第4話
「あの、一つ聞きたい事があるのですが」
「なんだい、アルザ君」
ギルドの指導教官のような、気取った風な口調でサナが返す。
「さっき僕を見つけた時、何か魔法を使いましたか?」
彼は、気になっていたこと──、サナの接近に気付くきっかけが何の魔法だったかについてを訊いてみることにした。
「魔法、まほう……、何か使ったかなー⋯⋯」
歩きながら、サナは顎に手を当てて唸る。
「なんだろうー、特に使った記憶は……。あっ!」
サナが、突然手を打った。
「身体強化魔法!」
そう言うと、スッキリした様子で頷いた。
「そうだ、そうだ。近づいた時に足がなんかに引っかかって身動きが取れなくなったから使ったんだよねー、とりあえず蔦とか木の根っこなら何とかなるし」
「……相変わらずドジだな、お前は」
諦めたような声でコルドが呟いた。
「どうせ木の根っこが盛り上がったところに足を突っ込んだんだろ、まずは戻せ」
「まぁ、多分そうなんだけどー。でもさ、善は何たらって言うんじゃん?」
「『善は急げ』な。ただ、まずは自分の安全が優先だと思うぞ。なっ、アルザ」
「え、えぇ」
急に振られて、彼は慌てて返事をした。
「あー、そうだ。俺からも質問。スレイピアから来たんだったか?」
「はい、そうですが?」
何でしょう? と彼は首を傾げてみせた。
「いやぁ、俺らが行った時は入れなくて。確か三週間くらい前の事だったかな。確か食料を調達しようとして入ろうとしたんだが、何故かコイツが戻ってきた瞬間に入れなくなった」
「……どういうことですか?」
「いや、申し訳無いくらいよく分からん。ただ、入国書類を書いている間にコイツが狩りから戻ってきたんだが、そしたらそれまで優しかった受付の兵士が突然『帰れ!』だとよ」
「……別に私、悪いことしてないよ?」
「って、本人は言うし。よく分かんないんだよ」
コルドが、どうだか、といった様子でサナの方を見る。釣られて彼もサナの方を伺うと、慌てた様子で言った。
「私だって毎回問題起こしている訳じゃないしっ! ⋯⋯多分、きっと」
だんだんという尻窄みになりながらサナが言うと、コルドはやれやれ、と苦笑いする。
「そうとは言っても、スレイピアに寄ったのは子供の頃以来だし。親と一緒だったから、何もやってないもん⋯⋯」
「だそうだ」
さっきの対応といい、サナには相当振り回されてきたのだろう。心の中で、彼は少し同情した。
「てな訳で、俺たちは入ることが出来なかったんだ。アルザは入国できたわけだし、何か聞いてたりとか──、っておい、サナ!」
突然、サナが全速力で走り出した。鎧が擦れる音だけが暗闇に響く。
「待ってて、そこから動かないで!」
走りながら、サナは大剣の柄に手をかける。すると、大剣に埋め込まれた魔法石が強い光を放ち、サナの体が急加速した。
大剣が鞘から勢いよく引き抜かれる。そして大きく振り上げると、サナは大きな風切り音と共に振り下ろした。
「ギャァァァ!」
鼓膜を突き刺すような雄叫びと共に、一匹の熊が道に向かって倒れた。
「さて、とっどめー、ってあれ? もう倒しちゃったかな? ……まぁいいか。いいよー、こっち来て」
サナが彼らの方に大きく手を振る。それを見た彼とコルドが熊の方に駆け寄った。
「一撃だな、こりゃ」
「ええ、そうですね」
首のあたりから斬り付けられ、無惨な状態のまま横たわる熊に、コルドは手を合わせる。それに倣って、彼も指を組んで目を閉じた。
「ところで、よく魔獣に気がつきましたね。魔法さえ起動してくれれば僕も分かるんですが」
「……魔獣?」
きょとんとした様子で、サナが聞き返した。
「いやぁ、取り敢えずこっちに襲いかかって来そうなのがいたから、先に倒しただけだよ」
「……えっ?」
「ほら、こっちに襲いかかって来てから対処するとなると、どうしても私以外が巻き添えになっちゃうんだよねー。盾とか持っているわけじゃないし。そういう訳でさ、先に倒しちゃうっていう話。という訳で、魔獣かどうかは分からないんだよねー」
サナは、頬を指で掻きながら言った。
「なるほど。……それでどうします、この死骸は。魔獣だったら買い取って貰えますが、そうでないと処分費を取られますが」
「うーん、どうしよっか」
サナは、彼と一緒に首を捻りながら死骸を見て、そして大きく頷いた。
「うん、分かんない」
「……何が、ですか?」
「魔獣かどうか」
「……当たり前です」
逆にわかったら凄い、と彼は思わず零した。
「……魔導石を食べた結果、偶然魔法を使えるようになっても魔獣ですからね。全てが分かりやすいくらい独特な見た目のだと楽なんですけど」
「ふーん。まぁ、分かってるけど」
つまらなそうに、サナは呟いた。
「んじゃ、どうする?」
「それなら、こっちで預かっちゃってもいいですか? それでもし魔獣だったら山分けで、駄目だったらこっちの負担で」
「それは悪いよ。こっちで持つよ、駄目だったら」
「いえいえ、さっきは色々迷惑かけちゃったし。それに保存出来るように加工して貰えば食料になりますので。長旅だと、色々大変なんですよ」
「……そこまで言うならいいけど。ただ、守ってあげているのは好きでやってることだから、別に迷惑だなんて思ってないよ。寧ろ頼ってもらって全然構わないから」
「頼もしいことです」
彼が褒めると、申し訳なさそうな表情から一転、得意げな笑みへと早変わりした。
「それでは片付けたら行きますか」
その様を苦笑いしつつ、彼は提案した。
「そうだね。……いいよね、コルド」
「ん、……ああ」
「どうかしましたか?」
彼は、コルドの顔を下から見上げた。一瞬だけ目があった後、それを逸らすようにしてコルドは顔を上げた。
「……いや、何でもない」
誤魔化すように、コルドは答えた。ただ、彼の頭の中には、思い詰めたような顔で俯くコルドの姿が焼き付いていた。
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