第1話 戦い
序章
「・・・より・・・・あり・・・・て・・・さい」
何処か遠くで声が聞こえる。聞こえる声に抑揚は無く、機械じみており、そうした声は益々意識を深く誘う。
何か重要な用件があった気もするが、些細であった気もする。ならば良いかと息を吐く。
眠気に逆らう事無く、こっくりこっくりと船を漕いでいると、何かを削る音が鳴り響く。
「・・・・何だ、何だ!」
無精ひげを蓄えた一見して不潔な黒髪の男は、身を横たえた座席より泡を食って飛び起きる。開けた視界には一瞬にして警告表示に埋め尽くされ、深刻な事態なのだと推し量れた。
「ミュール、状況報告!!」
男がそう怒鳴ると、警告表示を押し退け、無表情な少女へと移り変わる。銀髪と赤い瞳の少女は男とは反対に生活感が無く、作り物めいており、体躯は華奢そのもの。何処か人形を思わせる容姿に多少の陰りを見せ、溜息を漏らす。本当であれば説教の一つや二つでも述べたいのだろうが、今はその時では無く、ミュールと呼ばれた少女も男に向けて新たな情報を提示する。男はそれを眺め状況を理解するなり、護衛対象から悲鳴と怒号が放たれた。
男としても応答は面倒ではあったが、会話の相手ならば片手間でも出来るだろうと通信回線を開く。
途端に映し出された脂ぎった男の面に、映すんじゃなかったと悪態をつきつつ、放たれる叱責に、不真面目な顔を向けた。流石にそれは火に油だったか、怒りの炎を巻き上げ、烈火の如く叱責の声は飛ぶ。
「・・・・ジョン・ドゥと言ったか!! 貴様何をしている!! 腕は良いのではなかったのか!」
「腕ねぇ・・・・あんた、何に怨みを買ってるのか知らんが、相手は駆逐級の艦船が四隻。こうした襲撃を予想していたんなら、契約違反なんだが? 安くしようとしたのか知らんが、護衛をケチるからこうなるんだよ」
「っぬ!!」
脂ぎった男も、弱い処を突かれたのか、苦しげな声を上げ押し黙る。ジョンと呼ばれた男にすれば、騙されたのだと勝手に契約を反故にして去る事も出来る。その事を理解しろと脅しを含め、男の口を閉口させ指示を出す。
「俺はこのまま奴等を蹴散らす。相手が海賊なのか、それとも誰かに雇われたのか知らんが、海賊なら二隻ほど航行不能にしてやれば諦めるだろう。足止めも同時に行うので、お前達はさっさと跳躍で逃げろ」
「りょ、了解した!」
画面越しの男も、事態を理解したというよりも、こちらの船を足止めに逃げようとする意味が強いのだろう。そうした様子からもとより使い捨てとして考えていたのだと推察し、ジョンは暗澹とし、溜息を吐く。
簡易的な心の整理ではあったが、やらないよりはまし。幾分気が楽になり、ミュールへと指示を出す。
「相手の主兵装は?」
「高出力レーザー、レールガン等を確認。数発被弾するも、損害無し。当機『ヴァルキュリア』の障壁を傷つける水準にあらず」
ミュールの声と共に、船体の状況図が現れ、全てオールグリーン。先ほどの削られたような音は、護衛対象の船が被弾した音でジョンを目覚めさせる為に使用したのだろう。多少思う処もあるが、思考の端に追いやった。
「相手の狙いは護衛対象か?」
「肯定・・・。装備の類似点より、共通の組織に所属する者と推察」
「となると・・・四隻全てを止める必要があるか」
「肯定」
海賊では無く、何処かの正規部隊であるならば、任務遂行の為に一隻であろうとも無謀な追撃は止まらない。
彼等の追撃を断つには航行不可へと陥らせるしか無く、数の不利からしても無謀に過ぎた。
「なら、相手の推進部を破壊する」
「了解」
ジョンの声に応じて操作盤が光を放つ。護衛対象との間にヴァルキュリアを滑り込ませ、防壁となす。
背後からは断続的に艦砲射撃が放たれ、護衛対象を脅かすが、その大半は小型艦であるヴァルキュリアの障壁に防がれ、赤い火花を散らした。
「・・・敵艦減速」
「成る程、相手もそれ程情報を得ている訳では無いか」
小型艦と侮ったのだろうが、艦砲を悉(ことごと)く遮られた為、警戒を露に距離をとる。
「敵艦武装換装と予測」
