1-5 大切な存在

「前まではあのアホのことは無視していたのに、普通に話すようになって、最近じゃ放課後一緒にいる時間も増えた……。何か、よくないことに巻き込まれているんじゃないかって……」


 眼帯で隠されていない千鳥屋先輩の瞳が揺れている。整った容姿も合わせて、何だかとても儚くて弱々しい存在に思える。同性であっても守ってあげなきゃ。そう思ってしまうような魅力に私は何だか落ち着かない気持ちになった。


「無視してたのに急にねえ……確かに何か引っかかる話ではあるねえ」


 というのに、この場で唯一の異性である彰は平然としている。千鳥屋先輩よりも千鳥屋先輩の相談事の方が気になるらしく、とんとんと指で机をたたいてリズムを刻みながら何かを考えているようだ。

 同性でもときめいてしまう魅力が一切通じていない事実に驚く。外見だけなら美少女といえる自分の顔を毎日見ているせいで感覚がおかしくなっているのかもしれない。


「せっかく来てもらったわけだし、調べては見るよ。ケンカ強いっていう小野先輩気になるし」


 恋愛感情よりも血の気の方が勝ったという何とも残念な反応に私は呆れるが、了承の返事を聞いて千鳥屋先輩はほっとした顔をした。

 小さく頭を下げる姿を見ると本気で小野先輩を心配しているらしい。同じ幼馴染をもつ身として気持ちがよくわかり、私はいつになく今回の事件にやる気をもった。

 神様攻略。ストーカー対策。幽霊調査と今までの事件に比べれば、軽いものだ。最初はどうなるかと思ったが、意外と平和に終わりそうでよかった。そう密かに胸をなでおろす。


「とりあえず、もうちょっと詳しい話聞かせてもらおっか」


 彰はそういって千鳥屋先輩に向き直る。千鳥屋先輩も彰を見返した。

 ここから本格的な相談だと私が気合を入れたところで、空気を壊すように携帯の着信音が流れる。


 携帯の持ち込みは可となっているが、マナーモードという規則があるため日下先輩が眉を寄せた。香奈が一瞬焦った顔をしたが、すぐに自分ではない。そう気づいたらしく周囲をきょろきょろと見まわす。

 私の携帯のものでもない。千鳥屋先輩かと思って視線を向ければ素知らぬ顔をしている。誤魔化すために平然としていることもあり得なくはないが、今までの言動を見るに平然と電話をとる方がありそうだ。


 となれば残るは彰のみ。と視線をむければ、彰が隅によけていた鞄へと移動しているところだった。

 彰かと私が口にだすよりも、日下先輩が注意するよりも早く、彰はいつも以上に素早い動きで鞄を携帯から取り出した。


「どうしたの比呂ちゃん!」


 すぐさま電話にでた彰が見たこともない満面の笑みで、浮かれきった声を上げる。周囲に花がとんでいる。そんな錯覚を覚えるほど輝く表情に私は固まった。

 視界に日下先輩が硬直する姿と、香奈が目を見開く姿が見える。


 そんな私たちはお構いなし。というか私たちの存在を完全に忘れた様子で彰は頬を紅潮させ目じりをさげ、とろけきった笑みを浮かべて、「比呂ちゃんが電話くれるなんてうれしいなー」と話している。

