第7話
「むかーし、むかし。ここには三種類の種族が住んでいて、うちらの言葉で言うなら、人族、巨人族、そして小人族──」
「ティミー、って呼んでください」
殊更強い口調で、彼は指摘した。
「……そうだった、そうだった。今じゃ『ティミー』なんて仰々しい名前を名乗っているさねぇ。
んで、千年近くも昔のこと。この三種族は争いを繰り返していた。それはそれは大規模な争いだったそうだ。始まった頃は巨人が優勢だったそうだが、魔法や鍛治の技術に長けたティミーらも善戦。三つ巴状態に陥り、泥沼化したそうだ。だが、あるとき人族の中である技術が開発された。⋯⋯いや、『開発された』と言っちゃ嘘になるね。『発展した』と言うべきだろうか。さて、何だと思うかい?」
「……魔法技術の飛躍的な発展、ですね?」
パンを頬張りながら、彼は答えた。
「おや、知ってたかい?」
「小さい頃に何度も聞かされたので」
「そうかい、そうかい。なら、残りは大雑把に話すとするかね。その技術は人族にとって素晴らしい物だった。今じゃ、ティミーから奪い取ったものだという話もあるがね。
んで、そいつのお陰で戦況は大規模にひっくり返った。人族は快進撃を繰り返し、ティミーは森の奥へ敗走。そして、巨人はここ、アプダスレアに閉じ込められた。
本来ならここも落とそうとしたんだが、巨人の抵抗により、断念。そして、争いが終わった。……んな訳で、それ以来巨人は滅多な事がない限り、ここから出てこないんだよ」
そこまで一息に語ると、老婆は椅子にもたれかかった。
「それと、忘れてた。あの国に行きゃ分かると思うんだが、あそこには門さえも無いんだ。つまりはね、入り放題さ。当時から自信満々な種族なんだねねぇ、ありゃ」
彼は、最後のスープを飲み干した。
「んで、食べ終わったかい?」
「ええ、ご馳走様でした」
小さな手を再び合わせて、彼は席を立った。
「それと、出来ればでいいのですが」
ショルダーバッグからデュッケルク以来の薄手のコート取り出し、それを羽織りながら彼は言った。
「二人が起きたら、冒険者ギルドの方に行っている、と伝えて貰えますか?」
「別にいいが……、なんかあったのかい?」
「いえ、特には。寝てる人を起こすほどの用事でもないので」
「そうかい。なら、食べに下りてきた時にでも伝えとくかね」
「……よろしくお願いします」
頭を下げてから、彼はアプダスレアに向けて歩き出した。
宿を出たところを右に曲がって少し行った所には、昨晩確認した通り、急な下り坂があった。彼は、坂の下の集落を見下ろす。
老婆の言う通り城壁や門のようなものは無く、坂を降りてすぐの所には家々が大通りを中心に並んでいるのが見えた。
その一つ一つが大きい為に、彼は坂の下までは程なく降りられそうだと錯覚しそうになった。だが、家が視界に入らなように視線を下げると、待ってましたとばかりにうんざりさせられるような長い下り坂が自己主張をし始めた。
暫くそれを見下ろしていた彼は、ショルダーバッグの留め具を軽く叩いてから諦めたように坂を下り始めた。
────────────
アプダスレアの大通りに沿って、露店が並ぶ。その中を一際小さな影が歩く。
その影は蔵の中にいる鼠のように辺りを見回しては、踏まれないように隙間を縫っていた。
突然、その影の後ろに、また別の影がぶつかった。
「……ひゃっ!」
影の主の少年、アルザが背中からの衝撃に耐えきれずにその場でよろめいた。
「うわっ、……すみませんでしたーっ!」
大きな声で謝りながら、彼の後ろからぶつかって来た彼と同じくらいの背の男が頭を下げた。
「ええと……、僕は大丈夫ですが、そちらは──」
言いかけたところで、彼の言葉が止まる。
「待て待てーっ!」
それに割り込むように、彼の後ろから別の男の声が聞こえて来た。
「うっわ、やっべ! 逃げないと。んじゃ!」
そう言って、その男は逃げ去っていった。それを追いかけるもう一人の男を呆気にとられながら見た後、我に帰ったように彼は呟いた。
「……巨人か」
ぶつかって来た男は、彼と同じくらいの背だったが顔立ちは彼よりもずっと幼かった。
二百歳まで生きるという巨人の年齢を人族の年齢で例えるのは間違いかもしれないが、もし例えるならばまだ十歳もないのかもしれない。その証拠に、彼の周りを何事もなく歩く人は皆、彼よりもふた回りくらい大きかった。
巨人族の特徴だろうか、屈強な体つきの人が多いのが印象的ではあるが、それよりずっと気になっていたのは、大人だと思われる男の巨人の背の高さが、彼が以前に聞いたのよりもずっと高かったことだ。
「確か、平均で二メートルだって……」
そう呟きながらも、それが間違いだということは既に気づいていた。平均で二メートルとすると、小さい方で一・八メートル、大きい方で二・二メートルあたりくらい、とある程度の身長のバラツキがあると考えるのが普通であろう。……あくまで彼の予想ではあるが。
たが、ここの国の人でなさそうな人を除けばの話だが、道行く男性は皆、二メートルを越していた。
そのせいか、道行く人を仰ぎ見ようとすると、首が痛かった。
中には、人族の家の天井くらいの背丈もある巨人もいた。勿論、少数ではあるが。
「ダートめ……」
どうやら、この国では背の低さのコンプレックスからは逃げられそうになかった。
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