レーザーや、レールガンでは貫けないと判断したか、小回りを捨て、重武装へと換装しているのだろう。相手も艦隊戦を予想しての武装であり、その為、軽い武装を選らんだのだろう。しかし、それこそが間違い。もし最初から重武装であれば護衛対象は航行不能になっていただろうが、それも仮定でしかない。
「とは言え、俺が相手でも嫌だけどな。基本、ジェネレーターの大きさは艦艇の大きさできまる。普通は防がれるとは思わんさ」
「ですが、当艦を舐めた償いはして頂きましょう」
冷徹なミュールの声にヴァルキュリアは応え、可動式レーザー砲が敵艦船四隻を捉え、赤いレーザー光を放つ。
放たれた光は、敵艦の回避行動さえ考慮されていたのか、外す事無く、敵艦へと命中する。
流石にその程度では相手の障壁に弾かれるが、それは想定内。これは攻撃であると共に、牽制の意味が強い。
連続して照射する事により、相手を釘づけにする。そうした内に護衛対象も跳躍準備が整ったか。
「護衛対象より跳躍反応検知。跳躍機関に火を入れた模様」
「襲撃者は?」
「敵艦も跳躍機関を起動、併せて検知器(マーカー)の射出を感知」
護衛対象が何処へ飛ぶのか、それを知る為に射出された検知器(マーカー)。勿論、そんな事をさせる訳も無く。
「検知器(マーカー)へレーザー任意斉射」
ジョンの声と共に、ヴァルキュリアの可動式レーザー砲が火線を描き、赤い花を咲かせた。
その様子を見届け、ジョンは席を発ち、艦の後方へと駆けて行く。
「エインヘリアルで出る。敵に牽制射撃継続―――」
「了解、跳躍機関への余剰エネルギーを遮断します」
ミュールはジョンの意図を理解し、四隻に向けて飽和攻撃を行う。敵艦としても障壁を解けば跳躍は可能。しかし、その為にはこちらに無防備を晒す事となる。そうなれば相手も無事ではすまず、手を拱(こまね)いていた。
そうした間にジョンは船内を駆け、後方の格納庫へと身を滑らせる。格納庫に順次光は満ち、ジョンの目には巨大な鎧が姿を表した。それは【FAB】と呼ばれる機動兵器の一種。艦のエネルギーを使い、人が乗り込む移動砲台。それだけを聞けばまるで価値を見出せないが、それには別の理由があった。
ジョンは手近に放置された簡易宇宙服を身に纏い、“エインヘリアル”と呼ばれる機動兵器のハッチを開く。それと共に吐き出された空気に、顔を顰(しか)めつつ座席に腰を降ろす。一瞬、画面に走査が走り、認証の後に起動する。
「ミュール、格納庫解放」
「了解」
ミュールの応答にヴァルキュリアの格納庫が開く。戒めより解き放たれたエインヘリアルは瞳に赤い光を灯し、後方へと噴射炎を撒き散らし敵艦へと迫る。敵艦も対応の為に動いていたか、同様にFABを射出。ジョンの眼前には、十数機のFABが仰々しく隊列を組み、ヴァルキュリアから放射されたレーザーを遮った。
「流石にそうなるよな」
此れがFABと呼ばれる機動兵器が用いられる理由。操者(そうしゃ)と呼ばれる者達が乗り込む事でFABはその力を何倍にも高める事が出来た。それ故、優秀な操者が操るFABは単純なジェネレーター出力を覆す。当然、そうした者達が隊列を組めば、ヴァルキュリアの砲撃を弾く事も可能。敵艦はこの間に余剰エネルギーを跳躍機関へとまわすつもりだろう。だが、そうはさせるものか。ジョンは隊列を乱さんと、エインヘリアルを驀進させた。敵機も無謀な突撃に慌てたか、隊列を一部乱すが、それも一瞬。精鋭なのだろう、孤立無援であるエインヘリアルを包囲すると、手にしたレーザーライフルを構え、ジョンに向けて赤い光を斉射する。
「っち! 面倒くせぇ!」
ジョンはそう咆え、腕を振るう。エインヘリアルはその動きに連動し、腕を振るい、放たれた赤い光を蹴散らす。
そうした馬鹿馬鹿しい光景に、敵機からも動揺が見られ、その隙を見逃すものかと、間隙を突く。機体を操り、再度驀進させると、リーダーと思しき者目掛けて拳を放つ。ジョンにとっては攻撃の動作ではあったが、敵にすれば意味不明な行為。対面する者は防御らしい体制もとれず、錐揉みしながら火の粉を上げる。
「本当に、こちらの情報は知らないようだな」