 もともと彰の声は男にしては低いのだが、今はいつも以上に高い。というか甘い。猫をかぶった時のあざとい声なんて比ではない。


「えっ! 来てる!?」


 デレデレしていた彰はそう叫ぶと目を見開いた。すぐさま鞄をひっつかんで、ドアへと向かって高速で移動する。


「ちょ、ちょっと彰!?」


 やっと状況に頭が追いついた私が叫ぶのも無視して、彰は廊下へと駆け出した。

 運動神経の良さは分かっていたが、普段の動きと比べても早すぎる。そんなに早く動けたのかお前と私は驚くと同時に、日頃いかに彰が手を抜いて行動しているかを認識した。

 常にあんな人間離れした動きを見せられても困るのだが……。それにしたって差がすごい。


「彼女かしら?」

「か、彼女!?」


 千鳥屋先輩の言葉に香奈が狼狽える。

 まさかという気持ちが浮かんだが、先ほどの緩みきった表情を見ると否定できない。比呂という名前は女性にしてはカッコいいが、いないわけではない。

 まさかあの彰に彼女が……だから千鳥屋先輩みたいな美少女にもノーリアクションなのか。意外と一途なのかと私は混乱状態だ。


「……来てるってことは、今学校にいるってことなんでしょうか」


 日下先輩のつぶやきに私と香奈は同時に日下先輩を見て、同時に顔を見合わせ頷きあい、同時にかけだした。

 さすが幼馴染。完璧なシンクロ。


「ちょっと、香月さん!? 坂下さん!?」


 背後から日下先輩の戸惑った声が聞こえたけど、そんなことは構ってられない。趣味が悪いと言われようと、彰をあれほど骨抜きにする彼女を見ないなんて後悔するに決まってる。

 私はとりあえず全力で部活練を駆け抜けた。香奈は引き離してしまったが、すぐに追いついてくるはずだ。何なら香奈が追いつくまで意地でも彰を引き留める。

 固い決意を胸に校舎を飛び出した私は彰の姿を探す。


 彰はすぐに見つかった。探すまでもなく部活練を出てすぐのところにいたのである。しかも、なぜか小学生ぐらいの子供を抱き上げて上機嫌でグルグル回っていた。

 私の頭上にはてなマークが浮かぶ。えっなにしてるの彰と度重なる衝撃で意味が分からず彰を凝視した。

 

 普段であれば気配や視線に聡い彰だが、今は私のことなど一切気付かない。満面の笑みで抱き上げた子供を見つめ、グルグル回るのをやめると頬ずりし始めた。

 先ほどと同じく周囲に花が飛んでいる錯覚を覚える。表情も完全に緩み切っていた。


「比呂ちゃん、お迎えありがとう!」

 そう本当に嬉しそうに彰はいう。たしかに比呂と。


「か、彼女じゃないの!?」


 思わずそう叫ぶと彰がやっと私の存在に気づいた様子で、はあ? と嫌そうな顔をした。比呂という子供に向ける顔とは全く違う。幾らなんでも表情が豊かすぎではないか。


「彼女とかナナちゃん何言ってんの。どこからどう見ても可愛い僕の弟でしょうが」

「ああ、そっか……可愛い彰のおと……弟!?」


 彼女ではなかったが、それはそれで衝撃だ。お前弟なんて人間らしい存在いたのか!? と彰が聞いたら怒るに違いないことを思いながら、私は彰が抱きかかる子供を凝視する。


 赤い髪をした小学校低学年くらいの男の子。幼いわりに顔立ちは整っているがハッキリと男だと分かる容姿。私を見る表情も子供らしく純粋で、裏を一切感じさせない。

 一言でいえば彰とは全く似ていない。彰の弟ということは百合先生の甥になるはずだが、百合先生とも全く似ていない。


「ほら、比呂ちゃん挨拶は?」

佐藤比呂さとう ひろ。八歳です。よろしくお願いします」


 彰にうながされて比呂は小さな頭を下げる。彰がすかさず「偉いねえ」と褒め頭をなでると嬉しそうに笑う。

 とても和やかな空気ではあるが、それだけに理解ができない。だって、彰だ。あの佐藤彰の弟だ。それがこんな可愛らしくていい子なはずがないだろう。何かの間違いだろ。


「ま、まさか、血がつながってないとか!?」


 ありえないとは思いつつも、とっさに叫ぶ。失礼だとは分かっているが、現実逃避だ。口に出してしまった瞬間、まずい。これは幾らなんでも怒ると私はすぐさま後悔したのだが、彰は予想外にもきょとんとした顔で私をみた。


「あれ? ナナちゃんにいってたっけ? そう。見ての通り血つながってないの」


 あっさりそう答えた彰に本日何度目か分からない衝撃が浮かんだ。やっと校舎から出てきたらしい香奈が背後で「どういう状況?」と呟く声がする。それに対して私は返事をすることができなかった。私だって意味が分からない。


 そんな私と香奈の困惑をよそに彰はひたすらに比呂を愛でている。彰らしからぬ緩み切った笑みを見れば見るほど、私の混乱は増していくのだった。

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