第3話

 彼がうたた寝に入る前に焚き火が灯っていた所に、代わりに彼の魔導ランプの小さな明かりが灯される。

 取り敢えず落ち着いて話をしようという少年の提案に合わせて彼はもう一度火を起こそうとしたのだが、薪がもったいないのでそこまでしなくても良い、と先の少年に言われたため、代わりに彼が魔道ランプを点けたのである。


 頭が少し冷え、ようやく少しは話せそうなくらいまでに双方が落ち着いたところで、、彼は二人の方を向いた。

 ざっと見る限り、どちらも彼と同じくらいの年であることは明らかだった。

 装備から推測するに少女は大剣使いの戦士であり、少年の方は魔宝石のついた独特なショルダーバッグを掛けている時点で、彼と同じくポーターであるのは確定だった。


「……んでね、人が倒れていたように見えたの」


 ぽつり、と少女が口を開く。


「遠くだったから毛布が掛かっていたところまでは見えなくて。それに、この距離だったらアプダスレアに行くんだったら休憩せずに行くはずだし。三時間もあれば宿のベットに潜り込めるでしょ?」

「……そうは言ってもだな、お前も疲れて休みたい時くらいあるだろう?」

「そうなんだけどね」


 咎めるように少年が言うことに、少女はどこか腑に落ちない様子で首を捻った。

 そして、ふぅ、と小さく溜め息をついて、少女は彼の顔を見た。


「いくらそうであっても、身の危険を考えたら避けるかな」

「……仰る通りです」


 俯きながらも、彼は小さく頷いた。


「スレイピアから出る時間を調整すればこんな時間に休むことはまず無いです。魔獣や盗賊に襲われる危険を考えれば、不用心であったことに変わりは無いです」


 しかめっ面をしたまま言う彼を、心配そうに少女が見つめる。


「怒ってる?」

「いえ、そんなことは!」

 

 彼は慌てて顔を上げた。一瞬だけ少女と目が合い、彼は無意識に目を逸らした。



「いやぁ、硬いなぁ、って思って」

「……いえ、これは昔からでして」


 脇でやり取りを見ていた少年が、頭を抱えながら大きく溜め息をついた。


「コイツがすまん。……お前が緩すぎるだけだ」

「やっぱそうかなぁ」


 頭を掻きながらエヘヘと笑う少女を、少年がさらにからかう。

 そんな二人のやり取りを繰り返していく中で、気がつけば彼の緊張の糸は解けていた。しまいには、彼はその様子を楽しんでさえいた。



 ─────────────────



「あのさ、もし良かったらでいいんだけどさ、アプダスレアまで一緒に行かない?」


 二人の会話が切れたところで、少女が彼を誘った。


「ほら、さ。怖い思いさせちゃったからさ、嫌なら断ってくれて良いんだけど……」

「いえ、……寧ろ逆について行って良いんですか?」

「さっきのは勘違いだった訳だし。ほら、盗賊とかと間違われても文句言えないようなことやっちゃったしね」


 一呼吸置いてから、少女は彼に笑いかけた。


「むしろ、旅は道連れ世は情け、って言うしね。皆んなで旅した方が、きっと楽しいよ!」


 彼は少年の顔色を伺う。すると、いつものこととでも言いたげに、腕を組みながら少しだけ表情を緩めた。


「……俺も構わん」


 少年も、脇で頷いた。


 そして、だからこそ彼は──、頭を下げた。


「なら、お願いします」


 頭を上げると、少女は可憐に微笑んだ。


「んじゃあ決まり! 私はサナ。んで、こっちがコルド。君は?」

「アルザです」

「アルザね、りょーかい。それじゃあ荷物を片付けて、さぁ出発!」


 魔導ランプを持ってから、彼は立ち上がった。座りすぎて少し硬くなった腰を伸ばして、彼はいつものように両脇のホルスターを叩いた。


 しかし、左側からはいつもの手応えは無かった。


 少し慌ててから、自分で銃をショルダーバッグにしまった事を思い出すと、銃の所在を確認できた彼は、小さく安心した。

 しかし、そこからスレイピアの牢獄を出てからのこと全てを思い出すのには、時間は殆ど要らなかった。


 彼がスレイピアに入国してからのこと全てが、昨日のことかのようにフラッシュバックする。その重さを理解すると、今度は逆に右側に魔法銃が入っている事が怖く感じた。


 彼は、改めて魔法銃L-231を引き抜き、その手ごと魔導ランプの光にかざす。

 夢の中のように血で染まっているようなことはなく──、馬車の中で受け取った状態のまま、さらに言えば、スレイピアに入国したことなんてなかったかのように、ある意味ではの形で銃は手の中に収まっていた。


「ほら、行くよー!」


 少女の声が聞こえる。

 考えるのを無理矢理放棄して、彼はL-231をもショルダーバックにしまい込み、留め具を叩いてから走り出した。

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