そうした様子から、彼等も雇われた傭兵なのだと知る。恐らくこちらと同じく急遽雇われたのだろう、相手の事を思えば憐れではあったが仕方ない。背部のブーストを噴射させ、周囲の敵へと回し蹴りを放つ。当然、此方も同じく蹴りが放たれる先では、赤い火の粉を吐き出す敵機の姿。最早、守りとして機能せず、ヴァルキュリアの砲火を止める術無く、敵艦は障壁にて再度守りを固める。そうなれば此方のもの、エインヘリアルを操り敵艦の背部へと迫り、機体を障壁と干渉させる。エネルギー障壁はその性質上瞬間的な運動エネルギーに対しては有効であったが、FABの様な質量を長時間跳ね返すには不向き。
「っぜりゃぁ!!」
ジョンの気合と共に、エインヘリアルは出力を増し、敵艦の障壁をぶち破り、無防備を晒す推進部へと拳を振るう。
それと共に衝撃が奔り、二度程拳を振るい、敵艦船尾を大破させると、次なる目標へと機体を奔らせる。
だが、敵も然る者。残りの三隻は大破した一隻を置いて、後方へと噴射炎を吐き出し駆けて行く。
一隻を切り捨て、目標の殲滅を狙おうとする潔さに練度の高さが伺えた。恐らく、最後尾を行く一隻は護衛対象を狙い、残りの二隻で此方を足止めするのだろう。そしてそうなった場合、彼等を倒したとしても護衛対象は破壊され、此方の負けとなる。相手としても苦肉の策であろうが、負けても勝とうとするその姿勢にジョンも奥の手を切る事を決意する。
「ミュール、敵最後尾へ短距離跳躍!」
「・・・了解、十秒後に跳躍開始」
一瞬の躊躇いの後、ミュールが承諾する。元々跳躍技術とは、遠く彼方への移動が前提。そもそも、短距離であれば移動した方がましであり、意味は無い。短距離であれば、船どうしが融合する事もあり、危険な行為として禁止されていた。それ故、廃れた技術ではあったが、便利屋の一部にはこうした技術を秘匿し、使用する者もおり、ジョン達もその一部に含まれていた。とは言え、禁止行為。敵艦を止める事は出来ても、違反金が高くつく事は目に見えており、その為の逡巡であった。
そうした間にも跳躍機関に動力は注がれ、一瞬のホワイトアウトの後、エインヘリアルは最後尾の艦を捉える。
ミュールの調整の賜物か、敵艦の障壁内へと跳躍しており、目の前には無防備は推進部が列を成す。
ならば、やる事は一つ。ジョンは丹田に力を集中させると、拳を弓なりに引き、拳に力を伝達させる。エインヘリアルもそれに連動し、背部のジェネレーターが何かを取り込むように競り上がる。
【ヒヒイロカネ超過駆動・・・・事象改変機関・・・起動】
変化する状態を示すべく、そうした文章が流れ。ヒヒイロカネと呼ばれるジェネレーターが放つ光か、機体からは青く淡い光が漏れる。機体の変貌と共に満ちる力。奔る万能感に導かれ、ジョンは敵艦へと手を開き、抜き手を構える。
「―――参の型“穿”」
裂帛の気合と共に放たれた抜き手は光を放ち、光は敵艦の推進部を砕く。残りの二隻が慌てた様子で散開するが、最早遅い。事象改変機関により、足裏に力場を構成し、それを足掛かりとして他の戦艦へと駆ける。
敵艦は応戦する為に転進せんと横腹を見せる。近距離防衛用か、数多の銃座がエインヘリアルへと集中する。
FABに対しても過剰とも思えた火砲の集中。戦艦二隻による飽和攻撃に対し、ジョンは再度構え、伸びる火線へと向き直る。
「っち!! 弐の型“散華”」
ジョンの動きと共に払われた掌。防御の技なのか、その動きに火砲は払われ、あらぬ方向へと散っていく。
技には相手に返す力も備わっていたか、半数程の火線が敵艦へと突き刺さる。攻撃と守りは同時には行えないのか、攻撃に注力していた敵艦はまともに反撃を食らい、一隻は推進部を破砕し、火の粉を上げた。残りの一隻は慌てて障壁を張るが遅すぎた。ジョンは敵艦へと狙いを定め、噴射炎を吐きだし機体を回転させ障壁へと掌底を放つ。
「―――壱の型“砕”」
事象改変機関の影響か、掌底は易々と障壁を打ち壊す。破壊の衝撃はそのまま敵艦の外装を伝播し、推進部を破砕する。
「っふぅ~~~」
戦いを終え、息吹を整えていると画面の一部にミュールが映り込む。
