1-4 千鳥屋花音の依頼

「それでー、結局何の用事なの?」


 彰がいかにも面倒くさいという顔をして頬杖をつき千鳥屋先輩を見つめた。日下先輩の叫びを完全に無視した千鳥屋先輩は、彰の言葉に反応して顔をあげる。無視された日下先輩の額に青筋が浮かんだように見えたが、気のせいだと思いたい。


「単刀直入にいうと、私の幼馴染を止めてほしいのよ」


 千鳥屋先輩は先ほどまでの芝居がかった口調とは違い、淡々とした抑揚のない声で話す。ギャップがすさまじいのもあるが、ゴシック調の服装と片目を隠した眼帯という恰好も合わせて暗い印象が強まる。冗談でなく呪われそうな雰囲気だ。

 これならば厨二病の方がマシ……でもないな……。どっちにしろ面倒くさい人なのは間違いない。


「幼馴染?」

小野圭一おの けいいち。知らないかしら?」

「小野先輩…!?」


 声をあげたのは香奈だった。さすが情報通。千鳥屋先輩のことも知っていたし、その小野先輩という人物についても知っていたらしい。

 日下先輩は知っているのか。そう思って視線を向けると、顔をしかめた姿が目にはいる。その反応に私は逃げ出したくなった。まずい。この反応は間違いなく、千鳥屋先輩と同じく問題児に違いない。


「どういう人?」


 なぜか千鳥屋先輩ではなく香奈に聞く彰。客観的な意見が聞きたかったのかもしれないが、相談主を無視はどうなんだろう。と思って千鳥屋先輩を見ると、特に気にせずウサギの耳をいじって遊んでいた。

 本当にマイペースである。


「えっと、千鳥屋先輩と同じ二年生で……不良って有名で……」

「またぁ?」


 彰が心底嫌そうな顔と声を出す。

 おそらく不良という言葉で祠を壊した先輩を思い出しているのだろう。私も思い出したので彰と気持ちは似たようなもの。また不良かという気持ちもおそらく近い。


 山の上という閉鎖空間ではあるものの不良は少ないというのが売りでもあるのに、なぜ入学して早々二人も関わらなければいけないのか。そう私は顔をしかめる。


 そういえば、あの先輩は元気にしているのだろうか。百合先輩に目をつけられて祠をなおしたとは聞いたものの、その後の噂は途絶えている。もともと噂に興味がない私ではあるが、何かしら聞いても良さそうなものだが。

 そう思ったところで、何という名前だったか思い出せない自分に気づいた。

 えっとたしか、川だか谷だか……そんな名前のはずだ。


「違うの、尾谷おたに先輩とは違う感じの不良っていうか……」


 香奈の言葉で私はそうだ、尾谷先輩だ! と思い出す。彰も、あーそういえばという顔をしていたから、私と同じくすっかり忘れていたらしい。


「違う感じの不良って?」

「えっと……」


 どう説明していいのか迷ったのか香奈が困った顔をする。助けを求めるように日下先輩へと視線を動かし、それを受け止めた日下先輩は眉を寄せた。


「尾谷さんは一言でいうと小者。虎の威を借る狐。というやつです」

「ハッキリいうね……」


 彰が少し驚いた様子でいう。私も日下先輩が「小者」なんて言葉を使うとは思わなかった。


「失礼だとは思いますが、それが一番的確な表現なんですよ。不良ぶってはいますが、百合先生といった厳しい先生から逃げ回っていますし、威張り散らすのは気弱な下級生ばかりですし」


 そういいつつも日下先輩の表情がだんだん険しくなる。やっていることが小さいとしても日下先輩まで話が届く程度には暴れているということだ。

 たしか尾谷先輩も三年生だったはず。同学年と考えれば余計に頭の痛い話だろう。


「アイツが小者なのは十分分かったけど、じゃあ小野圭一は? 違う感じってことは別タイプなんでしょ?」

「小野さんは虎の威を借る狐でいうところの、虎なんですよ」


 その一言で小野先輩と尾谷先輩の関係が分かる。そして日下先輩が小者としか言いようがない。そう評した意味もよくわかり苦笑するほかない。


「その表現は語弊があるわ」


 黙って話を聞いていた千鳥屋先輩が不機嫌な様子で口を挟んだ。あまり動かなかった表情が不満だと分かりやすく表している。その姿に日下先輩は意外そうな顔をし、香奈も驚いた顔をする。相当珍しい反応らしい。


