第6話

「すまんな、この馬鹿が」


 コルドが慣れた事のように謝った。


「……何度も言ってるだろ、無理だって」

「えー、だってー」


 サナが不満そうに頬を膨らませる。


「ほら、昔とか一緒に寝てたじゃん。庭で一緒に遊んだ時とかー」

「それとこれとは話が違うだろ、全く。いい歳になったんだからわきまえろ、そんぐらい」

「えー、だってー」


 子供のようにサナが駄々をこねる。それを聴きながら、彼は目をこすり大きく欠伸をした。


「……分かりました。僕だけ別部屋で」

「いいのかい?」

「今さっき会ったばかりなので、別にいいです」


 老婆は、一瞬だけ詰まらなそうな顔をした後、カウンターの裏の方へと回り、鍵を取って戻って来た。


「はいよ、これ。一人部屋の鍵」

「ありがとうございます。……それでは皆さん、僕はこれで」

「おい、アルザ! 置いて行く気か!」


 夜遅くであることも忘れて、コルドは大声で彼の名を呼んだ。



 ─────────────────


「……遅かったですね」


 疲労困憊な様子でベッドに横たわっているコルドに声を掛けると、コルドは枕に顔を埋めたまま答えた。


「まぁ、な」


 あの後、二人部屋の鍵を渋々受け取ったコルドは、サナが老婆と話し込んだ隙を見計らい、彼の持っていた一人部屋の鍵とこっそりと入れ替えてサナに渡した。それが二人部屋の鍵だと思い込んでいたサナは、実際に部屋を開けてびっくり仰天。そのまま納得させるまでに一悶着あった。

 ──彼がコルドから聞いたことを纏めると、概ねそんなところあった。


 彼のベッド脇の椅子には、空のガンベルトと、それを隠すかようにショルダーバッグバックが置かれている。彼は、その椅子の背もたれに、ベットの上に脱ぎ捨てて丸めてあった黒い厚手のコートを掛けてからベットに飛び込んだ。


「それでは、寝ますか」

「……そうだな」


 照明を消すために、彼は壁に付けられた魔法石に手を伸ばした。


「……そうだ。一つだけ良いか?」


 彼は、眠そうに欠伸をしながら話しの続きを待った。


「守られるって、どう思うか?」

「……どうって?」

「いや、そうだな……」


 こめかみの辺りを掻きながら、自然とコルドは黙り込んだ。


「いいんじゃないですか、楽で」


 欠伸混じりの声で、彼は答えた。


「……そうか、そうだよな。……悪い、変なこと聞いちゃって。んじゃ、お休み!」


 ガサッと、隣の布団から毛布を被る音が聞こえる。

 そして彼は、魔法石にそっと手を触れた。



 ─────────────────



「……おはようございます」


 正午から一、二時間ほど前くらいだろう。目を覚ました彼は、身支度を整えて一階へと降りた。まだ少し眠気が取れないのだろうか、欠伸のし過ぎで目の下の辺りが少し濡れていた。


「おはよう、昨日はどうだったかい?」


 老婆が意地悪い笑みを浮かべながら彼に聞く。


「……分かって言ってますよね」


 彼は老婆を不機嫌そうに睨んだ。


「おぉ、怖い、怖い」


 老婆は彼をからかうように笑って、そしてカウンターの奥へと入っていった。そして、少しの間陶器のぶつかるような音がした後、老婆はパンとスープの載ったお盆を持って戻ってきた。


「食事はまだだろう? いい天気だから、外で食べるかい?」


 彼の返事も聞かず、老婆はお盆を持ったまま外へ出ていった。彼は、ただぼんやりと老婆の後について、出入り口の扉を押した。

 瞬間、湿気を含んだような独特な森の香りが鼻をつく。昨日まで気にもしてなかった香りが、彼には何年かぶりに食べたもののように懐かしく感じられた。


「どうしたんだい、そんなトコで突っ立ってて」

「……いえ、なんでも」


 頭を振って、彼は老婆の待つテーブルに座った。


「そう言えば、昨日はどうしたんだい? あんな遅くにここに来て……。もしかして──」

「夜逃げではありませんよ、いい加減にしてください」


 頬を膨らませながら答える彼をみて、老婆は笑いを堪えきれず吹き出した。


「だとしたら何だい、あんな遅くに」

「……いえ、出発が遅くなりまして。アプダスレアに行こうとしていたのですが、道がわからなくなり──」

「つくづく面白い子だねぇ、アプダスレアはこの先の坂を降りたとこだよ」


 再び、老婆は腹を抱えて笑い出した。


「上にも書いてあるだろうに、アプダスレアはここだって。それにポーターが道に迷っただなんて、そんな、本っ当可笑しい」

「……色々あったんですよ」


 テーブルに目線を落としながら、小さくため息をつく。それが逆に、老婆には空腹な可哀想な子に見えたのだろう。


「おおっと、そうだった。ちゃんとお食べ。私の長話のせいで食べられなくなったとなっちゃ、宿屋の名が廃るからね」


 彼は、小さな手を合わせた後、スープを口の中に含んだ。


「それで、聞きたいのですが、アプダスレアって”巨人の国”でしたよね?」

「ああ、そうだよ。……まさか、この宿に巨人が来たらどうなるかって聞きたいのかい?」


 面白い事を気にするねぇ、と言いながら老婆は頷いた。


「いえ、そう……、かと言われれば気にはなりますが」

「そうかい、そうかい。……それじゃあ、ちょっと歴史の話をしてやろうじゃないかい」

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