「そちらを収容次第、護衛対象へ向けて跳躍を開始します」
「ったくよぉ・・・・味気も何もねえな」
無表情で機械的なミュールの声にジョンは溜息混じりに言葉を吐きだす。多少なりの気遣いか、ジョンが力を抜くのに合わせ、エインヘリアルは自動でヴァルキュリアへと格納され、それと同時に護衛艦へと向けて跳躍。
ジョンもシートに背を預け、瞳を閉じた。跳躍による振動か、微かな微震に戦いに疲れた肉体が休息を欲するが、起きろとばかりに網膜へと映像を転写され、目覚まし代わりに叩き起こされた。
「―――っ!! 一体なんだ!!」
当然、抗議をミュールへ向けて放つが、返答は無く、無情にも開け放たれた格納庫より、エインヘリアルは暗い宇宙へと投棄された。流石に此れには怒りの抗議をせねばと、ミュールに回線を開くが、緊急とばかりに護衛対象からの通信が割り込んだ。突如映し出された映像は乱れ、時折時代錯誤な砂嵐を撒き散らしており、音声も途切れ途切れ。
何が起こっているのかと、目標へ機体の視覚デバイスを向けるが、そこには破損し、火柱を上げる船が一隻。
大まかな形状から護衛対象だとは知れたが、手の施しようも無い惨状に一瞬思考は途切れる。
「何が―――」
「た、助けてくれ!」
モニターの砂嵐に先程まで会話していた男の声が入り混じる。外からわかる様に、中も相当悲惨な状況か、パチパチと何かが燃える音が、逼迫した状況なのだと告げていた。
「便利屋のジョンだ! 何があった!?」
「ふ、船が爆発した! な、何者かが火を付けたんだ! あの戦艦は陽動で此方が本命―――」
「おい、聞こえるか! おい!」
危機的状況を知らようと声を荒げる男の声はそこで途切れ、船は最後とばかりに赤い花弁を宇宙に開く。
モニターからは最早砂嵐も無く、ただ静寂だけが宇宙を支配していた。
「糞っ!」
ジョンは苛立ちを紛れろとばかりに操縦席の内壁を叩くが、それも虚しいだけ。感情に起伏した荒い息を整え、映像の途切れたモニターを切り、冷静であろうミュールに向けて指示を仰いだ。
「・・・・それで、格納庫から放り出した理由を聞かせてもらおうか?」
「・・・脱出ポットを確認、救助を要請します」
「っち!! それを早く言え!!」
爆発四散した船に吹き飛ばされ、強調表示されたポットは宙を駆ける。脱出という最後の手段に姿勢制御などといった御大層な装備は備わっていないのか、生存者の事など考えず、前後不覚に暴れ出す。
ジョンは悪態を吐くなり、ささやかな抵抗とばかりにヴァルキュリアの白き装甲を蹴り付け、ポットへと転進する。
「糞っ!! このままじゃ中の生存者が死んじまう! エイン、力を貸せ!!」
【操者の命令を承諾・・・ヒヒイロカネ超過駆動・・・事象改変機関・・・起動】
エインと略称で呼ばれた機体は操者の意思に反応し、再度青い光を放つ。それはヒヒイロカネ、賢者の石、オリハルコン、ミスリル等とも呼ばれる空想上の鉱石と、事象改変機関と呼ばれる英知が放つ光。
事象改変機関とは、まさしく神の御業を体現する機関。
ヒヒイロカネは人の精神を触媒に、莫大なエネルギーを発生し、その力の方向性を変える事で、世界を変える力を持っていた。そして、そうした力は、人を擬似的な神へと変える。事象改変機関を操る人は、自身が認識する世界において万能。この力を持って、人は地球という檻より脱し、宇宙へと飛び出した。
だが、そんな事は、今は如何でもよい話。ジョンは事象改変機関を操り、巨大な手を脳裏に浮かべ、暴れるポットを手に包む。対象を壊さぬように優しく包むと、ポッドの挙動は次第に治まり。
【生体反応確認・・・・多少の衰弱を検知】
エインは役目を終えたとばかりに文章を打電する。
ジョンもそれを見つめ、「ふーー」と、自然に息を漏らし、張り詰めた精神を弛緩させた。
「お疲れ様です・・・」
ミュールの無機質な声も今では子守唄。流石にこれ以上はやっていられんと、疲労困憊、眼を閉じた。
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