「虎と狐でセット。みたいに言わないでくれる? 圭一はあのアホを認めているわけじゃないの。あのアホが圭一に付きまとっているだけの話。圭一は迷惑しているのよ。でもあのアホはアホだから気付かないだけ」

「……千鳥屋先輩もハッキリいいますね……」


 ノンブレスで淡々と話しているというのに、「あのアホ」の部分だけがやけに強調されて聞こえた。相当腹が立っているらしい。

 千鳥先輩は不満げな顔のままウサギのぬいぐるみを力いっぱい抱きしめる。ウサギに感情があったなら痛いと叫んだに違いない。そう思うほど力が入っているのが見てとれ、私は顔が引きつった。


「付きまとってるってことは、圭一って人は不良の中でもボスみたいなポジションってこと?」

「ボスってわけではないかな。一匹狼っていうか……でも、ケンカはすごく強いみたい」


 香奈の言葉に彰はへえっとつぶやいく。一瞬だが瞳が怪しく光ったように見えた。

 意外とケンカっ早いというか好戦的な所がある彰だ。ケンカが強いと聞いて興味をもったのかもしれないが、頼むからやめてくれ。

 すでに自分の数倍の大きさの筋骨隆々の男たちをひねり上げているのだ。今更学生ぐらいが相手になるはずもない。なぜその事実に当事者である彰が気づいていないのか。


「えぇっとつまり、一匹狼だけどケンカが強いから不良たちに一目置かれてて、それで尾谷先輩に付きまとわれてるのが小野先輩ってこと?」

「誤解がないよう言っておくけど、圭一は不良ではないから」


 千鳥屋先輩が相変わらず不機嫌な声で言う。


「ただ絡まれやすい外見をしていたから絡まれて、絡まれたから返り討ちにしたら不良と言われるようになっただけで、不良ではないわ」

「返り討ちにした時点でダメじゃ……」


 そう私がつぶやいた瞬間、千鳥屋先輩が鋭い眼光を向けてくる。思わずひっと声をあげてしまうくらいには怖く、私は体を硬直させた。

 彰や子狐様の眼光を見てきて度胸がついたと思っていたが、まだまだだったらしい。


「不良では、ないの」


 言葉を区切って千鳥屋先輩は周囲を見渡した。反論は許さないという威圧に私は無言、香奈は涙目で頷く。日下先輩は微妙な反応をしていたが反論すれば火に油。そう思ったらしく口をつぐむ。


「じゃあ、その不良じゃない小野先輩を止めるってのはどういうこと?」


 尾谷先輩で話がそれてしまったが、元々はそういう話だったと私は思い出す。彰の言葉と視線に千鳥屋先輩は顔をしかめた。


「祠の一件以来、あのアホは圭一にまとわりつかなくなったの。でも今になってまた付きまとうようになったのよ」


 意地でも名前を呼びたくないのか、アホ呼びを続ける千鳥屋先輩。

 千鳥屋先輩からすると小野先輩は大事な幼馴染のようなので、それにまとわりつく小者の不良に印象が悪いのは分かる。

 香奈に尾谷先輩が付きまとう図を想像したら、想像だけでも腹が立ってきた。


「それは、断固として粛清しなければいけませんね」

「あら、あなた話がわかるわね?」

「何でそこでナナちゃんが同意するの……」


 彰が心底呆れた顔で私を見てくるが、それに対して私は堂々とした態度をつらぬく。彰は幼馴染がないから分からないのだ。幼い頃から一緒に育った存在が他人のせいで誤解され、苦労する。そんなの黙ってみて居られるはずがない。


「でも、それならば何故小野さんを止めるんですか? 尾谷さんが小野さんに付きまとうのを辞めさせるのではなく」


 眉をよせた日下先輩の言葉で私はハッとした。日下先輩の言う通りだ。

 話を聞く限りつきまとっているのは尾谷先輩であり、小野先輩は被害者。過剰防衛じみたところがあったとしても、ケンカも吹っ掛けられる側。となれば百合先生あたりなら分かってくれるだろう。

 というのに、千鳥屋先輩は「私の幼馴染を止めて」といった。


「……最近になって圭一の様子がおかしいのよ」


 千鳥屋先輩はウサギのぬいぐるみを握り締める。先ほどに比べると弱々しく、すがりついているようだった。


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